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#8―2


 カチリと頭の中のスイッチを入れ替え、今すべきことを優先的に処理していく。

 ――とにかく今は長月さんと話をするだけでもしないと……。だけど、どうやって? コルセア様も千歳さんも連絡が付かない。場所は階下だけど直接行くにしても、説得する材料もなくあしらわれてしまえば、コルセア様みたいに大義名分がなくなる。それじゃあ説得できない。議論ずらしをするような子じゃないから、もっと彼女の感情を揺さぶるようなことが無いと……。

 なにか、長月さんが考えている思考の手掛かりになるようなものは……。

 ふと、コルセア様が言っていた言葉が脳裏に引っ掛かり、乾いた笑いが漏れてしまう。


『恵殿? どうしたのだ、急に笑い出したりなんてして……』

「ごめん、コルセア様。もし通話アプリの設定で困る事があったらメッセージで聞いてくれ。ちょっとこっちで調べたいことが出来た」

『ん、分かった。余もやればできるのだ、やれば……』


 なにやら不穏な単語が聞こえたが、今は長月さんだ。

 もし、彼女が何か悩んでいてそれを残すのだとしたら……。

 俺ならば、個人的にしか見られない場所へ、愚痴やら悩みやらすべてを書き残して、保存しておく。

 もちろん人目につかないように、それこそ個人のHDDやSSD――。

 馬鹿か俺は、と額を叩く。

 そんな物が見つかってたらそもそも苦労なんてしてない。ないからこそこうやって頭を捻って考えているんだ。

 何かないかと唇を噛み、必死にない頭をひねっていると、不意に彼女の部屋で見つけたUSBがあったことを思い出し、慌てて置きっぱなしにしていたソレを手に取った。

 ブルーライトの光も反射する、小さなメモリー。

 捨てろと言った時の長月さんの寂しそうな表情。あの表情はこの中に辛い物を放り込んでいた可能性はある。……いや、セキュリティの観念から初期化してから捨てろって話だけど、これは大事な情報だと思ってそのまま俺が持ってきたものだ。

 もしかしたら、これを覗けば彼女の事が何か分かるかもしれない。


「くそ、なんか悪い事やってる気分だ。このUSBに長月さんを説得する手がかりがあればいいなあ……。ごめんな、長月さん。とりあえず気になるから、お叱りはあとで、っと……」


 この場に居ない長月さんへ拝むように謝り、USBをパソコンに差し込む。歯痒いウィルスチェックが終わってから中を拝見させてもらう。

 メモリーの中は、いくつかのフォルダに分けられ、コルセア様の名前やずいぶん昔に流行った作品の名前が幾つか……。めぼしい物はない、だろうか。

 しかし、作品群の中に俺がドはまりしたアニメ作品や漫画作品の名前まであり驚いてしまう。

 ずいぶんと同じ趣味をしていたんだなと思い、そういえば昔、"例の友人"ともそんなことがあったなと連鎖的に記憶が呼び起されていく。

 たしか……『カンバスの鯉』時代、「まだ配信者に戻らないのか?」と聞いたネットに詳しい"例の友人"。あの人も俺がハマっているモノを後から追いかけてくれて、俺が唯一した相談も快く受け入れてくれた人。

 ずいぶん長い間お世話になって、俺の身勝手でしばらく連絡を絶ってしまった人。

 あの人も、同じようにハマってくれてたっけ……。

 何も聞かずに、ただ俺が楽しんでいたことに戻らないのかと言い続けてくれた。

 まるで、俺がコルセア様の配信活動に戻ってほしいと思うように。

 俺が配信活動を……『カンバスの鯉』としての活動を"例の友人"は知っていた。だから、今思えば、あの問いかけはあの人なりの優しさだったのかもしれない。

 ただただ、何も言わずに配信も止めてしまったから心配だったんだなって、今の俺ならそう思う。

 "例の友人"の願いだけは叶えられない。だからせめて、周りの人が悩んでいる時ぐらい力になりたい。

 何とも言えない気持ちになりながら、中に入っているデータを総浚いしていく。


「…………。残りはこのフォルダだけ、か。何か手がかりでもあればいいんだけど」


 お気に入りと書かれたファイルを開くと、昔、俺も直接褒めた事のあるイラストや見たことが無いイラストまで保存された宝物が広がっていた。


「これ、長月さん……いや、『もちもち紅白』先生のイラスト……? 俺が褒めたことあるやつだけじゃなくて、ネットに公開されてないやつまで……。これは間違いなくお宝……ち、ちがうちがう、そうじゃない」


 正直これだけでもいますぐ長月さんに突撃して感想をたたき込みたいところだが、今はそれどころではない。

 ネットミームに侵された曲に支配されながら、ソートを使って更新順に確認していくと、コルセア関連と書かれたファイルで最近保存されたモノはほとんどない。更新日時からして、おそらくコルセア様のデビュー当時の物だろう。

 これは外れか、と画面をスクロールしていくと、コルセア様のイラストの代わりに何枚かの『らくがき』と題されたイラストと……なぜか『つかれた』と名付けられたテキストファイルがそこにあった。

 あまりに不穏なタイトルにドキッと心臓が脈打ち、手が止まってしまう。

 多少中朝しながらも、これはコルセア様のため、これはコルセア様のためと呪文を唱え、意を決してテキストファイルを開いた。



 その瞬間、画面に文字が広がった。



 表示されたテキストがウィンドウで表示され、画面に広がった文字の量を見て、思わずのけぞる。それほどの文量の圧がぶわっと広がっていた。

 びっしり、といってもせいぜいフルウィンドウの半分程度……。小説で言えば、それほど文字数も多くない……はずだ。ただの文字の羅列、思い付き、感情的に叩き込まれたそれは秩序もなく、読みやすさも欠片もない。当然、誰かが見る事なんて想像していない走り書きだって分かる。

 なのに……なのに、そこに書かれた文字を読み進めていくごとに、俺なりに強い感情を受けざるを得なかった。



 だって、そのテキストファイルに記されていたのは長月鏡華の"独白"だったのだから。 



 単なる独白だったら、その人の事情だとそっと画面を閉じたかもしれない。

 ただ、そこに書かれた文字を追うごとに……彼女の、長月鏡華さんが誰にも言わず、心の中で永遠に繰り返したであろう思いと、女々しい女々しいと自分を卑下し続ける言葉が綴られている。どうすれば連絡が取れなくなった親友を励まし止められたのかと悩み続け、何の役にも立てず後悔をしたこと。竜人のコルセアと仲良くなれて、そのうえで自分の事を知ろうとしてもらえて嬉しかったこと。思ってもいなかった仕事の連続でコルセアが楽しんでくれていることが嬉しかったこと……。

 そこまでは彼女の生い立ちに近い物だったから、読んでいいのかすらも疑問だった。

 だけど、最後の数行。誤字が目立ち、書き直しもしないで打ち込んだであろう文字のせいで、俺はこの文章を読まざるを得なくさせられた。

 最後の数行……そこには彼女が千歳さんから俺を紹介され、なぜか安堵や驚愕をし、俺の行動地区位置に怒り、何も言えなかった事を後悔したこと。それのせいで、頭がぐちゃぐちゃになってどうしたらいいかわからなくなったこと、俺やコルセア様の事を思い、どうすれば彼女たちを傷つけないようにしたらいいか、どうしても感情が抑えきれなくなったと、彼女の気持ちだけがびっしりと書き残されていた。

 救いを求めるわけでもなく、ただ、本人の中でまとめ上げようとしたかのように。

 まだ、文章は残っている。


 だけど、これ以上は見てはいけない。


 これは、彼女が言わず、わざわざ飲み込んだ思いだ。

 そう思っているのに、コルセアという文字が目に入り、彼女のために消えるべきかとまで書かれ、駄目だと思うたびに文章へと目が戻されてしまう。

 事情を知らなければ、きっと何の思いも抱かない読み辛いだけ。なのに……最後に書かれた文字に目がたどり着いた時、俺は息をのんだ。

 そこに書かれた文字を見て、一刻も早く動かなければと胸が焦げていく。

 そこには『私はもういなくなるべきかもしれない』と書かれていて――。


『そろそろ行くのか、恵殿』


 耳元から……いや、イヤホンからそんな風に声をかけられ、肩が跳ね上がる。

 慌てて裏画面の通話アプリを見ると、カメラもついていないアプリのウィンドウでコルセア様のアイコンがにっこりと笑っていた。


「……え?」

『なんとなく、察した。恵殿の事だ。どうせ、キョーカ殿のためになにかしたいと思っておったのだろう?』

「え、いや、まあ……。コルセア様の大事な仕事仲間ですし、俺も同じアパートの住人です。何とかしたいのはやまやまですけど……」

『何か見つけたのであろう? 声が漏れておった。意外と恵殿のマイクは音を拾うらしいぞ』

「……。あはは、それは気が付きませんで」


 コルセア様の言葉を耳で聞きながら、画面裏に広がる長月さんを見る。

 そこに書かれた文字をもう一度目に焼き付け、これは俺が行かなければいけないのだともう一度飲み込んだ。


「っ! コルセア様! 俺は! コルセア様との作業通話も魅力的ですし、もっともっと話したいって思ってるんですけど……でも!!」

『行って来ると良い』

「え?」

『何を呆けてる。キョーカ殿の元へ行くのだろう?』

「で、でも俺は……」

「良い。余の相談はもういつでもできる。それとも、竜人であるこのコルセア・ラ・ミナミ・モンテイジ・デ・ネージに格好良い恵殿の武勇伝を聞かせてはくれぬのか?」

「コルセア様……」

『本当は余も行きたいのだが……。余が外に出るときは先に大家殿に連絡を入れねばならぬ。それに、恵殿はまた、救ってくれるのじゃろう? このアパートの住人を』

「救うなんて、そんな大それたことはした覚えはないよ」

『そうか? だが、余は助けられた側で、恵殿に感謝をしている。おぬしの世話焼きは確かにやかましいと思う者も居る。でも、それで救われる者もいる。だから……うむ、自信を持つと良い』

「…………。コルセア様」

『それに、もし厄介だと言われたら余は恵殿の味方だ。今回ばかりは譲れぬ』

「ふっ、そっか。やっぱり、コルセア様は推して良かったって思うよ」

『ふふっ、余もその言葉は励みになるな』

「じゃあ、悪いけどコルセア様。俺ちょっと行って来る」

『いつまでも待とう。余は竜人じゃからな』

「コルセア様。一生推します」

『うむ。ああまてまて、早く帰ってくるのだぞ? あまり遅いと、キョーカ殿に嫉妬しすぎて凍えてしまいそうだ』

「っ、その時は千歳さんに最初に謝る。ありがとう。通話は一回落とすぞ。何か分からなかったら通話アプリでチャットを送ってくれ」

『任せるがよい』


 コルセア様の力強い一言を耳で受け、急いで身支度を整え部屋を飛び出した。

 ドアを開いた瞬間、夜中の湿気が増してきた外の空気に顔面を殴られ、一気に外に出たという不快感が体を包み込む。

 不快感を吹っ切るようにアパートの端から階段まで一気に駆けた。

 コンコンと階段を駆け降り、このたった数メートルの距離が、彼女にとってどれほど遠くて、相談し辛い距離だったのだろうかと考えながら。



      *     *     *      



 誰も居なくなった、恵才三の部屋。

 長月鏡華が誰にも見せるつもりなく打ち込んだであろう画面に表示されたびっしりと文字の並んだテキストの最後、閉じ忘れたそれにはこう書かれていた。



『癇癪ばっかりで、守ってくれる人まで壊そうとした私を、最後まで見捨てようとしなかったお節介のコルセアと、ずっとずっと推していたのに何の役にも立てなかったカンバスの鯉のために。私は消えなきゃいけないんだ』




 誰にも届くはずのなかったメッセージが、彼が帰ってくるまでいつまでも表示され続けていた。






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