#10「こうして私はこいにこいすることになった」
ざあざあと、雨が降っていた。
しとしとと溜まり続ける雨脚の強い梅雨の時期。
私……長月鏡華は、緑が萌ゆる山々に囲まれた田んぼと畑が広がる広い道で途方に暮れていた。
十年前――。私が幻想種の世界からこちらに来た時、初めて見た景色がソレだった。
右も左もわからない私は、その土地でとある家族に拾われた。
運が良かったんだろう。拾ってくれた人たちは幻想種の事も知っていて、奇妙に見える私を快く受け入れ、仕事を手伝いさえすれば衣食住も保証してくれた。
後から聞いたら、そういう組織が援助もしてくれたらしいけど。
世話を一方的に焼いてくるやつも、そいつの面倒な妹も、大丈夫だと言うのに飯を何度も何度も渡そうとするお婆さんも居て、正直いい人たちだと思った。
だからヒト……人間様には優しくすると決めた。
優しい人間様たちに囲まれ、その家に世話焼きに色々と情報を得るのに"ネット"という情報の海が効率が良いと教えられ、用意してくれたソレは、一人で調べ物が出来て楽だった。
もちろん気をつけなきゃいけないことも多かったけど、他人とコミュニケーションをとるより断然楽だったんだ。
その頃から絵は描いてた。元々好きだったのもあって、世話になってるやつらのために最低限売れる絵を研究して、ある程度マネ出来るようになったら誘導もして……。そこである程度はネットの流れってやつに詳しくはなったと思う。
だけど、この世界で好きじゃないものもたくさん出来た。特に湿気だ。
ジメジメとした、肌にまとわりつく水。鬱陶しくて脱いだ服を放れば怒られたし、着ているともう一毎夜系に来ているみたいでイライラして、なににも手を付けられなかった。
ネットの嫌な奴は面倒だったし、湿気で我慢するのも難しくて……でも、恩返しはしてあげたかったから、色々と四苦八苦したのは覚えてる。
恩ぐらいは返さなきゃだめだろ、人として。
……そうえいば、耳が聞こえやすくなったのは、その頃からだったか。
ストレスだったわけじゃない……と思う。拾ってくれた人間様は良い人だ、ストレスなわけがない。世話焼きもうるさいだけだ。妹も……私がそう受け取るのが悪い。世間の時分の事しか考えてない人間様も、ネットの人間様も自分有線で無視すればいいだけ。私がいちいち悪いところを見るのが悪い。我慢じゃない、これが普通のはずだ。
きっと、そうだろ。
……しばらくそんな生活が続いて、アイツと……カンバスの鯉と出会った。
きっかけはゲームとかいう、遊戯。世話になっていた家で湿気でダウンした私が"世話焼き"に言われてパソコンでやらされたゲームだった。
「そんなもの、何が楽しいんだ」
「いいからいいから。やってみろって、お前、こういうの好きだから」
知ったような事を言うソイツには嫌な顔を返してやったけど、結局無理やり付き合わされた。しかも、私を誘ったソイツは速攻で飽きやがって、結局私は"そんなもの"で一生遊んでいた。
湿気で手伝いすらもイライラする時期の気休めだと、遊んでいたらゲームの中で突然声をかけてきた子供が居た。簡単なスクロール型のゲームで、マルチで遊びたいからと声をかけてきたソイツを何の気なしに手伝った。
たんに気が向いただけ、どうせ私はすぐにやらなくなる。
相手もそのつもりで声をかけてきたと思ってたし、一回プレイしたらそれで"さようなら"だと勝手に思ってた。
今までだってそうだったし、アイツもそうだったから。
だけど、ソイツ――カンバスの鯉は違った。
フレンド登録を送られたから何の気なしに登録した。
それからは事あるごとに声をかけられるようになって、面倒だから何度無視しても声をかけてくるようになった。面倒だけど、ネットのやつらはまともじゃない。うざい噂を広められたら面倒だと適当に返し始めたのが運の尽きだった。
最初は面倒な奴って思ってた。
当たり前だろ? ゲームをしたのは面倒な世話焼きのススメで一時的。私自身、すぐに飽きると思ってたし、友人を作る必要なんてないと思ってた。
私の何が気に入ったのか、ソイツとはわざわざボイスチェンジャーまで使って通話までするようになっていた。
女だってバレたら面倒だってこともあったし、どっちかわからない声を作っておけば相手も気が休まると思ったから。
ソイツの話を聞いたらゲームをきっかけにネットにはまったっていうトーシローだった。ハッ、私も人の事言えないか。
通話で嬉しそうに話す"鯉太郎"の話を聞くたびに口元が緩んで、変声期に入ったばっかりの声がコンプレックスだって可愛いことまで言って、からかってやると必死になって否定する。
そんなやつと会話してたら気が抜けて、自然と色々と話す仲になっていた。
鯉太郎の話を聞いて、相談にも乗ってやって……。それでなにを勘違いしたのか、ありがとうって懐かれて、普通に雑談するようになって……。
鯉太郎に誘われて、別のゲームだったり、アニメってやつにも手を出したり、コツやら流行りやら調べなくても色々教えてもらった。
教えてもらったんだから、それ以上の物を返したい。恩返しをするのが当然だ。
だから、私の事は隠してイラストを投稿していたアカウント――『もちもち紅白』を教えてやったら、すごく嬉しそうに私の絵を褒め始めた。
嬉しくないわけじゃない、けど恥ずかしくて私のだって言うのは辞めた。
教えてくれたアニメのイラストも、ゲームのイラストも、私が好きになったやつだけ描くたび、鯉太郎は褒めまくったのは今でも覚えてる。
そんなのを繰り返してたら、いつしか、ネットもゲームも"そんなもの"って言えなくなってて……。
思っていたよりもパソコンにかじりつくようになった時だった。
カンバスの鯉……鯉太郎が、配信にハマったと私に言ったのは。
正直、心配でしょうがなかった。
当時のあの手のコンテンツは悪い奴らの温床だった。匿名とかいうありもしないハリボテの盾で気が大きくなったやつらが何の気なしに鯉太郎を殴って、泣きついてこないかって。
面倒だから、面倒は嫌だったからだ、きっとそうだ。
だから、見えないように守りつつ、変な噂を見つけても、本人が見ないように誘導した。相談されれば、私が考えられる最短ルートの解決策を教えもした。
それでも……。それでも、鯉太郎の配信は人が来ることは少なかったけど、楽しそうに配信をする鯉太郎を見て、満足だったし……悩んで、試行錯誤するあいつから、目が離せなくなっていった。
満足? ……ああ、私はそれだけでも満足だった。
だけど、あの男は言ったんだ。
『なあ、俺にもお前のことも教えてくれたりする? 俺ばっかり相談に乗ってもらっちゃ悪いからさ』
それは、いつだったか、普通の通話中に言われた一言。本人は忘れるっぽいし、あいつの性格からして、本音だったんだって分かる事だったけど……。
初めて、私の事を知りたいって言われて、優しくしてくれた人間たちにも言われたことのない一言で……。
それが、すごく、心に残った。
まったく、本当に……。いつから、だろうか。
私は、鯉太郎を目で追いかけるようになっていた。




