1 少女は夢に向かって努力するwww
黒森冬炎様主催の「移動企画」参加作品です。
「ラフレシア・アルノルディイッ! 僕はおまえとの婚約を破棄するッ!」
キターッ!
17歳の女子高生巨木幹は歓喜の声を上げた。
「そ、そんなナールナル王太子殿下。それは一体?」
うんうん。いいよいいよ。その潤んだ瞳。
幹の体の前で握りしめる両手の拳に力が入る。
「とぼけるなっ! おまえがこのフィッシュハーブ男爵令嬢にした仕打ちは天が知る、地が知る、僕が知る。悪を倒せと僕を呼ぶ」
素晴らしいっ! このバカ王子っぷり! やはりナールナル様の右に出る者はいないっ! 痺れるゥー。
「仕打ち? それは一体、何のことでしょうって、きゃあっ!」
そこまで盛るかと突っ込みたくなるような筋肉つけたスキンヘッドのオヤジ二人に無理矢理外へ引きずり出される!
いいーっ、いいーっ、もう最高っ!
幹は悶絶した。
◇◇◇
「すみません。美麗紅さん。その今、腕を組んでらっしゃる、お綺麗な女性との関係は?」
誰だっ? 人が楽しく婚約破棄劇に耽溺していたのにいきなりチャンネルを変えた奴はっ?
そんな幹の存在をまるでなかったかのように一つ年下の妹大枝が大画面のテレビにかぶりついている。
「ちょっと大枝。人が見てるのにいきなりチャンネル変えるなんて失礼じゃない」
「シーッ。お姉ちゃん。今、大事なところなんだから」
大枝は画面にかぶりついたまま幹を制した。
「何だってのよ? 大事なところって?」
「ヴィジュアル系イケメンモデルの美麗紅の熱愛が発覚して、今ちょうど突撃インタビューを受けてるとこなの」
幹は脱力した。そして、ふつふつと怒りが沸き起こってきた。
「何よおっ! 美麗紅なんて本当はモテモテのくせに、モテないモテない言ってただけじゃん。熱愛発覚なんて驚くことじゃないでしょっ!」
「それでも、あたしには一大事なの。美麗紅はあたしの生き甲斐なのっ!」
「あたしだって、婚約破棄劇が生き甲斐なんだからねっ!」
すると、そこまで画面に見入っていた大枝はずいと幹の方を向き直った。
「では、お姉ちゃん。プロレスで決着を付けましょうか?」
「うぐっ」
幹は絶句した。
プロレスで決着。それはこの姉妹の幼児の頃からのチャンネル権紛争解決方法だった。
こども園、小学校低学年の頃はほぼ幹が勝利していた。
しかし、小学校の高学年に差し掛かる頃、勝負に決着がつかないまま、目的の番組が終わることが多くなった。
二人が中学生になった頃には一歳年下にも関わらず、大枝は体格で幹を凌駕。秒殺でカウント3を決めるようになってしまった。
そして、今や大枝は一年生にして、高校女子レスリング部のエースである。
幹は黙ってスマホを持って、大画面のテレビのあるリビングルームを出た。
◇◇◇
最後の「ざまあ」も見事決まり、婚約破棄劇は幕を下ろした。飛び交う「ブラボー」の声、スマホ画面を凝視し、感動の涙を流す幹。この劇は劇場で催されたのだろうか。
いや、ちょっと違う。演じられているのは事実だが、舞台は確かに「異世界」なのだ。
異世界と幹のいる世界「チキュー」を繋ぐ「異世界断層」が発見されたのは十年前。
そして、五年前には空間軌道で両者を繋ぐ「異世界トレイン」が開通した。
初めのうちは運賃が馬鹿高く、異世界に行けることはセレブの象徴だった。
五年が経ち、以前よりは価格が下がってきてはきたのだが……
◇◇◇
「はあ~」
幹はスマホ画面を見て、大きな溜息を吐いた。
「異世界『ンパカンパカ』で生の婚約破棄観覧パックツアー。一人一千万円かあ。あ、お城に泊まれて、ダンスパーティーを見ながらディナー。ダンスへの飛び入り参加可か。いいなあ。いいなあ。行きたいなあ」
参加者の声のコーナーにチンチラペルシャを抱き上げたお金のありそーなマダームの談話が載っている。
「それはもうリアリティが違いますわよ。舞台は異世界の王族のお住まいになっている本物のお城。それに婚約破棄劇を演じてらっしゃる方も、実際に婚約破棄をされた方ばかりでございましょう」
そうなのだ。まだ、「ンパカンパカ」と「チキュー」の交流が始まったばかりの頃、たまたま、「本物の」婚約破棄を目撃した「チキュー」の人間が一部始終を動画に撮り、帰って来てから公開した。
「リアル」婚約破棄への反響は大きかった。とりわけ「日本国」においては。
多くの者から「自分も見たい」との声が上がり、一連の婚約破棄に関わった者の多くは何度も「婚約破棄劇」を演ずる羽目になったのである。
そして、魔法文明を持ちながら、「チキュー」から見ると中世から近世レベルの農業国だった「ンパカンパカ」は一躍「観光大国」として大発展したのだ。
◇◇◇
「ただいまー。あー疲れた」
帰って来たのはスーパーの安売りセールでしこたま買い込んだ幹と大枝の母・希林である。
「うむっ」
幹は強い決意を秘め、立ち上がった。
「お母さん。荷物持つよ」
幹はそそくさと玄関に行き、重い野菜の入ったビニール袋を率先して持った。
「あ、ありがと」
当惑しながらも礼を言う希林。そこに畳み掛ける幹。
「お風呂洗って、沸かしとくね。あ、今日は夕飯、あたしが作ろうか?」
ここに至り、希林も気付く。
「何が目的だ?」
次回第二話「女神は如何にして果敢なる少女に微笑みたるや」。