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#1-3

 

 

 なんとか無事にアパートの近くまでたどり着くことができて、今の時間を確認するために携帯の時計を確認する。

 時間は予定していた時刻の数分前。

 これなら部屋にあるパソコンの電源をつけなおす時間を考えてもすぐに彼女の放送をつけることが出来そうだ。

 歩を緩めてアパートが見えるであろう角を曲がると、そこにはアパートとは思えないほど大きい敷地に三軒ほど建物が立っていた。ひとつは一階と二階に三部屋ずつ用意されている木製のアパート。アパートにLの字になるように建てられている食堂。そして囲いを隔てて大家さんの住む日本家屋が隣接されている。

 食堂には大浴場もついていて、みんなが使えるようにと大家さんが謎の権力と財力で建てたらしいのだが、俺がここに住み始めた時にはすでに改装工事をしていたらしくまだ利用したことは無い。

 いつか使ってみたいと思うけれど、改装が終わっていないのなら仕方がない。そもそも、俺一人が使うには大き過ぎるだろうか。

 まあ、それは今は関係ない。

 俺の部屋は二階の一番奥にあるので、あまり音を立ててしまうと一回の住人の迷惑になると思い、鉄でできた階段は静かに登っていくようにする。

 千歳さん曰く、二階には俺と隣人の二人しか住んでいないらしく、防音もしているので気にするなとは言われているのだが……。

 そこは気持ちの問題でもあるので、やはり静かに上ることにしている。

 自室の前までたどり着き、鍵を開けるためにビニール袋をドアノブに下げて鍵を探していると、視線が隣の部屋の表札に止まった。

 表札にはとても拙いカタカナと思われる文字で書かれた表札が差し込まれていた。あまりにたどたどしい字で読むことはできなかったが、表札から察するにおそらく外国人と思われる人が住んでいるのかもしれない。

 千歳さんが言うには、俺と同じで一人暮らしになれていない人が住んでいるらしい。千歳さんの言う通り、挨拶くらいはしようと思っていたのだが、今の今まで一度も顔を合わせることが出来ていない状況だった。


 ――さっきの話もあるし、もうちょっと話しかけた方が良いのかな。


 なんてことを悩んでいると、まるで誰かがドアを開けたかのようにひとりでにドアが開き始めて目を疑った。

 もちろん自分の部屋……。ではなく、隣人の部屋のドアが。

 本来ならしっかりと施錠されているはずのドアが中途半端に開いてしまっていたのだ。

 慌てて見える範囲で誰かいないかを確認してみるが、誰の姿を発見することもできなかった。どうやら、本当に偶然俺が帰って来た時に何かの拍子に開いてしまったのだろう。

 オートロックのアパートではない以上、鍵を閉め忘れるとこうなってしまうのは仕方ないことではあるのだが、このまま閉めてはいさようならと放っておくべきかは別の問題だ。

 さすがに鍵を探していた手を止めて考え込んでしまう。


 ――やっぱり、声はかけるべき、かな。


 こういう事態に直面したのなら、多少迷惑になると分かっていても、大家さんに連絡をして事なきを得るのが一番だというのは分かっているし、それが一番無難だ。

 しかし、千歳さんの説明から察するに、慣れない一人暮らしで四苦八苦しながらも暮らしているのはわかるし、大変だろうということもわかる。

 忙しくて鍵を閉め忘れることもあるかもしれない。

 でも、もし……。もし、鍵を閉め忘れたのではないとしたらどういう事なのだろう。

 もしかしたら、自己管理が甘くなって玄関先で倒れてしまっているのかも……。

 そんな嫌な想像を頭から振り払うように頭を振った。


 ――よし、少し声をかけて誰もいなかったら大家さんに連絡をしよう。


 もしかしたら近所へ買い物に出かけていて、すぐに帰るつもりでドアを閉め忘れただけかもしれない。それならきちんとドアを閉めて行けばいいだけの話だ。

 自分にそう言い聞かせて、静かにドアノブに手をかける。

 すると、野外に露出しているからか。それとも俺の手が熱を持っていたのか、ドアノブは不自然に冷たさを持っているように感じて背筋がぞくっとする。

 不思議に思いつつもドアを引いて開いてみる。

 ゆっくりとドアが開く音が鳴って、ドアを避けながらも中を覗き込むと夜中だというのに、廊下の電気はついていないようで、廊下の奥のほうまで真っ暗やみに支配されていた。

 出かけているのかと玄関をみると、やけにサイズの大きい靴が数足、普段使うであろう靴が一番手前に置かれているだけで、別段変わった様子はどこにも見られなかった。

 ひとまずは玄関先に人が倒れていると言ったことは無いようで一安心する。

 続いて廊下の奥に目を凝らしてみると、奥の扉からうっすらと見覚えのある光が見えた。

 あの光の色は確か……。


「あれ、パソコンの光?」


 それはパソコンや携帯が放っている光が反射している色だとすぐに気が付いた。

 光は画面が付いている時にしか発光しないはずだ。画面の光が消えていないということは、数分の間に近くにそれを見ている人が居る。ないしは居たということになる。

 試しに声をかけて見ることにした。

「すいません、隣に住んでるめぐみですけど」

 誰かいるかと思ってそう声をかけてから耳を澄ましてみるが、返事どころか、かすかに聞こえるパソコンの起動音らしきもの以外は何も聞こえてこなかった。

 安心していた心中に悪い考えがむくむくと膨れ上がってしまう。

 幾ら比較的平和と思える現代日本とはいえ、一人暮らしの部屋でカギをかけないまま寝てしまうのがどれほど危険かなんて言うまでもないだろう。

 もし強盗に襲われていて怪我をしてしまっていたのなら、たった一人で誰かの助けを待っているのかもしれない。

 一瞬、帰って千歳さんに電話を掛けようかと思ったが、千歳さんの気にかけてくれという言葉と共に、いったい何が起きているのかという興味が自分の中で大きくなっていった。

 ささやかな冒険心というのが自分にもあったようで、自然と足が廊下の奥へと向かっていった。

 恐る恐る足を踏み入れてそっとドアを閉める。背後でガチャリ、と音を立ててドアが閉まる音が聞こえてきた。

「すいません、鍵があいていたんですけど、誰かいませんか?」

 暗いので出来るだけ壁に沿って、じりじりと廊下の奥の方へと歩みを進めていく。

 気のせい、だろうか。ドアの時と同じように、奥の部屋からドアノブの時に感じた、ひんやりとした空気が流れてこんできているような気がした。

 ゾクリとしてしまう感覚に思わずつばを飲み込んでしまって、自分がどれほど緊張しているのか理解させられてしまう。

 緊張をほぐすために大きく息を吐いてから、廊下から光が漏れていた部屋のドアノブに手をかけた。

 ノブを回してみると思っていたよりもずっとすんなり開いて、奥の部屋を覗き込んでみる。


 その瞬間――、


 簡単に開いたと思ったドアに思い切り引き寄せられて、何かが叩きつけられたような重い音がしたと思ったら、天井と今くぐろうとしたドアが視界いっぱいに広がっていた。

「へ?」

 何が起きたのか全く分からず、頭の中が混乱してしまう。


 ――い、いったいどうして何が起きているんだ? なんで俺は部屋の中に入って、それでなにが起きているんだ。


 混乱のさなか、じわじわと背中に痛みが回ってきて、徐々に自分が床に転がったという事だけはなんとか理解することが出来た。

 慌てて起き上がろうとすると、冷たい何かが自分の上に馬乗りになっている感触がして、自分の体がほとんど動かせない状態になってしまっていることに気が付いた。

 混乱して訳が分からなくなっていた頭から血の気がいっきに引いた。

 下腹部の方へと顔を向けようとすると強い衝撃が肩に走って、まるでなにかに固定されたかのようにピクリとも動かせなくなってしまう。



「声を出すでないぞ」



 意図的に低くしたであろう声に、ゾクッと首筋が凍り付いた。

 相手の声が怖かった――、というわけではない。

 むしろ俺にとって相手の声――彼女の声は、福音にも等しい神々しさを含んでいると言っても過言ではなかったからだ。

 この興奮は初めて宝物を手にしたときの感覚に近いだろうか。それ程目の前に居る相手に驚きと感動を覚えざるを得なかったのだ。


「どうして……。どうして、人間が余の部屋に来てしまったのだ」


 ああ、この声は……。

 何とか動く首を動かして、声のしたほうをに顔を向ける。


 そこには、氷の彫像のように美しい女神様――俺が一番推しているライバーであるコルセア様の、憂いを帯びた表情が見えたのだ。


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