6(完結)思い入れと言う名の高速エネルギーをもって衝突した二つの魂がどこに飛んでいくかなんて分かりようがない
「おおっ、分かっていてくださったのですね。心の清らかな『ヤマトナデシコ』。僕に『真実の愛』を下さい。結婚して下さい」
(何を言ってんだコイツ)反射的に幹はそう思ったが、礼儀正しく接することにした。
「ごめんなさい」
その答えにナールナルはよろめいた。だが、彼はまだめげなかった。
「申し訳なかった。『ヤマトナデシコ』。言葉が足らなかったね。僕からも永遠の『真実の愛』を捧げよう。結婚して下さい」
「ごめんなさい」
ナールナルは遂にキレた。
◇◇◇
「何でだっ! そこは『私で良ければ』でしょう。『ヤマトナデシコ』」
幹も素が出た。
「はあっ? 訳分かんないんですけどおっ! このおバカ王太子っ!」
「ぎゃああああ」
一番言うてはならんことをダイレクトに言われたナールナルは悲鳴を上げた。
「『ヤマトナデシコ』。心の清らかな君がそんなことを言うはずがないっ! きっと悪い悪魔に取り付かれたんだっ! 可哀そうに」
そのまま幹に抱き着こうとするナールナル。だが、「ヤマトナデシコ」幹は実の妹大枝とプロレス技に磨きをかけてきた身である。
すかさず手元にあった「異世界」の焼き印入りの木刀でナールナルの額に一撃を加えた。
プロレスではカウント4までの凶器攻撃は反則負けにならないのだっ!
ぷく~
ナールナルの左目の上に、それはそれは見事なたんこぶが出来た。
◇◇◇
「うっ、わ~んっ!」
ナールナルは観客席をかき分けかき分け泣きながら外に向かって駆けだした。
ふぅ~
幹は大きく息を吐くと静かに木刀を持っていた右手を下ろした。
パチパチパチパチ
どこからともなく拍手が湧き、やがてそれは劇場全体に広がった。
どぎゅるぎゅるぎゅる
今まで経験したことのない強大な下腹部の音に「ンパカンパカ」国王は我に返った。
「いかんっ! このままではっ!」
しかし、下腹部の激しい音は国王にこれ以上の行動を許さなかった。
「すまん。何とかしておいてくれっ! わしはトイレに行かねばっ!」
この上、国王が壇上で脱糞したなどというとえらいことになる。
次に我に返ったのはラフレシアだった。
「取りあえず幕閉めてっ! それからアーノルドッ!」
「なに~?」
騎士団長のアーノルドがマダームたちからもらった一万円札の束を数えながら現れた。
「幕閉めたら、あんた得意の話術でこの場を収めて」
「え~、まだ、お札の勘定終わってないんだよ~」
「この場を収めないと、アーノルドの大好きなお札も、もらえなくなるよ」
「それはやだな~。しょうがないやるよ。で、ラフレシアはどうするの?」
ラフレシアは大きく溜息を吐いてから答えた。
「あたしはナールナルを捜してくるよ」
この日の一連の出来事を撮影した動画はもちろんネットにアップされ、その再生回数は「チキュー」「ンパカンパカ」「パパンド」で記録を大幅に更新したのであった。
(もちろん一般人たる幹の顔には人物特定できないよう厳重なモザイクが入っていた)。
◇◇◇
その日も幹は自宅で大画面にかぶりついていた。
そこに通りかかったのは母・希林である。
「あら、あんた。現地で生の婚約破棄劇見て来たのに、また見てるの?
「ちっちっちっ」
幹は右手の人差し指を左右に振った。
「古いな~お母さん。もう『ンパカンパカ』じゃあ婚約破棄劇なんてやってないよ。時代は『パパンド』の『もう遅い』だよ」
「ふーん。あれだけ大人気だったのにね」
「ンパカンパカ」の婚約破棄劇は、主演男優たるナールナル王太子が公演中に観客のセーラー服の少女を口説くという不祥事を起こしたあげく、衆人環視の中でフラれ、二度と婚約破棄劇を出来ないほどメンタルに打撃を受け、出来なくなった。
更にフィッシュハーブ男爵令嬢役の女優が「ニホン」の芸能プロダクションに移籍してしまうというおまけまでついたのである。
「お母さん、悪いけどまだ『もう遅い』劇続くから、このテレビ譲れないよ」
「ああいいよ。あたしは別室のテレビで見るから」
父・木造は遅まきながら激化する自分以外の三人の家族のチャンネル権争奪戦に対処するため、冬のボーナスで二台目のテレビを買ったのである。
「さあて」
母・希林はおもむろにテレビのスイッチを入れる。
目的の番組はもちろん「激闘漫才 お笑い地獄変」である。
「みなさん。こんにちは。今回の『激闘漫才 お笑い地獄変』。異世界『ンパカンパカ』からお送りします。司会はワタクシ『騎士団長アーノルド』が務めさせていただきます」
観客席からは「キャーッ」「アーノルドく~んっ!」「さっきは案内してくれてありがとー」と言った声が飛び交う。
「あら、金髪碧眼でかっこいいじゃない」
希林も感心する。
「観客席のみなさんっ! 先程はありがとうございましたっ! それではまずは一組目からっ! 最近、人気大爆発っ! どつき夫婦漫才っ! 『ナールナル&ラフレシア』ですっ! 行ってみようっ!」
「出たー。面白いのよね。この二人」
画面には「『真実の愛』がほしいっ!」と叫ぶナールナルに「鬱陶しいんじゃあっ!」と飛び蹴りをかますラフレシアが映っていた。
おしまい