山中の歌声
旅の戦士ドライオは、山道の途中で足を止めた。
どこからか微かな歌声が聞こえてきたからだ。
これだ。
ドライオは、声のする方に耳を澄ます。
やっと聞こえてきやがった。
山の中で奇妙な歌声がする。どうにも気味が悪い。
逗留先の宿でそういう話を聞きつけ、別にだからどうというわけでもないと渋る村長から半ば無理やりに依頼を勝ち取ったドライオは、教えられた山道をもうかれこれ半日も行ったり来たりしていた。
日はとっくに中天を過ぎ、これ以上時間をかければ山の中で野宿する羽目になると思い始めていたころだった。
微かに聞こえてきた歌は、どうも女の声のようだった。
これを逃したら、次にいつ聞こえてくるか分からねえ。
ドライオは、慎重に茂みに足を踏み入れた。
こんなつまらない“依頼”を受けなければならないほど、ドライオの懐具合は逼迫していた。
行ってみたけど俺には聞こえなかったぜ、ではさすがにあの村長も納得しないだろう。
ドライオは考える。
歌を歌ってるのが魔物だったら最高なんだがな。
ぶっ殺して首でも持って帰りゃ文句もねえだろう。
感覚を研ぎ澄ませて、声のする方へと足を進める。
そういうときのドライオの動きは、さすがに歴戦の古強者だけあって正確だった。
やがて、いくつかの茂みをかき分けたところで声が格段に近くなった。
そこでドライオは眉をひそめた。
声が、こんなことを歌っているのが聞こえたからだ。
触れられねば 価値なきもの
触れるものあらば その手に収むべし
こりゃあ、あれだな。
ドライオは思った。
ひょっとすると、あれだぞ。
声のする方にゆっくりと近付いていく。
不意に、視界が開けた。
一本の堂々たる巨木がそびえ立っていた。
木が天を覆うように広げた枝葉に日の光が遮られ、その根元は自然の広場のようになっていた。
声は、そこから聞こえていた。
触れられねば 価値なきもの
触れるものあらば その手に収むべし
これは、宝の歌だ。
ドライオは舌なめずりした。
旅をする戦士たちの間では、良く知られた話だった。
かつて地中深くに埋められ隠された黄金や宝石が、再び日の目を見たいと自ら歌を歌い、人を呼ぶことがあるのだという。
歌を聞き、そこを掘り返して宝を見付け、大金持ちになったという話はドライオも聞いたことがあった。
ここか。
根元の一角が、まるで目印ででもあるかのように淡い光を放っていた。
耳を澄ます。
歌は、確かにその下から聞こえてくるようだ。
この下か。
ドライオがそこに歩み寄ったその時だった。
地面が割れた。
地中から飛び出してきたのはドライオの身体ほどもある巨大なアリジゴクの化け物だった。
その甲羅に、人間の女の顔を擬態した模様があった。歌声は、そこから発されていた。
ドライオは構えていた戦斧を躊躇なくその甲羅に叩きこんだ。
女の顔がぐしゃりと潰れ、悲鳴のような声が上がる。
それに構わず、ドライオは戦斧を振り上げ、今度はアリジゴクの本当の頭部にそれを叩きこんだ。
慌てて体の向きを変え、地面に潜り込もうとするアリジゴクの背中に手をかけると、地面から一気に引きずり出す。
足をバタバタさせてもがくアリジゴクに、ドライオは容赦なく斧を振り下ろした。
「いいか、化け物。歌を歌うときはな」
ドライオは言った。
「もうちょっと声を張れ」
中途半端なんだ、歌声が。
あんな細い声でここまで辿ってこれるのは、訓練された狩人か戦士くらいのもんだ。
お前の声に惹かれた村の人間が何人かやられちまった後だったら、村長の方から俺んところに泣きついて頼みに来ただろうによ。
そうすりゃあ、もう少し報酬の額だって吊り上げられたんだ。
ドライオはその怪力で、もがくアリジゴクを裏返すと、柔らかい腹にとどめの斧をぶち込んだ。
あいにく俺は、宝が転がり込んでくるような甘い期待は端からしてねえ。
ドライオは顔をしかめて体液のかかった顔を拭うと、唾を吐いた。
つまらねえ期待のせいで、今まで散々痛い目に遭ってきたからな。
動かなくなったアリジゴクの身体を放り出すと、ドライオはそれでもその巣穴を覗き込んだ。
しばらく、その奥の暗闇に目を凝らす。
やがて盛大に舌打ちすると、ドライオはアリジゴクの頭を切り取りにかかった。