表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/6

2 女神は如何にして果敢なる少女に微笑みたるや

 (みき)は不敵な笑いを浮かべ、両者の間に緊張感が漂う。


 そして、(みき)はゆっくりと口を開く。

「お小遣いちょうだい」


 希林(きりん)もゆっくりと口を開く。

「ハウマッチ?」


「一千万円」


「よく聞こえなかった。もう一度言って」


「一千万円」


 希林(きりん)は静かに右手に持ったビニール袋を下ろすと、両手を腰に添え、力道山のように仁王立ちした。

「ふふふ。はあっはっはっは」

 そして、高らかに笑ったのである。


 ◇◇◇


(みき)よ。この家の全てをガサ入れしてみるがいい。逆さに振っても一千万円など出てこぬわ」


 しばしの沈黙の後、(みき)は再び口を開いた。

「やっぱり?」


「うむっ」

 希林(きりん)は力強く頷いた。


「そうかあ。じゃあ、お風呂も夕飯もお母さんがやって。あたしは婚約破棄劇の動画見るので忙しいから。一千万円ないと、夢の婚約破棄観覧ツアー行けないしー。あー行きたいっ、行きたいっ、夢の婚約破棄観覧ツアー」


 (みき)の連呼に希林(きりん)は大きな溜息を吐いてから、ポツリと言うのだった。

「まあ、お父さんが帰ったら念のため聞いてみな。可能性は限りなく低いけど、100%ないとも言えないわ。今の段階では」


 ◇◇◇


「はーい。帰ったよーん」

 職場の忘年会でいーい具合に出来上がった父・木造(もくぞう)が帰宅した。


「お父さん。お帰りっ」

 (みき)は二歳に戻ったかのように帰宅した父に駆け寄り、その右腕を取った。


「お父さん。お帰りっ」

 姉の行動に何らかの警戒感を抱いたか、大枝(ひろえ)も駆け寄り、父の左腕を取る。


「はあっはっはっは、どうしたあ、二人ともやっとお父さんの素晴らしさが分かったかあ」

 ご満悦の父・木造(もくぞう)だが、その発言を二人の姉妹は華麗にスルーした。


「ねえねえ、お父さん」

 (みき)は躊躇無く本来の目的達成のため発言する。

「お小遣いちょうだい」


「む」

 一度は口ごもった木造(もくぞう)であるが、今夜の出来上がりっぷりは上々だったようだ。

「おう、可愛い二人にはお父さん。お小遣いあげちゃうよ。いくらほしい?」


「一千万円」


「オケオケオッケー」


 (みき)の目が光る。大枝(ひろえ)もだ。


 木造(もくぞう)はこの姉妹の父をやっているだけのことはあり、かなりファンキーなところがある。


 「こども銀行券」を予め財布の中に仕込んでおくくらいのことは朝飯前なのだ。


 だが、その時渡されたのは「こども銀行券」ではなかった。


 「年末ジャンプ宝くじ」


「……お父さん、これは?」


「おうっ、お父さんが今日の忘年会のビンゴで当てたのだっ! 一千万円なんてせこいこと言わず、七億あげちゃうよ。七億っ!」


 ドガシャーン


 (みき)大枝(ひろえ)は同時に木造(もくぞう)の腕を放りだし、泥酔していた木造(もくぞう)はその場に崩れ落ちた。


「おやすみ。お父さん」


「ちっ、しょうがねえなあ。この宝くじはもらっといてやるよ」


 母・希林(きりん)は今大画面で放映中の「激闘漫才 お笑い地獄変」に夢中だ。


 かくて、木造(もくぞう)はそのまま玄関の廊下で大いびきをかき始めたのである。


 ◇◇◇


 579319 579319


 何度も何度も確認した。


 やはり……当たっている……


 一等七億とは言わず、二等一千万円が……


 このパターンでよくあるのが、実は全然別の宝くじの当選番号を確認したというオチだが、これも何度も確認した。間違いない。(みき)の心臓は凄まじいドラムプレイを演じた。


「行けるっ! 夢の婚約破棄観覧ツアーに」


 だがっ、待てっ! せっかくの当選だが、このままでは四人家族で分割となる可能性が高い。


 (みき)は考え込んだ。


 しかし、今の(みき)の幸運は天井知らずだった。解決策が向こうから駆け込んできたのである。


 (みき)の部屋のドアはけたたましくノックされ、その返事も待たずに大枝(ひろえ)がドアを開け、乗り込んできたのだ。

「おっ、おおお、お姉ちゃん」

 大枝(ひろえ)は珍しくも動揺していた。


「どうしたの? そんなに慌てて」

 (みき)の問いに対する大枝(ひろえ)の答えは衝撃的だった。


「お父さんからもらった宝くじが当たった。十万円」


(なっ、何と)

 さすがに(みき)は驚いたが、口には出さないよう、細心の努力を払った。


「でもね。このことをお父さんとお母さんに言うとこのお金取り上げられちゃうと思うの」


「……」


「だけど、あたしはこの十万で今まで買えなかった美麗紅(びれいく)グッズを全部買いたいのっ! 美麗紅(びれいく)写真集、美麗紅(びれいく)ポスター、美麗紅(びれいく)Tシャツ、美麗紅(びれいく)バックパック、美麗紅(びれいく)抱きまくら、美麗紅(びれいく)ベッドシーツ、美麗紅(びれいく)トイレのスリッパ、美麗紅(びれいく)ビキニパンツ、みんーなっ、ほしいのっ!」


「えっ、えーと、美麗紅(びれいく)って、熱愛発覚したんじゃなかったっけ?」


「ああ、あれ?」

 大枝(ひろえ)はこともなげに返した。

美麗紅(本人)も事務所もあれはただの友達だって」


 それでいいのかとも(みき)は思ったが、この降って湧いた二つ目の幸運に乗らない手はない。大枝(ひろえ)に向かって突進し、その両手を握った。


大枝(ひろえ)ちゃんっ!」


「ななな、何? お姉ちゃん?」

 

「あの宝くじはお父さんがあたしたちに一枚ずつ贈られたもの。大枝(ひろえ)ちゃんがもらったものはもう大枝(ひろえ)ちゃんのもの。思う存分十万円全部使っちゃってっ!」


「わあい、お姉ちゃん、大好きっ!」


 (みき)大枝(ひろえ)は両手を繋いだままジャンプを繰り返した。


 ◇◇◇


「一千万円」

 

 さすがにその金額に(みき)以外の家族三名は戦慄した。


 大枝(ひろえ)とは既に同盟が締結されていたため、自分がもらった金額より2ケタ多いことに驚愕しても異議は出ない。


 家庭内で最弱である父・木造(もくぞう)は、やはり(みき)大枝(ひろえ)同盟に逆らいようがなかった。


「「お父さん。この宝くじは私たちへのプレゼントよね」」

 このように二人の娘からハモって言われてどうして逆らうことができようか。いや、出来まい(反語)。

次回第三話「少女は清らかな衣を纏いて強者たちの待つ地へ旅立つ」。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 大枝ちゃんが差額に文句を言わないで姉妹協定が成立するところが、なんか潔くてすごく好きです。 いや、十万円も大金だけども(笑)。 それぞれが夢をかなえるのに、ささいな(?)対価の違いみたいな…
[気になる点] 「激闘漫才 お笑い地獄変」 …観たい。(*´ー`*) [一言] 娘ちゃんたち、強い…!父対娘'sの勢力図がいいですね! いよいよツアーに。(わくわく)
[一言] じ、実話じゃないですよね……?w
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ