#6「鯉は後に大家に窘められる」
『それでは余の配信を見てくれた者よ、いつもありがとう。この後、余は楽しみな用事があるから、ここで配信を終えるぞ? ではな』
そろそろ日も落ちてくる夕刻。相変わらずブルーライトだけが反射する暗闇で彩られた室内でコルセア様の配信を見ていた俺は天井を仰いだ。
「今日も最高だった。リアルを知っているのにもかかわらず、推しが喋っているだけで尊い」
しみじみ口から溢れ出た。
いやまあ、キモイのは百も承知だが、この前まで引退の危機が迫っていたことを思えばこの気持ちは視聴者ならわかるはずだ。
うんうんと一人で頷き、切り抜きの編集でもするかと手を動かそうとすると、パソコンデスクの上に放り出したスマホがメッセージを受信していた。
そして、不意に視界に入ったそれに俺は大きく頭を抱えることになった。
* * *
「ってことで、交流会をするよ、みんな」
ということで、メッセージに誘われるまま千歳さんの家へ赴くと、胸を張った千歳さんが客間に座らされた俺たち三人へ宣言した。
そう、三人。
今ちゃぶ台の周りでは俺とコルセア様、それと長月さんが互いに視線を送りあっていた。アイコンタクトの結果だが、二人とも何が何だか分からないらしい。
しかし、一人乗り気な千歳さんだけが胸を張り、俺とコルセア様はああ、いつものかと慣れた反応をしたが、長月さんだけが食い下がって「待ってくれ大家!」と叫んだ。
「交流会って言うのならコイツ……この恵才三とかいう変態だけじゃなくて他にも居ただろ!」
他の住人が居るのは初耳だったが大人しくしていることにした。
「にゃはは、僕も本当は声をかけたんだよ? でも、案の定断られちゃって、テヘッ」
「ぐぅ……な、なら私も帰る! 同担と同じ空気とか反吐が出る!」
「言いすぎだろ!」
とりあえず深刻にならない程度にはツッコんでみたが、千歳さんと長月さんには無視をされ、コルセア様が一人「きょ、キョーカ殿は実はいい奴なんだぞ?」とフォローしていた。
一人帰ろうとする長月さんの背中に千歳さんが「ふっふっふー」と不敵な笑いを零す。
「無駄な抵抗はやめたほうがいいよ、鏡華ちゃん。僕が魔法使いだって忘れたかい?」
「はあ!? 大家、まさか!」
「にゃはは、そのまさか。すでにこの屋敷を隔離してるから、僕が良いよって言うまで出られないよ」
「くっ、なんて卑劣な!」
ここの会話だけ聞いてたらデスゲームの参加者と主催者だった。
しかし、話を聞いている限り、相当高等魔術なはずだが無駄遣い過ぎる。そこまでして交流会をしたいのか、この人は。
強引な千歳さんに半ば呆れながらコルセア様にお茶を出し、とりあえずこのままだと話が進まなさそうだなと思ったので進めることにした。
「それで、千歳さん。結局、交流会って言っても何をするんですか」
「そう、それ! 僕は何も考えてないから、才三くんを呼んだ!」
「まさかの全放り投げ」
「恵殿恵殿! いったい何をしてくれるのだ! 余はとても楽しみだぞ!」
「そして全力の期待!? えっと……」
八重歯が見えるほど口元を綻ばせ目を輝かすコルセア様に嫌だと言えなくなり、思考を回すように視界が泳ぐ。
視界の端で明らかにドン引きした長月さんがこっちを見ていたが、推しの期待を壊せるファンがどこにいるものか。
必死に頭を回し、なんとか確実にコルセア様が楽しめるものは無いかと提案を探し、とりあえず"確実"で無難なものを思いついた。
「…………えと、じゃあ、カードでポーカーでもしますか」
「ほう! ぽーかー! 余もきいたことがあるぞ!」
「才三くん、カードはここにあるから良いけど、カードを持てないとコルセアちゃんがやり辛いんじゃない?」
「あっ……」
「コルセア様、そこまで絶望的な顔をしないでください。今回はやり方を覚えるって感じにするので俺がディーラー……カードを配って、全員が俺と対戦する形で。千歳さんは申し訳ないんですけど、コルセア様の補助についてあげて欲しいな、と」
「いいよー。企画考えてくれたのは君だからねー」
「ありがとうございます。えっと……長月さんはポーカー、出来る?」
「え? あ、ああ、私は全部できるけど……でも……」
長月さんがそこで言葉を止め、チラリと俺を見る。
やはり、嫌われているのかと視線をたどると、俺の手元をガン見されていることに気が付いた。
(……長月さんが手元を見てる。まずいな。もしかしたら俺がやろうとしていることがばれるかも)
内心汗だらだらで言葉を待っていると、長月さんはそのまま千歳さんに視線を投げると、千歳さんは交互に俺たちを見た。
「ん? ……にゃはは、そういうことね」
「む? 大家殿、どうかしたのか?」
「ううん、コルセアちゃんは気にしない気にしなーい。それじゃあ、カードを持ってくるから待っててね。えっと、賭け事用じゃなくて普通の来客用のカードは――」
「あ、カードは最悪俺のがあるんで、見つからなかったらいったん部屋に戻してください!」
「はーい!」
俺と千歳さんをチラチラと見ていた長月さんは気になるが、カードを探しに行ってくれた千歳さんにちょっとほっとする。
とりあえず、いざやるときに手元が狂わないようにと指先を温めることにした。
* * *
「こ、これでよいのか?」
おずおずと出された手は、キングのスリーカード。派手な手ではない物のまあまあ強い役だった。
千歳さんがニヤニヤとこちらを見てくるのだけは非常に気になるが、思っていた通り俺のカードはワンペア程度。
「残念、俺はまたワンペアだったなあ。長月さんは?」
「…………」
「長月さん?」
「ん、私もワンペア。親と同値だから、全部合わせるとコルセアの勝ちかな」
「ということは、勝ったのか! 勝ったのだな!」
「うんうん、コルセアちゃんの勝ちだねー」
カードを始めた時と同じ、目を輝かせ尻尾をばたつかせているコルセア様は実に尊い。
勝負自体は数回程度。
途中、長月さんが勝つこともあったが、終始引きの良い手札を引いたコルセア様が、千歳さんの手を借りて勝ち越した。
俺は良くてワンペアで連敗だ。
久しぶりにやったが上手くいったことに胸を撫でおろし、ついで楽しそうなコルセア様に千歳さんが「よかったねー」とカードをまとめていく。
「それにしても、余がこんなに勝ってもいいもの、なのか? 運勝負と聞いていたのだが……」
「にゃはは、勝負は時の運だからね。それに"カード自体には"何もないから普通の勝負だよ」
千歳さんの発言に思わずドキっとしてしまう。
動揺を表に出さないようにカードを集めていると、コルセア様は「むう、そうか……」と集まっていくカードの山に視線を移していた。
納得はしてないみたいだが、実際こういう事も多いから違和感はないはずだ。
内心ドキドキで時計を見上げると、そろそろ部屋に戻らなければ、みんなも夕飯を作る時間もなさそうな時間帯だった。
「千歳さん、時間」
「うん、分かってるよ。さて、そろそろ日も落ちるから、みんな戻らないとだよね。じゃあ、才三くん。そっちの山札まとめて返してー」
「はい、もちろん。長月さん、そっちにあるのまとめてくれると助かる」
カードを集めるために声をかけたのだが、長月さんにキッとにらまれてしまう。
さすがに気に食わなかったのかと戦々恐々としていると、無言でカードを集め、まとめ切ったカードを手に「おい、お節介」とほかの二人に聞こえない声でささやかれる。
「お前、やったな?」
「……なんの話ですか、もちもち紅白先生」
「ネットの名前を出してまでとぼけるな。終始自分のカードを覚えるのに必死になってたコルセアと違って、私と千歳さんはお前の手を見てたんだ」
「な――」
「なんの話、とは言わせないぞ、ペテン師が」
「……えーと、やっぱりバレてる?」
手元を見ていたと言われ、おどけるように答えると、睨んでいた眉がさらに寄る。
どうやら、俺の反応はお気に召さなかったらしい。
まあ、自分でも胡散臭い返しだとは思うが、これ以上最善の返しが出来る気もしなかった。
「ふざけるな。なんで"袖"やら"二枚目"を使った。楽しんでるコルセアの手前言わなかったが、鬼として下手な理由で遊戯に手を加える真似はゆるすわけにはいかないからな」
"袖や二枚目"……彼女が口にしたのはいわゆるイカサマのソレだった。
俺が昔、配信のネタにでもしようかとこっそり覚えたモノで、使う機会も無ければ、役に立つ場面も少ない。
それこそ、こうやって初めての人を楽しませるぐらいにしか役に立たない技だ。
もちろん、このメンバーに隠しきれるとは思っていなかったし、千歳さんなんかは気づいてる節があったんだが……やっぱりバレてたらしい。
距離が近づく長月さんに両手を上げ、何もする気はないとアピールする。
「わ、悪かったって。長月さんは分からないけど、コルセア様のあの反応だと初めてだろ?」
「初めて、だと思う。たぶん」
「だろ? だから、初めてやってもらうからには楽しんでもらいたいって思ってさ。この手のってどうしても偏るし、負けが続くと面白くないからさ。初めてでそれはちょっとかわいそうすぎるだろ? まあ、ビギナーズラックで自分の手元以外操作してないけど……」
「……言い分は分かる。なら、なんでお前だけは負け続けた。その方が不自然じゃないか?」
「イカサマって勝つと目立つけど、負けた方が不自然じゃないって。それに、ほら」
コルセア様に視線を送ると、楽しそうに「役はほかに何があるのだ」と千歳さんに詰め寄り、手元のカードで残りの役を教えているのを見て、思惑は成功していた。
おそらく、コルセア様なら友人にカードを教えてもらった! と、嬉しそうに話してお嬢様アピールしてくれるだろう。
切り抜きのネタにもなるし、コルセア様の配信のネタにもなるから、一石二鳥だ。
「少しでも配信で話せるネタが増えたらいいなとは思ったけど、興味を持ってくれてよかったよ」
「……そうか、コルセアのためか」
「それ以外は無いよ。ああ、でも、長月さんにも楽しんでは欲しかったけどね」
「ふん」
納得はしてくれたのか、腰に手を当ててそっぽを向かれてしまった。
まあ、嫌われてこの反応を返してくれるなら重畳……。
「……あーあ、私も初めてだったのにな、カード」
「え゛」
思わぬ初めて発言にドクンと心臓が跳ねる。
仕掛けられたとすぐに気が付いたが、もし本当ならと考えると、自分のやったことは非常にいただけない。
ブワっと背中に嫌な汗をかいていると、悪戯っぽい笑みを浮かべた長月さんが俺に詰め寄ってくる。
「コルセアが楽しんでくれるのは良いけど、私はだめなのか?」
「い、いや! ちが! そんなつもりで言ったんじゃ! っていうか、初めてっぽくなかったから、つい、いや、でもほら……あー……」
途中の仕草が知っている人の動きだったので全く想定をしていなかったのだが、もしそうなのだとすればとんでもない失態を犯してしまった。
喉がヒキガエルのような音をたて、汗がだらだらと首筋を流れていく。
やってしまったーとか、なんとか挽回をー、とか考えていると、睨んでいたはずの長月さんが「ふふっ、あはっ」と噴き出す。
「あはっ、嘘だよ」
「う、うそ?」
「冗談だよ。今日のイカサマの仕返しだ、変態。今回はコルセアに免じて許すけど、鬼を甘く見るなよ」
「っす、気を付けます……」
「いいだろう。だが、次はちゃんと勝負しろよ?」
そう言って悪戯っぽい子供のように笑う彼女に思わず、ドキッとしてしまった。
もっと他人にその顔を向ければ、もっと他人と関わっても問題など起きないかもしれないのにと、ちょっと意地悪く思ってしまうほど、長月さんの微笑みは無邪気で、今の事を楽しんでくれているようだった。
「……」
「なんだ、黙るな、変態。それとも鬼に見惚れでもしたか?」
「次も、やってくれるのか?」
「っ! ば、ばかばかばか! 変態め!」
「ちょまっ、手を上げるのは反則――」
取り乱すように言葉で軽い罵倒をし殴りかかって……来るわけでもなく、手に持っていたカードの束を回収されてしまう。
事態が飲み込めず、茫然としていると「ふん」とトランプを持って行ってしまう長月さんを見つめ、彼女が配信者でなくて本当に良かった、とつい思ってしまう。
いや、だって卑怯だろ。普段は口が悪いし、懐きもしない猫みたいなことをするのに、俺の悪知恵を見抜いて許して……あんな、無邪気な笑顔を向けるなんて。
思わず、ファンになっちまいそうじゃんか。
照れくささで頬を描きながら、コルセア様と千歳さんの輪にトランプを持っていく長月さんを見送った。




