#7―2
俺個人が、コルセア様をどう思っているか、か。
そう聞かれたのはやはり千歳さんに続いて二度目だった。
勝手に俺の事を重ねて配信者として頑張っているコルセア様の周りに、コルセア様の事を心配して、奔走してくれる人がこれだけ集まってくれているのが何よりもうれしいと感じるし、同時にそこに俺も入り込んでしまった事への罪悪感と、光栄だという気持ちがないまぜになる。
答えは決まってる。
俺は、ただの一ファンだ。
もちろん、ファンとしてコルセア様の事は尊敬してるし、隣人としておっちょこちょいな場面を見る俺としても、目が離せない存在だ。
本当に努力家で、綺麗で、可愛いくて……。間違いなく、俺は彼女の事を好ましくは思っている、はずだ。
だけど……。
「……好き、なんだと思う、かな。たぶん」
まっすぐに問いかけてくる長月さんから目をそらし、片手間に片付けていた本の山の仕分けを一つ進める。
それが、俺の答えだった。
親友としてか、配信者としてか、隣人としてか、男としてか……。
俺にはまだどれかわからない。ただ、彼女の隣で彼女の支えになれさえすれば、彼女が幸せに生きてくれるのであれば、それでいいと思っている。
その思いは間違いないからだ。
些か優柔不断な回答だったからか、あからさまに不機嫌な顔をされてしまう。
「だと思う? この期に及んで、なに日和ってるんだ」
「いや、違くて……。長月さんが言いたいのって、たぶん人として、異性として好きって面がデカいんだろうなって」
「ん、当然だ。お前自身がどう思ってるのか、私はそれが聞きたかった」
「ああ、うん。だよね。その通りでさ、間違いなくコルセア様の事は好きなんだ。でも、俺自身もファンとして区切りつけられてるか分からなくて……。俺自身が好きなのか、ファンだから好きなのかって。だから、どういったらいいか分からなくて……。だけど、頑張ってる彼女の背中を押したいとは思ってる」
「それは……辞めようとしたコルセアを引き留めることも含めて、か? あの子が配信を辞めるっていう選択肢を止めるのが自分勝手な妄想だとは思わなかったのか?」
長月さんの指摘に思わず積み上げていた本の山が崩れてしまった。
それは考えないようにしたことだったし、そもそも配信を辞めた俺が勝手なことをするのもどうかと思う原因なんだけど……。
「あはは、キッツイね。もちろん、ファンとか、色々なエゴもあったと思うよ。でもさ……」
崩れたけれど、ジャンルは混ざっていない。すぐに元の山に戻すことが出来たので、問題はなさそうだった。
本の山を積み直し、もう一度、長月さんをしっかりと見返す。
まだ不機嫌そうな顔で「でも?」と聞き返された。
「俺はコルセア様を見たかった。隣人として見るだけでも幸せで、彼女の配信活動に関われることはもっと幸せだって思う。彼女が配信を楽しそうにしてるのも含めて、ね」
「配信をやめるって聞いた時も、居なくならないで欲しいから動いたのか?」
「ああ、それは間違いなく思ってた。配信者を辞めちゃっても……顔を見れなくなったとしても、せめて……せめて、隣人として傍に居られればいいなって思うくらいには怖かった? かも?」
「怖い、か」
「な、なんだよ」
「ううん。……例えば……例えばだぞ? お前が配信活動を一緒にやってくれればと言われたら、お前もそうしたのか?」
「うん。それはやった」
「…………」
「な、なんでしょうか、その沈黙は」
「ふん、このキザ野郎」
「はい!? ここで罵倒されるの!?」
「うっさい、変態。少しは自覚して、私の気持ちも推し量れ、唐変木」
ふんと横を向かれてしまい、取り付く島もなくなってしまった。
別段変な事を言ったつもりはなかったんだが……。仕方なく、一つ、もう一つと彼女の部屋に詰まれていたゴミと本の山を崩していく。
また黙々と、なにも話すこともできずに作業を進めていくと、順調に進んだおかげか、本が最後の一山になってしまっていた。
「これでヨシ、かな? うん、キレイキレイ。後はゴミを指定の日に出せば……」
出せば、千歳さんに言われていた彼女の部屋の掃除は一時的にお終いになるだろう。
文句を言われながらも掃除を手伝う日も終わりかと思うと、小さな寂しさと共にふぅと、俺以外の吐息が漏れる。
すると、横から長月さんに声をかけられる。
「お前は……なんだな、恵才三」
「え? 待って、今マジでなんて」
「あはっ、マジでだって。それがお前の素だろ? あんまり無理はするなよ?」
つい出てしまった素の言葉を聞くと、長月さんはどこか嬉しそうにそう言って椅子から立ち上がる。
吹っ切れたような軽い足取りで残っていた本の山から、一冊だけ漫画を取り上げふっと微笑むと「これでお別れだな」と本の山を蹴って角をそろえ「うん」とつぶやいた。
「これでお前の仕事は終わりだ、恵才三。大家に仕事は終わったって言えば、お前は晴れて元のコルセアの隣人だよ」
「で、でも、千歳さんはこれからも長月さんとは円滑なコミュニケーションをしろって……」
「少しは自分で……いや、言うだけ無駄だったな。……ううん、これで、終わりだよ、変態。ビニールひももってこい。後は私が自分でやる」
「え、あ、ああ……。いや、最後まで手伝うよ」
「……勝手にしろ、へんたい」
最後はやわらかに罵倒され、思わず顔を見つめ返してしまう。
すると、力なく口元をあげニッと無理やり笑顔を向ける彼女が居て……。彼女から何も言わないのならばと何も言えず、彼女の隣であっという間に片付いていく本の山をビニールひもでくくっていく。
「「………………」」
しゃあしゃあと、ビニールと本が擦れる音だけが室内に響き渡り、黙々と作業を進めていくと、あれほどあった本の山も、衣類もなくなり、後は捨てるだけとなってしまっていた。
部屋を見渡してもあれだけあったゴミもすっかり片付き、床も埃一つない。掃除は嫌いじゃないのだろう、俺が居ない間に終わらせている。
横で、長月さんも小さく息を吐いて、茫然としていた。
これで、俺の仕事は終わり。
モデルも彼女がいいというのだからいいのだろう。
最後に見せた長月さんの作り笑いに後ろ髪を引かれ、横にいるだけのはずの彼女に手を伸ばした。
「あ、あのさ、長月さん」
言葉が見つからなかったが、なんとなく声をかけると、彼女は大げさにびくつき「あーあー!」と声を上げた。
「これで終わりだ。ほら、変態は出てった出てった! また通報されたいのか」
「は、つ、通報!? しかもまたって! いやいや、またもなにもそもそも通報されてないから!」
「ふん、お前の仕事は終わったんだ、さっさと出ていけ、変態!」
そう言うとぐいぐいと異性だとは思えないほどの力で背中を押され、抵抗も空しくあっという間に玄関へと押しやれてしまう。
「お、おい。本当に大丈夫なのか? 来週頭には元の部屋に戻ってたりとか――」
「平気だよ」
「え?」
「平気だ、心配するな。私はもう、平気だ」
「あ、そ、そっか。いや、それなら、いいんだ。うん」
「ふふっ……。じゃあな、恵才三。元気で居ろよ」
「は、それってどういう……」
意味深な事を言う長月さんに理由を聞こうとしたが、そのままドアを閉められてしまった。まるで、コルセア様が引きこもってしまう直前のようなドアの閉まり方で、ざわついてしまう。
しかし、仕事が終わったと言われた以上これ以上踏み込むなんて、嫌われている彼女にするわけにはいかなくて……。
おれは、ただ、スイッチを切る事すら忘れて、部屋に戻るしかできなかった。
そして、
次の日から、彼女は俺どころか、千歳さんにもコルセア様の前にも姿を現さなくなった。




