2 女神は如何にして果敢なる少女に微笑みたるや
幹は不敵な笑いを浮かべ、両者の間に緊張感が漂う。
そして、幹はゆっくりと口を開く。
「お小遣いちょうだい」
希林もゆっくりと口を開く。
「ハウマッチ?」
「一千万円」
「よく聞こえなかった。もう一度言って」
「一千万円」
希林は静かに右手に持ったビニール袋を下ろすと、両手を腰に添え、力道山のように仁王立ちした。
「ふふふ。はあっはっはっは」
そして、高らかに笑ったのである。
◇◇◇
「幹よ。この家の全てをガサ入れしてみるがいい。逆さに振っても一千万円など出てこぬわ」
しばしの沈黙の後、幹は再び口を開いた。
「やっぱり?」
「うむっ」
希林は力強く頷いた。
「そうかあ。じゃあ、お風呂も夕飯もお母さんがやって。あたしは婚約破棄劇の動画見るので忙しいから。一千万円ないと、夢の婚約破棄観覧ツアー行けないしー。あー行きたいっ、行きたいっ、夢の婚約破棄観覧ツアー」
幹の連呼に希林は大きな溜息を吐いてから、ポツリと言うのだった。
「まあ、お父さんが帰ったら念のため聞いてみな。可能性は限りなく低いけど、100%ないとも言えないわ。今の段階では」
◇◇◇
「はーい。帰ったよーん」
職場の忘年会でいーい具合に出来上がった父・木造が帰宅した。
「お父さん。お帰りっ」
幹は二歳に戻ったかのように帰宅した父に駆け寄り、その右腕を取った。
「お父さん。お帰りっ」
姉の行動に何らかの警戒感を抱いたか、大枝も駆け寄り、父の左腕を取る。
「はあっはっはっは、どうしたあ、二人ともやっとお父さんの素晴らしさが分かったかあ」
ご満悦の父・木造だが、その発言を二人の姉妹は華麗にスルーした。
「ねえねえ、お父さん」
幹は躊躇無く本来の目的達成のため発言する。
「お小遣いちょうだい」
「む」
一度は口ごもった木造であるが、今夜の出来上がりっぷりは上々だったようだ。
「おう、可愛い二人にはお父さん。お小遣いあげちゃうよ。いくらほしい?」
「一千万円」
「オケオケオッケー」
幹の目が光る。大枝もだ。
木造はこの姉妹の父をやっているだけのことはあり、かなりファンキーなところがある。
「こども銀行券」を予め財布の中に仕込んでおくくらいのことは朝飯前なのだ。
だが、その時渡されたのは「こども銀行券」ではなかった。
「年末ジャンプ宝くじ」
「……お父さん、これは?」
「おうっ、お父さんが今日の忘年会のビンゴで当てたのだっ! 一千万円なんてせこいこと言わず、七億あげちゃうよ。七億っ!」
ドガシャーン
幹と大枝は同時に木造の腕を放りだし、泥酔していた木造はその場に崩れ落ちた。
「おやすみ。お父さん」
「ちっ、しょうがねえなあ。この宝くじはもらっといてやるよ」
母・希林は今大画面で放映中の「激闘漫才 お笑い地獄変」に夢中だ。
かくて、木造はそのまま玄関の廊下で大いびきをかき始めたのである。
◇◇◇
579319 579319
何度も何度も確認した。
やはり……当たっている……
一等七億とは言わず、二等一千万円が……
このパターンでよくあるのが、実は全然別の宝くじの当選番号を確認したというオチだが、これも何度も確認した。間違いない。幹の心臓は凄まじいドラムプレイを演じた。
「行けるっ! 夢の婚約破棄観覧ツアーに」
だがっ、待てっ! せっかくの当選だが、このままでは四人家族で分割となる可能性が高い。
幹は考え込んだ。
しかし、今の幹の幸運は天井知らずだった。解決策が向こうから駆け込んできたのである。
幹の部屋のドアはけたたましくノックされ、その返事も待たずに大枝がドアを開け、乗り込んできたのだ。
「おっ、おおお、お姉ちゃん」
大枝は珍しくも動揺していた。
「どうしたの? そんなに慌てて」
幹の問いに対する大枝の答えは衝撃的だった。
「お父さんからもらった宝くじが当たった。十万円」
(なっ、何と)
さすがに幹は驚いたが、口には出さないよう、細心の努力を払った。
「でもね。このことをお父さんとお母さんに言うとこのお金取り上げられちゃうと思うの」
「……」
「だけど、あたしはこの十万で今まで買えなかった美麗紅グッズを全部買いたいのっ! 美麗紅写真集、美麗紅ポスター、美麗紅Tシャツ、美麗紅バックパック、美麗紅抱きまくら、美麗紅ベッドシーツ、美麗紅トイレのスリッパ、美麗紅ビキニパンツ、みんーなっ、ほしいのっ!」
「えっ、えーと、美麗紅って、熱愛発覚したんじゃなかったっけ?」
「ああ、あれ?」
大枝はこともなげに返した。
「美麗紅も事務所もあれはただの友達だって」
それでいいのかとも幹は思ったが、この降って湧いた二つ目の幸運に乗らない手はない。大枝に向かって突進し、その両手を握った。
「大枝ちゃんっ!」
「ななな、何? お姉ちゃん?」
「あの宝くじはお父さんがあたしたちに一枚ずつ贈られたもの。大枝ちゃんがもらったものはもう大枝ちゃんのもの。思う存分十万円全部使っちゃってっ!」
「わあい、お姉ちゃん、大好きっ!」
幹と大枝は両手を繋いだままジャンプを繰り返した。
◇◇◇
「一千万円」
さすがにその金額に幹以外の家族三名は戦慄した。
大枝とは既に同盟が締結されていたため、自分がもらった金額より2ケタ多いことに驚愕しても異議は出ない。
家庭内で最弱である父・木造は、やはり幹=大枝同盟に逆らいようがなかった。
「「お父さん。この宝くじは私たちへのプレゼントよね」」
このように二人の娘からハモって言われてどうして逆らうことができようか。いや、出来まい(反語)。
次回第三話「少女は清らかな衣を纏いて強者たちの待つ地へ旅立つ」。