01.失われた力(1)
「レーニス。あなたからはもう、聖なる力を感じない」
聖女様がそうおっしゃった。
その言葉にレーニスと呼ばれた女性だけでなく、周りにいた他の聖女候補や神官たちも、凍り付いた。
聖女候補。その名の通り、聖女様になるかもしれない女性たちのこと。聖女候補は候補であってまだ聖女様ではない。
聖女様は不思議な力で民たちを癒し、力づけ、そしてその暮らしを守ってくださり、天の神と話をすることができる女性、とされている。
そしてその不思議な力を聖なる力と呼んでいた。
聖女候補の女性たちは、その聖なる力を少なからず持ち合わせている。この候補の女性たちも聖女様自らがお選びになる。聖女様がその秘めたる聖なる力を見つけ出すのだ。
聖女候補に選ばれた女性は、神殿で集団生活を行うことになっていた。聖女様と寝食を共にし、次の聖女としての心構えを身に着けるため。
今、この神殿には聖女候補が三十名、そして聖女様の四名で集団生活を行っていた。また彼女たちの身の回りの世話を助けてくれる侍女と、そして聖女様と共に神事を執り行う神官たち。そのため神殿と呼ばれているが、その辺の修道院と似たような造りになっている。他の修道院と違うのは、ここで暮らしているのが聖女様と聖女候補たち、ということだろう。
その聖女候補たちの中に、冒頭に出てきたレーニスという女性がいた。彼女は、下位貴族の娘であり、聖女様から「秘めたる聖なる力を感じる」と見初められたことで聖女候補となった。
ところが、彼女が聖女候補になってこの神殿にやって来て数か月経った頃、彼女の両親は事故で亡くなってしまった。不慮の事故。
だから、彼女の家はもうない。
「レーニス。あなたにはもう、聖なる力はありません。聖女候補として、不適格です」
聖女様のその言葉が礼拝室に響く。
レーニスは聖女様になれなくてもいい、とは思っていた。だけど、聖なる力を失ってもいいとは思っていなかった。
聖女様が握ってくださる両手はとても温かい。だけど、心臓は激しく振動し、手足は震え、力を抜けば倒れそうになるくらい一気に体温が下がったような気がした。
「不適格、ですか?」
レーニスは、聖女様を見上げることなく、その触れられている手を見つめながら尋ねた。
「はい。不適格です。今をもって、聖女候補を解きます」
ざわざわとレーニスの後方が騒がしくなる。そりゃそうだ。何しろ聖女候補の一人がその役を解かれるのだから。
聖女候補でなくなったら、ただの一般人。
聖女様が次の聖女様を選ばれる時までに聖女候補として残っていることができたのであれば、また違っていた。そのまま聖女候補だったという身分が有利に働く。何しろ聖女様に選ばれなかっただけで、聖なる力を備えているのだから。
だけど、途中でそれを解かれるということは、聖女候補になるよりも恥ずべきことだとされていた。つまり、その聖なる力は偽物の力だった、ということになるから。
「あ、あ、ありがとう、ございましたっ」
頭を下げて、その言葉を発することしかできなかった。それを聞いた聖女様は満足そうに頷くと、そっとレーニスの手を離した。
遅くても明日中には、この神殿から出ていかなければならない。さっさと自分の荷物をまとめておく必要がある。
レーニスはもつれそうになる足をなんとか前へと進め、その礼拝室から立ち去ろうとした。後ろを振り返ってはいけない、と自分自身に言い聞かせ、胸を張ってその場を後にした。
礼拝室の扉がぎーっと重い音を立てて閉まった時、レーニスは泣きたい気分に襲われた。あちらの空間とこちらの空間が分断されたような感じだ。
だけど、ここで泣いてはいけないと唇を噛み締め、鼻の穴に力を入れ、溢れ出そうになる涙をなんとかこらえた。下を向いてはいけない、胸を張って自室へと戻る。
部屋に入った瞬間、体中の力が抜けてしまい扉に寄り掛かって下を向く。さらに重力にも負けて、その赤い双眸からは涙が溢れてきた。あまりにもの量のその涙に、鼻をつたって、鼻からも流れてきた。そのまま扉に寄り掛かりながら、腰を下ろす。
聖なる力を感じない――。
聖女様から放たれたその一言が、レーニスをどん底に突き落とすには充分だった。そうやって扉に寄り掛かって座って、足がしびれるくらいまで泣いた。あまりにも泣きすぎて、頭が痛くなってきた。
別に聖女になりたかったわけではない。聖女候補になろうとも思っていたわけではない。他の人にはない聖なる力があったからそうなっただけ。
でも、聖なる力があるなら人のために使いたいと、そう思っていた。だけどもう、それも叶わない、と。
ふと、現実に引き戻された。このままではいけない、と。
ぐしゃぐしゃになった顔のまま、レーニスはすっと立ち上がる。




