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*一話丸ごと朝チュン&ピロートークなので、15歳未満の方はお帰り下さい。
*詳細な描写はありませんが、元カレとの過去の行為を匂わせる表現が出てきます。苦手な方は次話をお待ちください。次話の前書きに、今話の簡単なまとめを掲載する予定です。
翌朝目を覚ました葵は、現状を理解するのに少々時間を要した。
見覚えのない部屋に手触りの良いシーツ。身動き出来ない自分の体は何故か裸になっていて、背後からガッチリと誰かに抱き込まれている。
どう控えめに受け取ってもこれは、酒に酔った勢いで一夜を共にしてしまったというアレだ。
一昨日までなら、康平とホテルにでも泊まったのかと考える所だけれど、昨日の事を思い返せば振られたのだからそれだけは絶対にない。
第一、康平と朝を迎えてもこんな風に抱きしめられていた事など一度たりともなかった。むしろ彼より先に起きて朝食を用意するのが当然、といった感じでもあった。
付き合いが長かった事もあり康平とは何度も男女の関係を持ったけれど、彼はあまり情熱的とはいえず、欲を発散させたら素っ気ないほどに放置されたものだ。
そして何より、葵自身昨夜の記憶は薄らとだが残っている。
あまり信じたくはないが、断片的に思い出せるそれは甘く濃厚で、その記憶が間違いないというように剥き出しの胸元にはいくつか赤い花が散っているのも見える。
間違いなく背後にいるのは、昨夜一緒に酒を飲んだ聖なのだろう。
そう思い至った葵は、しかし赤面する所か顔を青ざめた。
(何をしてるのよ、私は。これじゃ康平と同じじゃない……!)
昨日別れたばかりの元カレが、女性と連れ立ってホテル街へ消えたのを見てショックを受けたというのに、葵自身も男と寝てしまった。
これでは康平を責める事など出来ない。いくら傷心で酔いも回っていたとはいえ、こんなにも自分は流されやすかったのかと葵は自身を責めた。
(とにかく帰らないと。聖さんには申し訳ないことをしちゃったな。昨日出会ったばかりなのに、こんな形で慰めてもらうなんて)
聖が強引に迫ったわけではないと、ボンヤリとだが思い出せる。
葵の家は1Kのアパートで、タワーマンションに入るのは初めてだった。康平はマンションに住んでいたが、それだってこんな高級なものじゃない。何せ入り口にはコンシェルジュが24時間対応で常駐しているのだ。
そんなタワーマンションの上層階に聖の家はあり、窓辺から市内が一望出来た。夏には市内を流れる川の河川敷から打ち上がる花火も綺麗に見えるという。当然ながらイルミネーションも眼下に見えて、昨夜の葵は年甲斐もなくはしゃいでしまった。
前職が証券マンで高給取りだったとは聞いていたが、地方都市とはいえ市中心部にあるこのタワーマンションの一室を、賃貸ではなく購入しているというのだから尚のこと驚いたのだ。
そしてこの家の風呂がまた素晴らしかった。広さはもちろんの事、ムーディーな照明やジャグジーまで付いていると聞いて興味を惹かれた葵は、「せっかくだから入ってみる?」という聖の甘い誘惑につい乗ってしまった。
良い香りのするバスボムまで入れてもらい、他人の家だというのにすっかり風呂で寛いで上がると、ナイトローブなどという小洒落た物まで貸し出された。気付けば下着まで近くのコンビニで女性用のものを買ってきてくれていて、赤面しながらも厚意に甘えてしまった。
そして約束の物だとお勧めのワインを出してもらい、聖の用意してくれた軽食と共に楽しみ、そのまま食後のデザートよろしく美味しく頂かれたというわけだ。
もう穴があったら入りたい、むしろ蓋まで閉めて埋めて欲しいぐらいの勢いで、自分の事ながら女性としてどうなのかと呆れてしまう。記憶が曖昧になるほど飲み過ぎた上、理性が飛んでいたにしても程がある。無防備で無邪気に振る舞い過ぎだ。
それは聖も手を出すだろう。大人の男性なのだから、据え膳食わねば何とやらという事だ。むしろ自らまな板の上に乗りに行った鯉だったと葵は思う。
傷付いた葵を聖は純粋に労ってくれたのに、何という事をしてしまったのだろうか。居た堪れなさに耐えきれない思いで、そっとベッドから抜け出そうと葵は身を捩った。
けれど聖の腕はしっかり巻き付いていて、うまく振り解けない。悪戦苦闘していると、不意に首筋に吐息がかかった。
「おはよう、葵。もう起きるの?」
耳元で響いた掠れた低音に、ドキリと鼓動が跳ねる。昨夜の情事を思い出させるその声に、けれど葵は冷や汗を滲ませた。
「お、おはようございます、聖さん。あの、昨日はすみませんでした。とりあえず、手を離して頂いても?」
「どうして? というか、昨日みたいに聖って呼んでくれないの?」
「ええと、あの、それは……」
「寂しいな。昨日はあんなに甘えてくれたのに」
ガチガチに緊張したまま答えた葵の首筋に、聖は甘えるようにグリグリと頭を擦り寄せた。
忘れている自身の痴態を匂わせる聖の言葉に、葵の頬がカァッと朱に染まる。
「そ、そんなことありました⁉︎」
「あったよ。覚えてないの?」
「ごめんなさい。恥ずかしながら、記憶が曖昧でして……」
葵を抱きしめる聖の腕は、一向に緩まない。それ所か背後にいる聖は、「口調までよそよそしくなってる」と不満そうに呟いた。
そうして葵の耳元で深いため息を吐くものだから、くすぐったさに葵の肩がピクリと揺れた。それに気付いたのか、聖は葵の耳にリップ音を立てて軽く口付ける。
「葵は忘れてしまったみたいだけど、僕はこんなことを遊びでするわけじゃないよ」
耳から吹き込むように甘く囁かれて、葵は再び固まった。動きの止まった葵を抱く手に、聖はなおもギュウと力を込めてきた。
「好きだよ、葵」
「えっ……」
「本当に覚えてないんだね」
聖は苦笑混じりに呟くと、葵に巻き付けた腕からほんの少し力を抜いてくれた。葵がそっと背後を振り向くと、聖は切なげに眉尻を下げていた。
「僕は本気なんだ。昨日会ったばかりで、こんな事を言われても信じられないかもしれないけれど」
「聖さん……」
「聖、だよ。答えは急がないけど、そう呼んでくれないなら離さない。口調ももっと砕けていい。そのぐらいは友人だって出来るよね?」
真面目な顔で言われて、葵は戸惑いながらも口を開いた。
「……聖、ごめんね。昨日言ってくれたの? その言葉」
「うん。好きだって言って、抱かせて欲しいって頼んだんだ。だから一応これは合意だよ。信じてくれる?」
「そこは疑ってないよ。私も少しは覚えてる所もあるから……」
頬が熱くなるのを自覚しながら葵が話すと、聖は嬉しそうに微笑んだ。その笑顔があまりに眩しくて、葵は慌てて目を逸らした。
「でも、私を好きだなんて。どうしてそんな」
「理由は色々あるよ。そういえば、それはまだ話してなかったね」
照れくさそうに笑いながら、聖は話してくれた。
葵としてはそう簡単に信じられない事だが、昨日の昼の時点で聖は葵に好意を感じていたそうだ。
「会ったばかりなのに、葵はカフェで励ましてくれただろう? あれが最初のきっかけだった」
葵は取り立てて美人というわけではないが、昔から雰囲気が柔らかく話しやすいとは言われていた。
同じ事を聖も感じていたそうで、雪中でエンストを起こすという辛い目に遭ったばかりの葵を和ませるために話していたはずが、つい自身の悩みを話してしまったらしい。
それなのに葵はしっかりと話を聞き、社交辞令ではなく本気で励ましてくれた。そこに何の打算もないと感じ、葵に興味を惹かれたのだという。
「また会えないかなって思ってたんだ。きっとこの子なら店にまた来てくれるだろうとも思った。それがまさか、街で会えるなんてね」
街で見かけたフラついている女性は、見覚えのあるコートと髪型だった。葵かもしれないと思ったら、居ても立っても居られず声をかけたそうだ。
何があったかは分からないが、泣き出したにも関わらず聖に縋ったりしなかったのも、もどかしく感じたらしい。これまで聖が会った女性たちは、これ幸いと聖に縋り付くような子ばかりだったから。
「振られた話もしてくれたけど、同情を誘うというよりは本当にただ嘆いていたよね。そんなに相手のことが好きだったんだと思ったら、どうしてそれが僕じゃないのかと思った」
そうして慰めようと聖自身の事を話したら、葵は泣き出した。それも本当に嬉しかったのだという。聖を思って涙してくれた事が。
「葵は僕と結婚出来る相手は幸せだろうって言ってくれたけど、同じことを僕も思ってたんだよ。葵と一緒にいると落ち着いて、穏やかに過ごせるなって。だからもっと葵のことを知りたいと思った」
前の彼女と別れてから、初めて女性に興味を持った。だからあのバーに連れて行ったのも、この家に来たのも葵が初めてだそうだ。
「話す度にどんどん良いなって気持ちだけが増えていって、このまま帰したくないって思ったんだ。だから酔ってるのは知ってたけど、付け込ませてもらった。ごめんね」
家に誘った時点できちんと下心はあったのだと、聖は包み隠さず話す。
「傷付いて弱ってる所に付け込むなんて、卑怯だったと思う。それでも僕は、葵を帰したくなかった。こんな僕は嫌?」
「ううん、そんなことない。私だって大人だもの。自分のことは危機感が足りないなって思うけれど、聖のことは何も嫌だなんて思わないよ。もし嫌なら、全力で抵抗しているし」
不安げに見つめられて、葵は即座に否定した。全く悩みもしなかった。口にした言葉は、純粋に湧き上がった葵の本心だった。
言葉通り、大人しく聖の胸元に収まっている葵に、聖は安心したのか柔らかな笑みを浮かべた。
「良かった。それなら、少しは期待してもいいのかな?」
「……それは、ごめんなさい。ちょっとまだ考えられなくて」
葵は今更ながら、密着している状態を気恥ずかしく思った。聖から目を逸らし、ボソボソと想いを口にする。
聖の事は嫌いじゃない。むしろ好ましく思う。けれど恋人と別れたばかりで、今はまだ次の恋を考える事は出来ない。
一夜を共にしておいて何を、と思うかもしれないけれど、まだ康平の事を完全に忘れたわけではないのだ。
「幻滅しますか? 元カレを忘れられないのに、抱かれるなんて」
今度は葵の方が不安を感じていた。軽い女だと思われてしまっただろうか。葵は誰に対してでもこんな関係になるわけではないけれど、出会ったばかりの聖とこうなってしまった以上、信じてもらえるとも思えない。
けれど聖は、優しい目でゆるゆると頭を振った。
「幻滅なんてしないよ。今だって葵は、元カレと同じことをしてしまったって後悔してるだろう?」
「うん……どうして分かるの?」
「分かるよ。葵がそういう子だって、もう僕は知ってるから」
聖は葵の頭を胸に抱き込むと頭上に顔を寄せ「だから昨日の夜のことは、全部僕のせいにして。葵は何も悪くないから」と囁いた。
「葵は悪い狼の巣穴に連れ込まれた、可哀想な兎なんだよ。自分のことを責める必要なんてないんだ」
「でも……」
「いつまでも落ち込んでるなら、悪い狼はもう一度兎を食べちゃうかもしれない。付け込むのが得意だからね」
聖は悪そうな笑みを浮かべ、そう嘯きながら葵の額に口付けた。柔らかな唇の感触に、葵はカァッと頬を赤くして慌てて聖から離れようとした。
「せ、責めません! もう落ち込んだりしないので!」
「本当に?」
「本当です! だから離してください!」
聖の胸に手を付いて必死に仰反る葵に、聖はクスクスと笑った。
「分かったよ。じゃあとりあえずは帰してあげる。でも、僕は本気だから。これから全力で口説かせてもらうから、覚悟してね」
「えぇ⁉︎ そんなこと言われても!」
「とりあえず、美味しい朝食をご馳走するよ。葵は風呂に入りたいだろう? 昨日着てた服は洗濯してあるから、お風呂から上がったら渡すね」
帰る前に連絡先も交換してもらうからね、と話しながら、聖は葵を解放した。
戸惑う葵を置いて、さっさと起き上がった聖は上半身は裸だったけれど、下にはちゃんとズボンを穿いていた。程よく筋肉の付いた聖の肢体に思わず見惚れてしまったけれど、葵は自分だけが全裸だったのかとまた顔を赤くして慌てて布団を被る。
そんな葵のそばに、聖はナイトローブを置いて部屋を出て行った。
恥ずかしいとは思いながらも言われた通りに朝風呂に入らせてもらった葵は、昨日着ていた服だけでなく勝負下着まで洗濯されていた事を知り、もう穴があったら入りたい所ではないなと意識を半分飛ばした。
ストック分が終わったので、以降は投稿ペースが落ちるかと思います。
不定期更新となりますが、最後までお付き合い頂ければ幸いです。