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#7「そして決意した鬼はこいねがうことをやめる」


「おい、変態。そういえばこの前は言わなかったけど、階段でコルセアとイチャイチャしてただろ」


 彼女の部屋にゴミ袋を持参し、荷物を片付け始めた矢先長月さんが開口一番にそんな火種を放り投げてきた。

 掃除していた手を止め、油の切れた機械のようにギギギとぎこちなく振り返る。

 彼女、長月さんは、クロッキー帳を抱え、前の時と同じように手を動かしていた。

 いつも通り……かは分からないが、少なくとも怒っている気配は無い。

 これが嵐の前の静けさか、と緊張で手が震えそうになり、いざ戦場へ行くために細い息を吐きだし、息をのむ。

 次の言葉は慎重に選ばなければならない。

 相手は同担拒否、下手な事を返せば告げ口だけならまだしも、消されてしまう。物理的に。

 だから、俺は――。


「えっと、どのようなお話、でしょうか」


 覚悟した結果、思いっきり日和った上に敬語になってしまった!!


 いや、しょうがないだろ。長月さんは女性だし、なにがきっかけで地雷を踏みぬくかなんて今この場で判断は出来ない。しかも、同担拒否の話題を自分から振ってくるなんてお別れしたいと言っているようなものなんだから。

 長月さんに嫌われて、一生口を聞いてもらえなかったり、相手にされない程度なら甘んじて受け入れられる。だが、下手をするとコルセア様の手伝いすらもできなくなる可能性まである。

 汗がだらだらと流れ、緊張で息も出来なくなり、次の言葉を待っていると「ふん」と鼻を鳴らされてしまう。


「ふん、誤魔化さなくてもいい。聞こえてた」

「き、聞こえてたって……。あそこ一応防音壁の外だし、それに上の階なのに?」

「耳」

「みみ?」

「私、色々と考え事をしてたり、ストレスがかかった時とか、たまに耳が異常に聞こえるんだ。イヤホン突っ込んでても二十分先の駅のホームアナウンスくらいなら聞こえる」

「っ、マジか。ストレスって、大丈夫なのか? なにか俺でも力に慣れたりすることとかあるか?」

「……ないで……」

「え? 今なんて……?」

「っ、気にするな! いいから、変態は掃除を続けろ! この前言われた取っておく本は私のベッドの上に置いておいた。後は捨ててくれ」

「あ、ああ、わ、悪い?」


 拒否されてしまったので、大人しく掃除の続きをするために床に積まれた本を手に取ってまとめていく。

 正直、聞こえなかったわけではない。

 だけど彼女の言う「人の気も知らないで」という言葉、それは俺が原因でない限りでない言葉だ。

 ということは、やはりそういうことなのだろう。


 長月さんはコルセア様と俺が仲良くしているのが同担拒否として許せないのだろう、と。


 それなら理解できるし、俺が気に食わないのもしかたない。今のも遠回しに私の聞こえる範囲では出来るだけ仲良くするような事はあんまりしないで欲しい、ということだ!

 とはいえ、俺も俺でコルセア様の力になることを避けるわけにもいかないし、イライラしていそうな雰囲気を感じたらそれとなくコルセア様に伝えるのが良いだろう。

 今のも騒がしかったぞ、という注意喚起がメインだろうし、今はとにかく彼女の部屋の掃除に集中するべきと、本の山から高価そうなものをいくつか抜粋して彼女に声をかける。

「おい、これ」

「いい。役に立たなかった」

「じゃなくて、古書店に売った方が良いぞ」

「だったら頼む。折り半で」

「いいよ、でも今度行くつもりだったから、後でちゃんと渡す」

「ん」

 その程度のやり取りを交わし、後はお互いに口を開く気配もないまま、黙々と己の作業に費やす。

 ただ、集中している……っていうよりも、何を言ったらいいのか分からず、気まずさすら感じてしまう。

 これは俺から口を開くべきか。

 そう思っていると、突然パサっと音がして「なあ」と口火を切られた。


「……消えたくならないか」

「はい?」

「だから! ……相談、乗ってくれるんだろ? ……お前が力になれることだ」


 突然怒りで熱したかと思えば、すっと冷静になってしおらしく答えてくれる長月さんにああ、これが彼女の素なのかとちょっと驚いてしまう。

 素、というよりは弱っている、という表現に近いかもしれない。

 それがコルセア様とその、イチャイチャ、してたことのせいか、考え込んでしまっていた成果は分からないが……。多少は心を開いてくれたのかと、不謹慎ながら嬉しくなってしまう。

 なら、俺が放り出すわけにはいかないと「もちろん」と答えて、座り直すと、長月さんはクロッキーをベッドの上まで放り投げ、膝を抱え込むと柔らかそうな頬を膝の上に乗せた。


「突然ごめん。でも、お前の正体を知ったうえで聞きたかった」

「しょ、正体って……。まるで、俺に隠し事でもあるみたいだな、それ」

「ふん。頼まれて、人の部屋を掃除しに来るお人よし、大家に頼まれたからって厄介ごとに首を突っ込む人間だって知ったうえでって言い変えた方が都合がいいか?」

「ああ、いやまあ、それは隠してないから」

 隠し事と言われ、正直カンバスの鯉の事だとは思ってヒヤッとしました。とは言えない。

「そこはどうでもいい。重い相談だって分かってる。けど、周りでお前にしか聞けない」

「はあ……まあ、完全な他人の俺にしか言えないことはあるだろうから、何でも聞くぞ」

「ん。さっきも言ったけど、私な、ふいに消えたくなる時がある」

「お、おお」

「あはっ、引いたな」

「いや、まあ……重いなって」

「謙遜するな、お前は重い相談なんて負担に思ってないだろ?」

「なっ、そんなわけないだろ? こう見えて偉く動揺してて……」

「動揺してたら、重いなんて口に出さない。だいたい、力になるって言ったのはお前だぞ」

「……まいったな」


 消えたいと言われた時より、負担に思ってないと言われた方が動揺した。

 まるで心を見透かされたようで……大家さん意外では「配信活動に戻らないのか?」と聞いた友人以来の衝撃だった。

 隠していたつもりはなかったが、そう言われると確かに重い相談を自分から受けに行っていた節はあるし、長月さんもその意図を察して聞いてくれた、ということだろうか。

 頼ってくれた、ということが純粋に嬉しくなる。

 カンバスの鯉として活動していた時も、見ていた人や例の友人にも相談で来ていたら、もっと違った未来があったのだろうか……。

 いや、考えるのはやめよう。

 今は長月さんの相談が優先、と頭をかいて次の言葉を選ぶ。


「まあ、重い相談はどんとこいってね。それで? どんな相談をするつもりだったんだ? 一度茶化したけど、俺でよければ何でも聞く」

「調子いい奴……。まあいい。お前、聞いたんだろ? 昔の話」

「うわ、開幕困ったな。えっと、昨日のコルセア様との話だよな? どこまで聞こえてた?」

「大体全部。くぐもってても、あれだけ騒げば聞こえてる」

「あーそっか。なあ、コルセア様も悪気はなかったんだ。あの人には――」

「勝手に人を仁王みたいな扱いするな。勝手に聞いた私が悪いし、コルセアも耳の事は知らないから怒らない」

「え、あれだけ仲が良さそうだったのに知らないのか?」

「コルセアには話してない。というか、耳の事を知ってるのはお前のほかには大家だけだ」

「え、なんでそんなことを俺に?」

「……気まぐれだよ。私の。いやだったか?」

 嫌なわけがない。正直、この後何をされるか何を脅しにされるかなんて色々恐怖はあるが、膝に頬を当てたままニっと八重歯を見せられれば、無条件降伏待ったなしだった。

「うん、ずるい笑顔。さすが神絵師様。尊敬する絵師の笑顔は心が洗われる」

「あはは、まるでファンだな、変態」

「ファンだよ『もちもち紅白』先生」

「ありがとう、声無しのファンさん」

「声無しのファン?」

「コメントも残さない、声も挙げないファンの事。私は勝手にそう呼んでる。……なあ、変態」

「ん、なんでしょうか、先生」

「先生言うな。お前、コルセアの事、好きなのか?」

「は!? え? いや、ほら、同担拒否だったんじゃ……」

「うるさい、さっさと答えろ」

「うぃっす。……俺はコルセア様の事を尊敬するべき人だって思ってる。配信にも前向きだし、反省点も努力して次の配信に活かすのはファンとして――」

「はぐらかすな、変態。お前がファンなのは知ってる。それにお前が言ってるのは上っ面だろ。そうじゃなくて、隣人として……恵才三としてはどうなんだって聞いてるんだ」

「俺、は……」



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