10.元聖女候補の嫁ぎ先(2)
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さて、無事にフォッセ家から返事をもらうことができたデーセオ。その書簡を見つめてはニヤニヤという気味の悪い笑顔を浮かべていたようだ。
「まったく、酷い話ですよね」
ティメルがお茶の準備をしながら言う。
「嫁ぎ先を探しているとなっていますが、裏を返せば人身売買ですよ」
カチャリと音を立てて、デーセオの前にそのカップを置いた。するとデーセオからは、お前も座れ、と促される。ティメルはその言葉に従い、ローテーブルを挟んで、デーセオの向かい側のソファに座った。
「だが、お前の迅速な動きで助かったな。もう少し遅かったら、彼女はパエーズ卿に奪われるところだった」
「ええ、そうですね。まさか、あんなに早くレーニス様の嫁ぎ先を決めるとは思ってもおりませんでした」
そう、彼女が神殿を去ってからまだたった十日。それにも関わらず、あのフォッセ家は彼女の嫁ぎ先というよりも売り先を次から次へと見定め、そして最終的にパエーズ卿と決めたようだ。そこに突如と割り込んだのがデーセオ、というよりもティメル。彼は、彼女が金でパエーズ卿に売られるということを突き止めた。その金額も金貨千枚。だったらこちらはその倍を出す、と言ったのだが、どうせなら五倍出せ、とデーセオが言ったため、金貨五千枚をフォッセ家に提示した。見事、フォッセ家はその餌に食いついたのだ。
だから、なんとかあのパエーズ卿からレーニスを奪うことができたのだが。
「デーセオ様。今回の件ですが。レーニス様を妻として迎えるという形で問題はありませんよね?」
「妻。妻だと?」
「ええ、妻です。それとも養子にされますか? その場合、彼女の嫁ぎ先は別に決める必要があると思いますが」
つま、つま……とデーセオは言葉を覚えたての鳥のように繰り返している。
「妻に迎えていいのか?」
なぜかデーセオは情けない顔をしていた。顔中に呪いの黒い模様があり、目が鋭い彼が。
「ええ、妻にお迎えください。民たちも喜びますし、レーニス様の身の振り方も定まるかと思います。そうですね、むしろレーニス様のために、彼女を妻にお迎えください」
彼女のために、というティメルの言葉にデーセオは機嫌をよくしたようだ。
「そうか、彼女のために、だな。わかった。レーニス殿を妻として迎えることにしよう。だが、彼女は、その、大丈夫なのだろうか」
「何を、ですか?」
「その、俺のような男を夫として、だな。彼女の方は、その、怖くはないのだろうか」
部下であるティメルは盛大にため息をつきたくなった。つきたくなっただけで、実際にはついていない。軽く息を吐いただけ。
「急に、何をおっしゃっているのですか?」
「いや、俺の顔にはこのような醜い呪いの模様がある」
「恐らく、レーニス様は優しい方であると思っております。ですからデーセオ様の外見ではなく、秘めたる内面にきっと気付かれると思いますよ」
この部下はときどき核心を突いてくるので、デーセオとしては優秀すぎて嫌になることがある。だが、今はその言葉がどことなく彼の心を温かくさせていた。
「ですから。デーセオ様はレーニス様をお迎えするために、さっさと領地にお戻りください」
「レーニス殿を連れて帰らないのか?」
「今すぐ連れて戻ってどうするのです? レーニス様のお部屋等の準備をされていないでしょう。フォッセ家との交渉は私の方で行いますから、どうかデーセオ様はさっさとお戻りになってくださいませ。ああ、そうそう。あなた様の執事には私の方で手紙を書きますので、そちらを持ってお帰りください。レーニス様のお部屋から、レーニス様との結婚式、お披露目など、準備することはたくさんありますからね」
レーニスをデーセオの妻として迎えることを楽しみにしているのは、デーセオ本人ではなく、このティメルという部下なのではないか、とデーセオは思えてきた。と、同時に、この顔をレーニスに晒すことが恥ずかしいと思えてくるのがなぜか不思議だった。
「ところでティメル。聖なる力を失ったら、それを取り戻すことはできるのか?」
デーセオの表情が鋭くなった。
そう、彼女は解呪のために金で買った女性だ。藁にもすがる思いで、彼女を手元に置いておきたいと。
「もし、その聖なる力が魔力と同じようなものであれば、可能かとは思いますが」
ふむ、とティメルの何かしら考え込んでいる様子。
「デーセオ様。念のための確認ですが。もし、レーニス様に力が戻らなかったとしたら、そのときは離縁なさるのですか?」
ティメルはデーセオの狙いがよくわかっていなかった。
解呪のために彼女を探せと言うわりには、妻として領地に迎えるということを口にすると照れている。
解呪のために彼女を金で買ったのか、それとも彼女を助けたいがために彼女を金で買ったのか。
「そのときは、俺が死ぬだろうな」
デーセオの言葉を、ティメルは重々しく受け止めた。




