if幕間「隣に居る鬼」
もし、鯉と鬼がもっと最初……才三君の支えになるために鏡華が飛び出し、二人で千歳さんのアパートに来ていたら
※理由説明込みのため、甘さ薄めシリアス多めです。
随分続きを更新できてないなとふと思い、思いついたので書き殴りました。お待たせして申し訳ありません。
本当は鯉と竜でも、すぐにこういうのを書く予定で書き始めたんですが、どうしても小説と言う関係上、文章の多いラノベ風になっちゃったんですよね……。あ、竜と鯉ではもっと初々しい感じになる予定ですので、まだまだ先になりますが楽しみに待っていただけると嬉しいです。
「おい、起きろって、鏡華。まだ寝るつもりなのか?」
まだ冬の寒さが残る2月末。
布団を頭からかぶって寝ていた私を、誰かが優しく揺り起こしてくれていた。
ううん、自慢じゃないが、"誰か"なんて言えるほど、私の知り合いはそんなに多くはない。
布団越しでかすかにだけど、コンロの火を扱ったニオイと、卵がバターで焦げたニオイが漂ってきて、朝ごはんも用意してくれたんだなって幸せになる。
「んぅ……。なあに、鯉太郎」
だけど、乱暴に起こされた仕返しに、本人は嫌がるあだ名で呼んでやる。
すると、鯉太郎……サイゾーは思った通り、嫌そうな声でため息をついていた。
「はあ……。起こせって言ったのは鏡華だろ。メシも出来てるよ」
「んふふ、ありがとうサイゾー」
「おう。あ、でも、ネットでの名前を言うのは辞めろよ、もちもち紅白先生」
「ふふん、私は呼ばれなれてるもんねえ」
「チッ、これが知名度の差か……」
舌打ちされた。
自分でしかけておいて、返しにちょっとムッとしたけど、鯉太郎がソレを気にしてたのは知ってる。
だから、意識させた私が悪いなと、自分の頭の足りなさに頭痛を覚える。
「……ごめん、今のは私が悪いかも」
「え? ごめんって、なにが?」
「サイゾー、昔知名度とか、そういうの気にしてただろ? 昔の話しって言っても、嫌じゃないっていわけじゃないだろ」
「あー……」
言われてから考えるように上を向き、サイゾーには、すぐ苦笑されてしまう。
もしかしたら本人にそのつもりはなかったけど、流れ的にそうなってしまってもおかしくないと感じたのだろう。
だから、サイゾーは苦笑したまま、掃除を続けていた。
「じゃあ、かもじゃなくて、鏡華が悪いな。俺は起こせって言われたから起こしただけなんだし」
「んぐ、ぐぅの音も出ない正論」
「あはは、まあ、言い返しちゃったけど、俺は気にしてないって」
「でも……」
「いいよ。だいたい、今の俺は、家に転がり込んだ居候みたいなもんで、鏡華の世話になりっぱなんだし」
「世話になりっぱなしって……それ、今の私に言うのはちょっと煽りじゃないか?」
「じゃあ、それが仕返しってことで」
「ぐぬぅ……」
「ぐぅじゃない音は出たな」
サイゾーはそんなことを言いながら、私の部屋に転がっていた資料用の本や、ペットボトルを片付けていた。
このままベッドの中でサイゾーと喋ってるのも悪くないな、とは思うけど、せっかくの起きたのだからと、頭からかぶったままの布団から手を伸ばし、元々赤い目をこすりながらヘッドボードに置いていたスマホを引き寄せる。
引き寄せた布団がまた角に引っ掛かって首を持ってかれかけたけど、スマホの電源を入れて時間を見れば、ネット民にしては早い、朝の8:30と表示されていた。
(うん、大家との予定は11時だけど、ちょっと早めの時間をサイゾーに教えてたから、もっと早め。さすがサイゾーだな)
本当は、もっと遅くに起きる予定だったのだけど、サイゾーが休みだって言うし、せっかくならサイゾーと一緒に過ごしたい。
ふふん、私は天才だ。
どうやって過ごそうかと考えていると、顔がニヤケてしまいそうになる。
慌ててキュッと表情筋を引き締めた。
角に引っ掛かったサラサラとシーツみたいに薄い布団を落とすと、日の光を受けても真っ白だった視界が広がる。
薄目のピンクの家具をそろえた、私の寝室。
鯉太郎……恵才三、私の、初恋の人と一緒に住むアパートの一室だ。一人素で済むには広い部屋だけどこうして二人で住んでみると意外と狭い。
本当は、一緒の部屋で寝る予定だったのに、サイゾーが「せめて結婚するまでは」と頑なに別の部屋にされている。
そのせいで、私の仕事部屋がリビングになって、さすがに邪魔だし、サイゾーがネットに触れないだろって、一緒の部屋にって訴えたのに、「パッドもあるし、この家……部屋かな? の大黒柱は鏡華だから」と、押し切られてしまった。
こういうのだけは、相も変わらずにぶちんだ。
だけどまあ、それも鯉太郎らしいから、仕方ないなって苦笑いを浮かべるしかない。
ぼうっと考え、部屋を片してくれていたサイゾーを眺める。
黒い髪で、こげ茶っぽい色の混じった、まさに日本人って感じの顔をした男の子。
幼いころから知っていて……今は同棲している、愛しの彼氏――。
彼氏って言葉を思い出して、思わず頬が熱くなりかける。
そう、鯉太郎……恵才三は、私の彼氏だ。
最初、鯉太郎に出会ったのは、コイツが幼いころにネットゲームだった。
仲良くなって、話を聞くうち、私は鯉太郎に同情した。
真綿で首を締めるような家庭事情と、伸び悩む現状。そのせいで、やりたいこと全てを、やらなきゃいけない事で上塗りされていくのは、大人であろうと多少は堪える。
子供ならなおさらだ。
元気がなくなっていくサイゾーの話を聞いた私は、少々のめり込みすぎた。
嘘だった可能性だってある。
だけど、コイツの話を聞いて、調べれば調べるほど本当の事ばっかりで……。住所に関する情報はさすがに隠した方がいいとは思うが、それのおかげで、ちゃんと事情を知ることは出来た。
事情を知れば知る程、一人にするのが怖い環境だった。
そんな時だったんだ、配信を辞めそうな気配をサイゾーが出し始めたのは。
元々、家庭の事情で辞めなければいけないのを察していたんだろう。全てを放り出して、居なくなってしまいそうな言動に恐怖を覚えた私は、大家に頼んで、サイゾーを私が住んでいる大家のアパートに連れて行くことをにした。
年齢的には犯罪チックだったが……。これ以上放っておいたら、サイゾーが壊れるのは目に見えていた。
だというのに、親はサイゾーのやること成すこと認めないし、周りもネット環境を理解していないし、サイゾーの苦労の成果を評価してやれる奴も居ない。
許せるわけないだろう、そんなの。
布団にもぐったまま、過去の事を思いだして、歯噛みする。
本当に過去のサイゾーの環境を思い出すと今でも腹が立つが、今のサイゾーは誰が何と言おうと私のモノ。
そう思えば、優越感で苛立ちが少しだけ紛れ、ふぅと怒りを抑えてベッドに伏せていた頭を上げる。
角が布団を持ち上げて、微かに朝食のニオイが強くなった。
……サイゾーの環境を知った私は、ちゃんと私の身分……鬼ってことだけは隠して、イラストレーターの身分と、サイゾーとどれだけ話をしたかの証拠を突きつけて、サイゾーの親も渋々説得させた。
結果、サイゾーは私と一緒に暮らすことになって……サイゾーが初めて私を見た時、ビックリしてたけど、
「鬼って初めて見た。思ってたよりずっと可愛いんだね」
なんて、初めてオフで会った私にそんなことを宣いやがった。
コイツは本当に……。
それからは、ありがちな話だ。
一つ屋根の下で一緒に暮らして、一緒に遊んで、一緒に支え合って……。いつの間にか、そうするのが楽だって気が付いて、サイゾーの方から付き合おうって言われた。
最初は戸惑った。
でも、ああ、私も自然と「それが良いな」って思ったから、そうなった。
こっ恥ずかしいので、これ以上は勘弁したい。
でも、時々、思ってしまう。
どうして、私なんだろうって。
サイゾーは今、部屋に転がってるペットボトル―いや、私だって放置したくてしてるわけじゃない―を片して、後で持っていくつもりなのか、ドアの近くに固めている。
ドアの奥からは朝食のニオイも漂ってきているし、私が配信で気晴らししながら作業をしたいという気分の時は、それとなく配信機材の準備もしてくれる。
至れり尽くせり、スパダリじゃないけど、気は利く人間だ。
だから……。
「私なんかで、良いのかな。もっと良い相手、居るのに……」
ああ、駄目だ駄目だって思ってるのに、ついつい、考えてしまう。
元来、私はあまりポジティガ強い性格傾向じゃない。それに加えてあまり良い成功経験をイラスト以外で得られていない。
それも相まって、ついついネガティブになってしまうのは、許して欲しい。
きっと彼には、私よりももっと相応しい人はいるはずで、と。
例えば、隣に住んでる彼の推しであるコルセアみたいに。
コルセアは、隣に住んでる竜人の子で、仕事をもらう関係になったのはつい最近のことだ。
きっかけは、大家伝手にイラスト依頼が来たとき、依頼をした相手が、隣に住むことになったコルセア・ラ・ミナミ・モンテイジ・デ・ネージだった。
元々私の絵を見て、好きで追っていたから、っていう、サイゾーに似た理由で、しかも、本人たっての希望で、サイゾーと同じ配信者を選んだって聞いた。
正直、サイゾーと同じだったのがちょっと怖くて、嫉妬した。
同じように私の絵を好きだと言って、配信者をやると言って……。
そんな彼女が、サイゾーと意気投合したら、サイゾーを盗られるんじゃないかって。
浅はかだなって思う。でも、私は本当に怖かったんだ。
コルセアはとても良い子だ。
竜人は持ち前の魔力の多さで慢心している者も多い。
でも、竜人であるコルセアは相手に対して失礼が無いよう細心の注意をしていたし、なれない手順で人間の形式に合わせていた。
私が鬼……幻想種って知っても、態度は崩さないどころか、絵を描いてる私に対してリスペクトすらしていた。
それはきっと、私じゃできない事で……。
普通にサイゾーともお隣挨拶してて、アイスホワイトに輝いているコルセアの隣で笑うあいつを見た時、お似合いだって思ったら、心が痛かった。
こんな醜くて、面倒くさくて、嫉妬ばっかりしてる女より、なんて思ってしまう。
急なネガティブに襲われていたら、気が付くと、サイゾーの視線が私を見ていた。
なんだろうと首を傾げると、サイゾーは何かを考えるように視線を斜めに向ける。
「んー、鏡華。まだ時間は、大丈夫なんだよね?」
「え? ああ、うん」
「じゃあ、ちょっと待ってて」
何をするのかと見守っていると、一度部屋を出てから水を流す音が聞こえ、戻ってきたサイゾーが、ベッド……私の横に座る。
あ、手を洗ってから来てくれたんだな、っていう感想と、隣に来てくれたという事実。
それと、すぐ隣からサイゾーの体温を感じて、ドキッとして下がっていたはずの思考がどこか吹っ飛んでいった。
我ながら単純だ。
でも、照れるのは照れる。
サイゾーが傷つかない程度に冗談っぽくいやいやをして、ちょっと距離を離した。
「な、なんだよ、サイゾー」
「んー? いや、またどうでもいい事で悩んでそうだなって」
「ん……。別にいいだろ」
「よくないって。一応、俺の彼女なんだろ? そんな彼女の悩みに寄り添わないなんて男としてヤバイ」
「おま、そんなこと恥ずかしげもなくよく言えるな!」
「いやまあ、恥ずかしいか恥ずかしくないかだったら、恥ずかしいけど……。鏡華が落ち込むよりいいだろ?」
「くっ……」
普段は言わないのに、弱ったときだけすぐに気が付いて、寄り添って来るコイツは、本当にこういうときだけキザったらしい。
私の事を優先してくれたからって、ちょっときゅんとしてしまう自分もまた憎らしい。
何も出来ないのが悔しくて、せめてもの抵抗で、ふんと鼻で笑って胸元に頭を預けてやる。
背中越しにサイゾーが緊張で固くなるのを感じて、頬が緩みそうになるけれど、すぐに持ち直して嬉しそうに肩を抱かれてしまった。
ああもう、すぐに返事が返ってくる。自分でやっといて背中がかゆくなるじゃんか。
「で? 何を悩んでたの」
「…………」
「鏡華」
「ん……。面倒な私なんかより、もっと褒めてくれて、もっと優しい奴いるのにって。ほら、隣の……とか。大家とかさ」
「え? コルセア様はともかく、千歳さんまで?」
「だ、だって、大家だって美人……っていうか、腹立つけど可愛いし。コルセアだって、お前の好みを考えたらドストライクじゃんか」
私がそう言うと、サイゾーの手が驚いたように固まって、脱力してしまう。
それが私から離れるみたいに感じて、不安になってついきゅっとその腕をつかんでしまった。
「ふふ」
「サイゾー……?」
不安に思って振り返って見上げると、サイゾーは本当におかしそうに笑っていて、優しい彼の笑顔に目を惹かれて……。
自分の発言が笑われてると気が付いて、ハッ、と我に返った。
「サイゾー! 笑うのは酷いだろ!」
「あは、あはは。ごめ、あははは。だって、鏡華は心配しすぎなんだよ」
「はあ? うっさい! 大体、面倒くさい私なんかより、もっといい人はたくさんいるだろ!」
「俺にとっては、鏡華は鏡華の言ういい人だと思うだけど?」
「私は違うもん」
「もんときた」
ちゃんと言葉にしたのにクスクスと笑って茶化してくるサイゾーにムッとしてしまう。
私のことを認めてくれるのは素直に嬉しい。
でも、こっちは真剣に相談してるのに笑うなんていい気分にはなれない。
「サイゾー! こんな時に茶化すな!」
「あーごめん、それは本当に悪い。でも、俺、親に褒められたことあんま無いから。こういう時、どういうこと言ってやればいいか分からなくて……」
「それは、まあ、理解はする。たしかにサイゾーはいつもキザなこと言うくせに、ムードが大事な時はちゃんと言わないヘタレだけど」
「へ、へたれ……」
がっくりと背中越しでも落ち込むのが分かる。
いや、事実だし、私から声をかけなきゃ、鯉太郎は一人で悩んで勝手に自滅してたって考えなくても分かる。
優しくて、自分で何とかしようってするのが、コイツの弱点だから。
でも、今回は言い過ぎたのか、うなだれて背中で落ち込む気配で不安になる。
(や、やっぱり言い過ぎた、か? でも、サイゾーには、ちゃんと幸せになってほしいし……私が嫌われるくらいで済むなら、安いって思ってるだけで……)
何度だって思う。
こんな、モーニングコールを頼むだけじゃなく、炊事と掃除までやってもらってる、引きこもりの鬼なんかじゃなく、もっと幸せにって。
嫌がる事だけは口をついて出るのに、強がってばかりで一向に心配を伝えようとはしてくれない自分の口にほとほと嫌気がさす。
悶々としていると、サイゾーの体に力が入った。
「鏡華」
抱きしめていた腕が私の腰に回され、いつの間にかもじもじしてしまっていた手を握られる。
男の人らしい硬い手の感触が手の甲に伝わってきて、ああ、可愛いサイゾーでも、やっぱり男なんだなって再確認させられた。
手の甲をするように撫でられ、意識外の感触に背中が跳ね「ん」と声が漏れてしまう。
背中からだ抱きしめられてることを強制的に頭に捻じ込まれて、怒ってるはずなのに、ドキドキと不安で胸がいっぱいになった。
「サイゾー……?」
「鏡華は、俺を助けてくれただろ」
「そ、それは、お前が危なっかしかったからで……」
「でも、助けてくれた。本当は俺なんかに構わないで、部屋に籠ってても良かったのに。だろ?」
「……だから、それはサイゾーが」
「いやまあ、確かに俺がネット初心者で、やばかったのは百里ある」
「それに、お前なら、きっと私が助けなくても、誰かが見つけてくれた……私なんかじゃなくても、もっと……」
「あはは。でも、鏡華が見つけてくれたじゃん」
「それは、そう、だけど……」
「自分なんかより、って動いてくれた鏡華が助けてくれたから、俺は鏡華の隣に入れるんだから。それに、鏡華のおかげでやりたいこともちょくちょくできてるし」
「…………」
「だから、俺は鏡華に見つけてもらってよかったって思うよ? 助けてくれた人にこうやって世話焼いて恩返しも出来てるしね」
「んぐ……」
恥ずかしいのに、彼を知ってる私からしたら、なんて重みを感じる言葉なんだろうか。
理解……出来ないわけがない。
クリエイターとして、どれだけ伸び悩んでも、アドバイスは求めず、純粋に技術だけを追い求めて……それでも、誰も見向きもされない事は誰にだって……本当の天才にだってよくある話だ。
ましてや、私は彼の配信が好きで、ずっと近くで見守って、愚痴まで聞いていた。
彼の苦悩が分からないわけがない。
だけど、それを踏まえても、歯の浮くようなセリフを素面で言うので、私の手の甲を摩っていた腕を思わず抱え込んでやった。
「ちょ! き、鏡華。腕が胸に……」
「我慢しろ、ムッツリ変態」
「えぇ……」
「それとも、私の無い胸に興奮するほど、お前は変態なのか?」
「ばっ! ああ、もう、鏡華。それなんて答えても俺が負けるじゃんか」
「ふふ、大丈夫だよ、お前が好きなのはクールの無知系だもんな」
「ん゛! 誤解を招きそうなんでやめてもらえませんかね! せっかくいい所見せようと思ったのに大失敗じゃんか!」
さっきまでの空気が霧散して、思わず笑ってしまう。
こういうからかいで動じてしまうところは、まだまだ可愛い。
だけど、そもそも彼氏彼女なのにこういう接触に慣れてないのは若造過ぎるんじゃないか。
いまだにサイゾーは照れたみたいに顔をもにょもにょさせてるだろうけど、私にはそんなの関係ない。
だって、私は……彼が私を慰めようとしてくれているだけで、私なんかって思いは多少は晴れてくれてるんだから。
今も、サイゾーが不貞腐れてる姿はきゅんとしてるんだ。
これがチョロイって言わず、なんだと言うのか。
自分のチョロさに苦笑しつつも、ネガティブを払ってくれた背後の男の子らしい胸板に頭を預け、彼に角が当たってしまわないように見上げる。
「もうサイゾーのことずっと好きなんだから、今更格好つける必要なんてないだろ?」
「お、おう……」
私が素直に好きだって伝えると、サイゾーは照れたように斜め上を向いてしまった。
おい、やめろ。そこで照れられると私の方が恥ずかしいだろうが。
また背中がむずむずして居づらくなってきた。
「…………えい!」
「お、おわ!?」
油断しきっていたサイゾーの背中を思い切り――人間が傷つかない程度の力でベッドへ押し倒す。
慌てたせいで私ごと倒れたけど、そのおかげでサイゾーに抱き枕にされたみたいにベッドに転がった。
「いったた……な、にすんだよ、鏡華」
「あはは、いいじゃないか。たまには私に甘えさせてくれ、彼氏様」
倒れ込んだサイゾーの胸元に頬を当てて、ぎゅっとサイゾーの体を抱きしめる。
本当に男の子らしい反応に笑いそうになりつつ、腕や頬、体全体から伝わって、サイゾーがここに居るんだなって安心感と、満足感で胸の中がいっぱいになる。
温かい、金坊たちに世話になってた時には感じられなかった、人の温かみ。
私はこの子の隣が好きだし、この子が私の我が儘を受け入れてくれるのが本当にうれしい。
そう感じるのは、きっと悪いことじゃないはずだ。
抱きしめてたら、頬から服越しのサイゾーの鼓動が高鳴っていくのが聞こえて、こんな状況に慣れてないんだなって思うと少しだけ優越感を覚えた。
「サイゾー。お前の鼓動、早いぞ?」
「自分の事だぞ、分からいでか」
「ふふ、お前はこういうの疎いから、なんでだろーって、頭をひねるかと思ってた」
「それは舐めすぎ」
冗談で落ち着いてくるのを耳で感じ、クスクスと笑っていると、呆れた顔になったサイゾーが「でもさ」と口を開く。
「推しの近くなのも相まって、背徳感でヤバくて、そりゃ心臓が高鳴るってもんよ」
「おし?」
「そう、推し」
「ああ、推しね。なにを馬鹿な。お前の推しは"コルセア様"だろ?」
「そりゃ、ライバーの推しは文句なしでコルセア様! それは譲れない!」
「このオタクは……。ちょっとはムードを読めないのか?」
「いや、すまん、悪い。でも、俺にとって、一番の推しは、もちもち紅白先生なんだ」
「はあ? なにおべっか使って――」
「違うよ」
さすがに唐突過ぎる。
サイゾーは茶化した言い方じゃなく、ハッキリと、優しそうな胡散臭い笑みを浮かべて否定されてしまった。
思わず、迫力に押されて黙り込んでしまうほど、心から理解して欲しいって言う強い否定だった。
「俺は、なんも知らないガキを、知り合いだからって救おうと努力してくれた鏡華が……。ファンだって言ったのに、俺を信頼して、身分を明かしてでも助けてくれたもちもち紅白先生が好きで、推しなんだ」
本当に何を突然言い出すんだこのオタクは!?
「わ、わっ」
「おお、珍しい鏡華がミームに犯されてる」
「だ、だってお前それ、言ってて、だいぶ、その……恥ずかしいぞ……?」
体調は大丈夫なのか?
そう心配しそうなのを飲み込んで、寝転がったままの体制でサイゾーを見上げる。
すると、本当は恥ずかしかったのか、首がかすかに朱色に染まっていた。
「いやまあ、超恥ずい。恥ずいけど、鏡華が自信なさそうに、私なんかよりって顔してるのと比べたら、安い」
「サイゾー……」
「あー、その、誠に格好悪いんだけど、出来れば追い打ちは辞めて欲しいかなって。結構、オタクには恥ずかしいセリフのオンパレードで――」
しどろもどろ、って言うのはまさに今のコイツのことを言うんだろう。
私を抱き返そうとしてるのに、手は千手観音みたいに四方八方に散っていて、イワシみたいに目まで泳いで、挙句の果てに耳までリンゴのように真っ赤っかだ。
ちょっと格好悪い。
それでも、私のために恥を忍んでくれている、私の彼氏だ。
倒れた姿勢のまま、真っ赤な頬に手を伸ばして、彼の上を少しだけ這う。
まだ狼狽えている、私の彼氏になった人間様の頬にちゅっと軽く……本当に軽く、唇をくっつけた。
「かっこいいぞ、サイゾー」
「えぁ、おぉほほぉ……?」
不思議な反応を返すサイゾーに思わず吹き出す。
あんまりそういうムードじゃなかったけど、私がしたかったんだからしょうがない。
やる事やって満足して、サイゾーの温かさを満喫していると、布団を被った時のようにうとうとと瞼が重くなり始めていた。
「あ、飯……忘れてた。鏡華、食べないのか?」
「後でいい。お前のご飯は、冷めても美味しいから」
「そっか。まあ、いっか。俺も今日は休みだし、帰って来てからでも食べられるようにしておくよ」
「ん……」
私は冷めてても、美味しく食べられる。サイゾーのなら、なおさら。
今はそれよりも、暖かなサイゾーの近くの方がずっといい。
あの時、傍に居てやれなかった時には、感じることが出来なかった、人間界の少年の温かさ。
誰にでも優しくて、誰よりも傷つきやすい癖に、相手の事はよく見ている。
そんな鯉太郎は、私の推しで、今はもう、私のモノだ。
そのまま、私は暖かな抱き枕に安心して、ゆっくりと瞼を閉じるのだった。
* * *
余談だけど、あの後、結局大家との約束には遅刻してしまった。
申し訳なさでいっぱいで駆け付けたら、あの大家は、
「にゃはは、お二人はご盛んですなあ」
なんて、一部始終すべてを見てた顔をしてセクハラかましてきたので、私が人間界で起こした問題は全部放り投げてやることにした。




