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3 少女は清らかな衣を纏いて強者たちの待つ地へ旅立つ

「許可できる訳ないでしょう。未成年に一千万円だなんて。しかも、異世界だなんて危険なところに子ども一人で」

 やはり、最大の障壁は母・希林(きりん)であった。


「お言葉ですが、お母さん」

 ローギアが通常である(みき)の脳細胞のギアは、入れたことのないオーバートップにいきなり叩き込まれた。


「一千万円が17歳にとって大金なのは事実です。しかし、このお金の使用目的は全て『婚約破棄観覧ツアー』であり、多くの保護者が懸念される飲酒喫煙不純異性交遊盗んだバイクで走りだす等の行為は全く起こりえないのであります」


「それはそうかもしれないけど、異世界なんて危ない」


「お母さん」

 (みき)はずいと希林(きりん)に歩み寄った。


「なっ、ななな、何?」


「今や異世界『ンパカンパカ』は私たちの住む『チキュー』よりよほど安全なのですよ」


「なんで?」


「だってそうでしょう。異世界『ンパカンパカ』は『チキュー』からの観光客が落としていくお金で繁栄しているのです。観光客相手の窃盗傷害詐欺等の事件が起こることを大変恐れているのです」


「うっ、うーむ」


「ましてや『チキュー』からの観光客は一人一千万円の費用を支払うことのできるセレブレイトにしてハイソサイエティー。この人たちが犯罪被害にあったとなると……」


「(ごくり)」


「下手をすると『外交問題』」


「……分かった。分かったよ。その代わり、いくらかお小遣い渡すから、お土産買ってきてね」


「わ~いっ! お母さんっ! だ~い好きっ!」

 (みき)希林(きりん)に抱きつき、かくて、彼女の脳細胞のギアは焼き付く前に通常のローギアに戻ったのだった。


 ◇◇◇


 ボオーオ


 天井が高い建物の中に汽笛が鳴り響く。


 (みき)はその音がする方向に急いだ。


 異世界「ンパカンパカ」行きの異世界トレインに乗るためだ。


 駅構内は結構広い。実は異世界断層は「ンパカンパカ」以外にも繋がっていることが近年判明し、現在は異世界「パパンド」への新線開通に向けて突貫工事が進んでいる。


 だけど、今の(みき)にはそんなことはどうでも良かった。一刻も早く婚約破棄観覧パックツアーに参加したい。その気持ちでいっぱいだった。


 その風体たるや、何とセーラー服である。これはどうせ周りはセレブレイトにしてハイソサイエティー。少々よい服を着ていっても勝負になるまい。ならば新鮮さで勝負という母・希林(きりん)の意見からくるものである。


 常識人だか非常識人だかさっぱり分からない希林(きりん)に素直に従った(みき)だが、このことが後で思わぬ波乱を呼ぶことを今は知るよしもない。


 息を切らせ、乗車口についた(みき)は、ぎょっとした顔で見られた。それはそうだろう。一際目立つセーラー服。


 それでも、氏名入りのチケットと宝くじの高額当選証明書を見せると、笑顔で「行ってらっしゃい。楽しい異世界の旅を」と言ってもらえた。


 ボオーオ


 もう一度、汽笛が鳴った。いよいよ発車だ。蒸気機関車≪SL≫のような外見だが、太陽光エネルギーを充電式バッテリーに蓄え、その力で駆動する環境に優しい最新型だ。


 しかもフェイクとして、石炭に見せかけた黒く塗った砂利を積むという念の入りようだが、そんなことも今の(みき)にはどうでも良かった。


◇◇◇


「ふぁ~あ」

 顎が外れんじゃないかと思われるほどの大あくびをしたのは婚約破棄劇の主演女優ラフレシア・アルノルディイである。

「いっつも思うんだけどさあ、チキュー人って、バッカじゃないのお」


 そんな彼女の姿たるや、貴族の扮装……ではなく、人をナマケモノにするソファーに深々と腰掛け、Tシャツにショートパンツ。


 右手に持ったミスドナルドのドーナツバーガーにかぶりつき、それを左手に持ったヘップシコーラのLサイズで流し込む。


「こんな重々しい貴族服着るより、Tシャツにショートパンツの方がよっぽど楽だし、もったいつけた宮廷料理より、ミスドナルドのドーナツバーガーの方が旨いっつーの」


「全くだわねー」

 紙巻きタバコをふかしつつ、同意するのはフィッシュハーブ男爵令嬢役の女優。

「何が面白くてこんな婚約破棄劇見にくるんだか」


 そんな中、部屋の隅で膝を抱えて座り込むのは主演男優のナールナル王太子である。

「ぼっ、ぼっ、僕の『真実の愛』があー」


 その様子を見たフィッシュハーブ男爵令嬢役の女優はナールナルに言い放つ。

「あきらめな。あんたの『真実の愛』はチキュー人の大金持ちの方がいいんだってから」


 そうなのだ。ナールナル王太子とラフレシア・アルノルディイは婚約破棄の当事者だが、フィッシュハーブ男爵令嬢は本人ではなく、別人の女優が演じている。


 それというのも、フィッシュハーブ男爵令嬢は件の婚約破棄の動画を見たチキュー人の大金持ちの熱烈な求愛を受けたのだ。


 曰く「ワタクシ、石油王デース」


 曰く「ワタクシ、お金イッパイもってマース」


 曰く「結婚してクダサーイ。ワタクシと結婚すれば、アナタ一生安泰デース」


 曰く「贅沢させマース。結婚してクダサーイ」


 この波状攻撃にフィッシュハーブ男爵令嬢あっさりと陥落。石油王の第三夫人に収まったのである。


 そして、チキューでは「夫人」と呼ばれ、バラエティー番組に欠かせぬ人材となった。


 この出来事にナールナル王太子はハートに大打撃を受けた。そして、「ンパカンパカ」国王は大慌てで、国中に大号令を発し、フィッシュハーブ男爵令嬢に外見が似た女優を見つけさせたのである。

次回第四話「異世界人の心震わせし国の名は『ニホン』」。

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― 新着の感想 ―
[一言] 異世界人も婚約破棄を何度もやらされてうんざりしてそうですが、逆に異世界の文化を堪能できているから、ウィンウィンな関係なのでしょう。    確かに一千万を支払う客が被害にあれば外交問題になる…
[良い点] ネタ三昧でおもしろすぎです! そして! 真実と虚飾が入り混じる婚約破棄劇! 続きが楽しみです!
[一言] 石油王の口説き方が面白かったです。(笑) 夫人…デヴ…ごほんごほん。 (*´ー`*)そうか。そこから来られてたのですね。 違和感がないです。
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