ステーション・サバイバル
腰と背中に鈍い痛みを感じて目を覚ます。あれ、目を覚ましたよな。俺。何度
まばたきをしても視覚に変化がない。暗い。まるで暗室だ。視界の先で小さく淡
く青白い光がいくつか、瞬いたり動いたりしているようだが、かなり離れている
としかわからなかった。
固まった体をひねってほぐそうとして意識が覚醒してゆく。徐々に思い出す。
ありえない。
自分が座っているのはベンチだ。駅のホームに置かれているヤツ。一人分ずつ
プラスチックの板が並んでいて、へこんだ座面に水が溜まらないように穴が開
けてある、アレだ。
ありえない。
両脇にはいくつもの、荷物が詰まったショッピングバッグ。把手を押さえた
左右の手はしびれ、硬直していた。かなり長い間、駅のベンチを独り占めして
・・・寝てたのか、オレは・・・。
ありえねぇー。しかもオレ、サケ飲んでたんだよね。荷物置いて駅のベンチを
占拠して、酔っぱらって寝てたなんて。とんでもない迷惑人間じゃん。今さらの
話だが、独りアワアワと取り乱す。気を落ち着けようとスマホをいじるが画面に
は更なる「ありえない」が待っていた。
暗闇のなか、眩しく光るスマホの画面だがバッテリー残量は三十パーセント。
朧に見える壁に天井。風も吹かないところから、ここが地下というのは分かるが
出口までの距離がわからない。予備のバッテリーパックもないのでできる限り
節約をするとして・・・。ありえないのは時間だ。
現在時刻。 二三:三○
壊れているのか。
狂っているのか。
時計が?
・・・俺が?
どうやらここは地下鉄の駅のホームらしい。たしか今日は金曜日、平日の
はずだ。ホームに消灯時間があるとしても明かりを消すのが早すぎる。いや
その前に駅員が見回って、酔っ払いが寝てれば起こしていくはずだ。
それがまともな駅ならば・・・。
背中に冷たい汗が流れる。
「ありえないだろぅ」そうつぶやきながら荷物の整理を始めた。幸か不幸か
ほとんどが昼間、大人買いしたキャンプ道具だ。まずはキャンドルランタンに
火を灯し、スマホを懐にしまう。バッテリー残量が二パーセントも減っている。
まだ何もしてない、できていない。これ以上バッテリーの浪費は出来ない。
もちろん時間も。
宝くじの賞金をそのまま生活費にすることにためらった俺は、ちょっとだけ
贅沢を味わうためにわざわざ新宿界隈に繰り出したんだ。
もしかすると、登山用品の店を覗いたのが運命の分かれ道だったのかもしれ
ない。
キャンプ用品は災害時のサバイバルにも役に立つ。正論である。ただ各地で
災害が続いたことと、あぶく銭を持っていたこと。実にタイミングが悪かった。
山登りとかを始める気もないのにザックやランタン、ガスバーナーと消耗品を
思いっきり買い込んでしまったのだ。
なんでそんな大人買いをしたかって?
カッコイイと思ったからだよ。
例えば、日は西に傾き、じき夜の帳が訪れようとしているのに電気もガスも断
たれたまま。一言でいえば異常事態だ。普通の人なら他人任せの復旧待ちしか出
来ることはないが。自分の周りにいる人達とは、明かりを、温かい紅茶などで気
持ちを落ち着かせる時間を、共有したい。それがさりげなく出来れば。うまくは
言えないが、カッコイイと思えたんだ。自慢タラタラだと台無しになるが。
見苦しくなる自己主張を抑えられるかは今後の精神修行の課題として、まず
道具を揃えておかないといざ事件に直面しても出番を逃した、「ただの妄想」で
終わってしまう。
まあ、セールス・トークに負けたともいうけどね。
二リットルのペットボトルが十二本、ガス缶が大小合わせて十五本。せっかく
買った物を捨てていくつもりもないのでザックにどんどん詰めていく。重さは
諦めた。まずは動きやすさを重視だ。
どうにか荷物がまとまる頃、先程も見た光がこちらへと近づいてくる。他にも
人がいたようだ。人数は二人。老人と青年。青年がスマホをかざし、老人は紫色
の風呂敷包みを下げていて、ついでに着物姿だ。どうやら坊さんらしい。
いったい何が起こっているのか。互いの状況を説明し合う。坊さんは実は
神主で仕事仲間の手伝いの帰り。青年は刀鍛冶の見習いで自分が鍛えた一振り
を師匠に見極めてもらいにいく途中だという。二人とも、駅の中を移動中にいき
なりここに飛ばされたと。突然目の前が真っ暗になってひどく慌てたようだ。
俺はと言えば遅い昼食に入った店で景気よく酒を飲み登山が趣味の店主と話
が盛り上がり、筋トレに使えるから格安にしとくと、まとめ買いおいしい水や
おいしいお茶を両手に持って店を出たものの、あまりの重さに少し歩いた所で
振り返るが店はすでに暖簾を仕舞い、照明も消えていたのでなんとか駅のホー
ムまで歩き、ついにベンチで酔いつぶれた事を話した。大酒を飲んでこんな荷物
を抱えて歩けば、すぐさま酔いが回るだろうと二人から呆れの混ざった冷めた視線
をそらすようにゴクリゴクリと喉を鳴らして水を飲む。
アナウンスが流れたのはそんなタイミングだった。
「午前零時の 時報とともに ステーション・サバイバルが 開催 されます」
ウグイス嬢というよりは高校の放送部の女子部員のような若い声が闇に満た
された駅のホームに響いている。声がさわやかな分、何とも薄気味が悪い。
「何事かはわからんが、午前零時とはまた気の長い話だな」
「そうでもないぜ。あと十分もないんじゃないか」
気長に構えそうな神主氏と刀鍛冶氏に促すと時計を見て二人とも絶句している。
マジに時間も飛ばされたらしい。酔い覚めの水はうまいと喉を潤していると二
人からの物欲しげな視線を感じる。駅のホームなら自販機などいくらでもあり
そうなものだが。
使えないだろうなあ、停電で。非常灯まで消えているわけだし。リクエストに
答えて神主氏にお茶、鍛冶師にウーロン茶をボトルごと振る舞う。即席ながら
仲間になったとはいえ、回し飲みを強要するのもなんだし。味方なら体調は万全
を期しておきたい。敵味方の判断は、仮称「運営」からのメールによる。
ステーション・サバイバルとは自殺や事故などで駅で命を落とし、地縛霊化し
た魂を討伐して輪廻転生の輪に送り返すイベントらしい。参加者選考は運営基
準で違法または強力な何かの武器を持つ者とあるが、参加者が死亡した場合は
地縛霊の仲間入りするなどと、どこまで真面目なのか、実に疑わしい。今回は
会場が新宿駅ということで各駅をつなぐ地下街も迷宮に含まれて、特別ゲスト
にお化けネズミ、成犬サイズの群れを成すネズミがモンスターに加わるという
説明を読むに至っては、余計な気は使うなと叫びたくなった。
刀鍛冶、言いにくいので鍛冶屋と呼ぶが彼の武器は日本刀で間違いないとし
て坊さんの持ち物は大きめのお神酒徳利と一升瓶の日本酒が二本ずつ。これが
坊さんの武器かと問うたらいわく仲間と、一棟丸ごと事故物件のマンションを
祓いまくった帰りだという。悪霊の天敵か。さて次はおっさんと呼ばれることを
希望した俺の番だ。三十代なら三十路だが、四十代ギリギリとなると
四十路?になるのか。めちゃくちゃ言いづらい。アラフォーなんてガラ
じゃないし、早口で連呼されたらアホゥになりそうで。武器らしい武器もない
俺はおっさんで十分だ。
「僕にも水をもらえませんか」
若い割にしゃがれた声とコツリコツリと革靴の足音がする。だらりと下げた
右手にはスマホが光り、不規則に揺れている。よろめくように近づく足音と影。
つぶやきは止まらない。
「少しフライング気味だけど、かまいませんよね。結果は同じ、変わらない。
生きるのがつらくて、苦しくて、どうしようもなくなって電車に飛び込んだのに
少しも楽にならない。誰でもいい、僕の代わりに苦しんでくれ・・・・。
早くかわれぇよおうぅぅぅ・・・」
ふらつきながら近づく男は、左肩から先がなかった。
「地縛霊って悪霊じゃなくってゾンビかよっ。せ、青年、いや鍛冶屋。出番だ。
任せた」
急いで背負ったザックの重みによろめいた俺に鍛冶屋が冷水を浴びせ
る。
「ちょっと待って。紐、固くて・・・ほどけない。刀が、抜けない」
へっ、いや。ゾンビはもう目の前に迫ってきてるのに。それはないだろ。
しりもちをつきながら後退る先には坊さんが立っていて動く素振りがない。
つまり逃げ道もなくなった。
「かしこみ・・かしこみて・・・怨敵退散皆裁悉滅。破魔!!」
なにやら呟いていた坊さんの、気合とともに放たれた雫が見る見るゾンビを
消滅させる。間を置いて上がった悲鳴は滑稽だった。
「うげあっ・・ぎぃぃやぁぁあああ・・・」
「わずかとはいえ、お神酒が残っておって良かったのう。効き目、抜群じゃ」
会心の笑みを浮かべる坊さんはおいといて、鍛冶屋を見る。
「もう、いいか」
「すまなかった。次からは任せてくれ」
腰のベルトには白木の刀がねじ込まれている。もう大丈夫だろう。気になるの
は坊さんの方だ。
「助かったよ。あぶない所だった。あのお神酒、あとどれくらい残ってる?」
笑顔だった坊さんの表情がたちまち曇る。
「ない。お神酒徳利は両方とも空になった。あれが最後だ」
「日本酒、まだ持ってたな」
「あれはワシの晩酌用で、普段より奮発したんじゃぞ・・・。いや、だが。
まだまだ格が足りん。多分、効き目も落ちるぞ」
「格の低さは通力で補ってくれ。霊力とか神力とかの。こんな地下迷宮で
ゾンビの仲間入りをしたら、晩酌どころじゃなくなるぜ」
「出来る準備は今のうちに済ませておきましょう。後悔しないために」
鍛冶屋にも説得されて渋々お神酒徳利に日本酒を詰めかえていく坊さん。
アナウンスが流れたのはそんなタイミングだった。
「午前零時の時報とともに ステーション・サバイバルが 開催されます」
ピッ ピッ ポーン
ありふれた、よく聞く、電子音の時報。それが空気を塗り替える。
「ステーション・サバイバル 開始です」
言われなくても分かる。微かに腐臭の混ざった、冷たく湿った空気。慌てて
自分の仕度をする。武器を持つ者が召喚されて、俺も呼ばれた。気付けなくても
俺は武器を持っていることになる。ランタンやバーナー。ガス缶を取り出して
身につける。化け物と遭遇してからザックを漁るヒマなんてない。ガス缶を見て
ふと思う。投げつけて爆発させればかなり強力な武器になる。残念ながらそれが
出来る知識も工具も、持ち合わせがないのだが。
俺達が移動を始めて間もなく、どこか遠くで銃声が響いた。不規則に連続する
こんな大きな音、他に思いつかない。
「反社会的武装集団、あちらも巻き込まれた口か」
「生産者の鍛冶屋と違って完全に使用する側だからな。召喚範囲にいれば一人
も残さずさらわれてくるだろうよ」
「この迷宮内じゃ最強グループでしょうね」
「頑張って化け物を退治してもらおう」
「ふむ、後をついて行くのも手ではないか。先を行く奴らに化け物共を倒して
もらえればそのあとをついて行く我らの生存率も上がるぞい」
「うまくいけばいいけど。あれだけ騒々しいと周りのモンスターをかき集めな
いか。近づき過ぎれば流れ弾の危険もあるし」
なにか聞きなれない異音を感じた俺はすぐさまガスランタンに点火する。
頭上にかざしたランタンの光に浮かび上がったのはくすんだ色のガイコツの
群れだった。
「今度は大丈夫です、いきます」
汚名返上とばかりに鍛冶屋が前に立ち、後ろで坊さんがお神酒徳利から酒を
含むなりプーッと霧吹いた。刀に切り付けられたガイコツも酒を吹き付けられ
たガイコツもカラコロと軽やかな音を立てて床に散らばり、消えていく。迷宮に
湧くスケルトンと違い、こいつらは剣も楯もなく素手だ。襲いかかってくると
いってもただ近づいてくるだけなのでなんとか殲滅できた。もちろん、多勢に
無勢。一度にまとわりつかれたら、なす術もなくこちらがやられていたはずだ。
ケガもなく切り抜けられたのは運が良いといえる。若干一名ややキレているが。
「もったいない。こんなにもうまいのに。化け物どもにくれてやる酒では
ないぞ。ったく」
目が据わっているのは怒りのせいか酔っぱらっているのか。・・・両方か。
ぶつぶつと愚痴を繰り返す坊さんの前を歩き、鍛冶屋とベンチを探す。頭を冷や
すことも含め少し休憩が必要だと説得した。
「ロウソクに比べて断然、明るい。なぜ最初からこれを使わなかったんですか」
「移動中もあった方がいいし、戦闘中は絶対に必要だ。だがガスの消費量が
分からないうちは安易にこの明るさに頼れない。戦っている最中にガス欠を起
こしたら、それだけで大ピンチだ」
おどけた口調で俺はガスランタンの明かりを消す。真の闇とはいかないまで
も辺りが一気に暗くなる。見つけたベンチをテーブルがわりにしてランタンの
ガス缶を新しいものに交換する。重さが半分以上軽くなった缶は捨てる事なく
ポケットにしまう。やっておくべき事は済ましたので、荷物を全て床に置き
空いたベンチに体を預けた。思った以上に喉が渇いていたらしく、飲みかけの
ペットボトルがカラになる。隣に座った坊さんはと言えばやはり、飲み干した
ペットボトルを静かに床に置くところだった。その行動の意味に気付いた俺は
きれいに並ぶようにカラのボトルを置く。
運営(仮)の正体は不明だがこんなイベントを発生させるだけの力を持ち、且つ
駅の関係者、あるいは駅に相当な思い入れがある人物像が浮かんでくる。その
目の前でゴミを巻き散らかすなんて愚行の極みだ。出来ればゴミ箱に捨てたい
ところだが見当たらないので、せめて見栄え良くまとめることにした。となりの
鍛冶屋は頼んだメールのチェックをこなしている。運営(仮)からであろう着信音
が何度か聞こえたが見ている暇がなかった。めぼしいものを音読してもらう。
「強制参加でボランティア、ではモチベーションも上がらないと思います。
そこでクエストをクリアした方には報酬を用意しました。討伐ポイントを稼ぎ
つつ、頑張って生還してください」
「今回、会場がダンジョン仕様となりましたので、各所に複数のトラップが
設置されています。初見殺しのハイレベルな罠ではありませんが、甘く見ている
と後悔することになるので油断大敵です」
顔をしかめながら鍛冶屋がつぶやく。
「真面目なのか、ふざけているのか。判断に困る文面ですね」
「報酬についての説明は?」
「ないですね」
「クエストクリアの条件とか方法は?」
「そちらもないです」
「下手な考え休むに似たり、じゃ。まぁ休息もとれたし酔いも醒めた。素直に
出口を目指すかの」
しっかりしろよ、運営ぃぃぃ。クエストクリアを応援しながら、その方法を
教えないなんて。底意地悪いぞ。
時間切れについての説明もないので設定されていないかもしれない。平和的
解決策として、ダンジョン脱出によるクエストクリアを目指す。どこかの玉座で
ラスボスが挑戦者を待ってるかもしれないが、そいつと戦えとも言われてない
ので逃げの一手だ。
改札前の広いスペースにたどり着く。そこは戦場だった。
ランタンの光が照らす床にいくつもの物体が転がっている。物言わぬ骸の
ほとんどがそれなりに人間の形を留めていたが。見慣れぬ異形の屍も見受け
られる。それがお化けネズミらしい。
「成犬サイズっていやぁ柴犬くらいかと思うじゃねえか。実際はド―ベルマン
サイズでしただと。尻尾の長いイノシシっつった方がまだわかりやすいぜ」
イノシシモドキの死体は二つぐらいか。だがそれしかいなかったわけじゃ
あるまい。十人ちかい人間が拳銃を乱射して、それしか倒せなかったとみるべき
だろう。
「その場を動かずに辺りを照らしてくれんか」
坊さんが弔うようにお神酒徳利からの酒を遺体に振りかける。
「次のイベントから拳銃を持ったゾンビやガイコツがモンスターの仲間入り
してたら、わしらも寝覚めが悪かろう」
明かりの足しにとガスバーナーに火を点けようとして鍛冶屋に止められる。
ダンジョンの出口が目の前にあるせいか坊さんは気前よくお神酒を振りまい
ていた。
「もし引火でもしたら・・・・・」
鍛冶屋の言葉が途切れたのは彼も気づいたからに違いない。
迫りくる、振動と足音。それがピタリと止まる。
闇に浮かぶ天の川のような点。
群れたお化けネズミの双眸だ。
転がる遺体を避けて踊るようなステップで坊さんが駆け抜ける。
後を追うお化けネズミに点火したガスバーナーを向け、ツマミを一杯に開く。
ランタンのようにほやに覆われていない分ガスバーナーは五十センチ程も炎の
舌を伸ばし、引火した。
床から噴き出す、青い炎に自ら突っ込むお化けネズミの群れがパニック状態
に陥る。
「今がチャンスじゃ。このまま逃げ切ろう。出口まで一直線じゃ」
先頭を走る坊さんの言葉が妙に引っかかる。そう思った瞬間、炎に照らされた
坊さんの背中が沈み込み一瞬、罠かと慌てたが。足を滑らせた坊さんはのけ反り
つつ尻餅をつき、腰と背中でスライディングしながら出口方向に滑っていく。
流石というべきか、見事というべきか。坊さんは腰に下げていたお神酒徳利を腹
に抱え上げ、無傷で守り通していた。頭や腰を庇っていたらお神酒徳利など
砕けていたに違いない。
労いをこめて、助け起こそうと坊さんに駆け寄ったタイミングでトラップが
発動、光に包まれた俺たちはどこかに飛ばされてしまった。
暗闇の中に放り出された俺たちはダメージ回復のため、しばし休息をとるこ
とにした。とにかく、いろいろとしんどい。目の前までたどり着いた脱出口を
取り上げられたり。つられてお神酒を大量に消費したり。肉体的にも、坊さんは
腰と背中を強打してるし。ただ、休み過ぎると動けなくなるので脱出行を再開。
目下、長大なエスカレーターを人力で登攀中だ。長さは八十メートルくらいで
落差は四、五十メートルくらいに感じる。ランタンの光が届かないので体感だ。
多少の誤差は勘弁してほしい。せめて食い物があれば、もう少し休みたいが。
休んだ時間分も腹が減るので、のんびりしてはいられない。
あと数段で登り切り、というところで奴らの足音が迫ってきた。お化けネズミ
の群れだ。この場で作戦を立てる。エスカレーター前に酒を撒き、明かりを消し
て奴らを待ち伏せ。遭遇直前に酒を霧吹きしてもらい、バーナーで引火させる。
作戦は成功した。
こちらに向かって突進してきたお化けネズミは炎に驚いたものの、止まりき
れずに、炎を飛び越した。ネズミはかなりの跳躍力をもっている。通常ならば
すぐさま反転し後ろから襲われてこちらがお陀仏だが。今回の着陸点は五十メ
ートル下方だ。いのしし並みの体格なら、自重だけでも大ダメージ。さらに後か
ら降ってくる仲間の下敷きにされるのだ。無傷でいられる生き物なんていてた
まるか。
疲れ切った体を鞭打って再び地上、改札前のスペースにたどり着いた。相変わ
らずの停電状態だが、外からの光が差し込んで動くには困らない。今度こそ
慎重にトラップを避け、一か所だけ解放されたゲートを通る。いつの間にか隣に
駅員の制服を着た少女が立っていた。かなりの美人さんでいかにもアイドルが
一日駅長務めていますという風体である。制服もやや大きめで着られている感
が満載だ。
『クエストクリア、おめでとうございます。お疲れ様でした』
そう言ってニコリと微笑む少女に、一言何かを言おうと口を開いた。
はずなのだが。なぜか少女の姿はなく、自分はホームのベンチに座っていた。
懐のスマホは一日分、時間が経過していることを告げるとバッテリーが力尽き
画面が暗くなる。隣の席には荷物の詰まったザック、消費したアイテムの分だけ
軽くなっていた。坊さんと鍛冶屋、あの二人も近くにいるのか。それとも
すでにこの場を離れたか。気にはなったが答えをくれる者がいるわけでもない。
帰宅のために、電車を待つ列に加わる。何かに足をとられて、ホームに転げ落ち
そうになったが、なんとか踏ん張った。
あぶない、あぶない。せっかくあのクエストを切り抜けて生還したのだ。つまら
ぬ油断で命を落とせば地縛霊の仲間入りだ。
ゾンビやガイコツになんて、なってたまるか。