#5―2
「突然だが、別の質問をしても良いか?」
「は、はい? なんすか、コルセア様」
まさか、ファンとして死にかけているのに気持ち悪がらずに声をかけてくれるなんて、彼女は天使かと思ったが、思うだけにした。
思わず敬語で返してしまったと後から気が付いたが、コルセア様はそのまま話を続けてくれる。
「キョーカ殿とはその後どうだ? 今日はキョーカ殿の手伝いの予定だったのだろう?」
「え? ああ、うん。順調かな」
「そうなのか?」
「順調だけど……なんか、すごい意外そうな反応するんだな……」
「うむ、こう言ってはアレだがとても意外だ。もっと苦戦すると思ってた」
「苦戦?」
「キョーカ殿は警戒心が強いからな。とくに男に対してはリャーディ並みだぞ?」
「りゃーでぃ……たしか猫の獣人だっけ?」
「うむうむ、恵殿が余たちの事を知ってくれて何よりだ。……キョーカ殿の事だから、余は最初部屋に入る事すら困難かと思っていた」
「あはは、さすがに長月さんでもそこまではしないって。まあ、確かに大家さんとかコルセア様の紹介だったとはいえ、警戒はされただろうし、強めには当たられたんじゃないかな」
「まさかじゃないのだが……。しかし、今の発言、恵殿も恵殿だぞ?」
「はい?」
「強めに当たられたんじゃないか、と言ったではないか。それでは他人事のようだぞ?」
「あはは、まあ、そうっすね。俺自身、強く当たられることは別に何とも思ってないのでそこが出てるのかも」
「そうなのか?」
「はい。強く当たるって言うのは守りたいものがあることの裏返しだから、ね」
「その言い草だと、経験があるみたいではないか。あるのか?」
「あはは、あるもなにも父さんとケンカするときは大概それなんで」
「ほう、御父上と。それこそ意外じゃな」
興味津々なコルセア様に苦笑し、家のことを思い出す。
あの父親は、正直好きではない。確かに身の回りの世話のために稼いでくれるし、厳しい以外は良い父親なのかもしれないけれど、身内の納得できない物を排除しようとする傾向だけは好きになれない。
……いや、この話をコルセア様にして耳を腐らせてしまうわけにはいかない。
感謝はするけど、好きにはなれない。ただそれだけだ。
おっと、俺の話はどうでもいいんだった。
「まあ、俺のはくだらない理由だけど……。長月さんは違うっポイし、それなら別に怒ったり注意する必要は無いって思うからさ。あ、でもコルセア様の事を悪く言われたら怒りますよ、それと千歳さんも」
「ふふっ、恵殿は大人だな。それと、よっぽど余の事が好きらしい」
「んん! そ、そっすかね!」
「うむ、余よりもよっぽど大人だ」
「そんなことは……。でも、そんなに長月さんの事が心配だったのか?」
「ん? んー。正直に話すと、余は二人とも心配じゃった」
「二人って、俺も?」
「当然、二人とも余に優しくしてくれた人。キョーカ殿が誤解されても悲しいし、恵殿が誤解されてても余は寂しい。余だけ知ってれば良い、などと狭量なことは出来ない」
俺はともかく、長月さんは誤解されるようなことは何もしていない。強い当たりも俺が不注意でぶつかってよくわからないまま下に潜り込んだせいだし、同担拒否にしたって大家さんから提案されなければ口にすることもなかっただろう。
問題が起きそうなものから距離を置きたいって気持ちは、縦に振った首が千切れるほど理解できる。
「ん、恵殿。急に黙り込まれると少し恥ずかしいぞ?」
「あっ、ごめん。そこまで評価してくれるのは身に余る光栄なんだけど……。長月さんを誤解って、するほどの事があったかなと」
「たくさんある。まず、言葉が悪い。部屋がその、物が、多い。それに感情のコントロールが事情に苦手もある」
「ああ、まあ、それはそうだけど……すごい言いますね」
「ふふっ、ちょっとした仕返しも含めて、な」
「仕返し?」
「お、おほん。……色々言ってしまったが、そんな子だからこそ、恵殿にはキョーカ殿を嫌いにならないでほしい、とな?」
「なあ、今聞くべきじゃないなって思うんだけど、どうしてコルセア様がそこまで長月さんの事を心配してるんだ?」
「……あはは、やはり恵殿としても気になるか」
つい気になった事を聞いてしまうと、コルセア様の返答が濁る。
実際、コルセア様の口ぶりからすると、長月さんの評価は良いとは言えない。
もちろん、俺なんかよりも一緒に仕事をした時間は長いだろうし、短い俺なんかでは判断できないこともあるだろうけど……。いくらコルセア様とは言え、そこまで肩入れするのは少しだけ、不思議だ。
しばらく迷った末「これは秘密じゃぞ?」と人差し指を唇に当てた。
「実は、キョーカ殿は余以上に寂しがりやなんだ」
「寂しがり屋、っすか」
「うむ。それはそれは恐ろしいほどに。それと我慢しがちでもある」
「配信の事を誰にも言わなかったコルセア様以上に?」
「あはっ、厳しいところをついてくるな、恵殿は」
「あ、スンマセン」
「うむ、許す。……まあ、余よりもというよりは、一度経験してしまったがゆえにそう言うところがある、が正しい、のだろうな」
「経験、というと、過去に何かあった、ってことか」
「あったのだろうな。余は詳しくは知らぬが、当時懇意にしていた友人と突然音信不通になってしまったらしくてな。余がキョーカ殿と出会ったのはその後じゃったから、酷く荒れておったからな」
「ああ、まあ、分からなくはないな、それ」
正直耳に痛い話ではある。
俺も、配信を辞めた当初、バタバタしていて、配信で筋だけはと推そうと辞めるとだけを言ってから引っ越しや転校やらの手続きをしていたから、連絡もしばらく取れなかった。
そのうえ"例の友人"にまで、連絡を取らなかった。
返答に満足したのか、コルセア様はうんうんと頷いた。
「意外といったのはそこが理由でな。余が最初、仕事の依頼をしに行ったとき、その時期に当たってしまってな。ずいぶんと暴れられて、少し苦労した」
「暴れてって、あの子、長月さんが?」
「うむ。大家殿が守ってくれなければアパートの壁が吹き抜けになっておった」
「おおう……。でもそれなら、どうしてコルセア様は長月さんと一緒に仕事を? そこだけ聞いたら、正直、見放してもしょうがないかなって思うんだけど……」
「余は……大家殿から色々聞いてしまったからな」
「色々聞いた?」
「親元から離れた不安。前の住処に残した知り合いへの後悔。そして、今まで一番懇意にしていた友人の失踪……。これだけあれば不安定になるのは十分だと、余は知っている」
「思ってる以上に色々……。でもそっか……親友と、か」
どの程度親友だったか、は分からないが、それであたりが強いとなると少し納得してしまう。
悪いことが連続で起きれば誰かに強く当たることは普通だし、それがどうしようもない事であればある程、矛先は虚空へ向かう。
虚空へ向かった矛先が傷つけるのは……周りと自分しかいない。どのような形であれ、周りに向けられるのなら普通のメンタルに戻れるが、自分に向かった場合、残るのはトラウマという恐怖だけだ。
元々、友人を作らないタイプらしい彼女が一番交友を取っていた友人が失踪すれば、他人と関わる事に警戒するには十分だろうと思う。
強く当たる、ということはその派生の可能性が高い。
まあ、その結果癇癪を起こしてアパートを破壊するのはやりすぎだと思うが、鬼の尺度で言うとそれくらいの加減もできなくなるのかもしれない。
勝手に分析を進めていると、「それとは別だがま」とコルセア様が柵に手をかけたまま腕を伸ばして空を見上げる。
「余はキョーカ殿の繊細で淡い色使いだが、線がしっかりしているイラストを一目で好きになった。そんな素晴らしい絵師とせっかく隣人になったのだから、とな。多少強引にじゃが、心を開くまで何度も声をかけたんだ」
「納得。だから部屋には入れたことに意外って言われたのか」
「あはは、あんなにも警戒心が強かったキョーカ殿と仲良くなってしまうなんて、少し妬ましいぞ」
それは、彼女の心を開きやすい要素を分析したから。
……なんて、口が裂けても言えなかった。
分析したからとはいえ、本人の機嫌や環境、過去の経験を知らなければ、所詮は一番確率の高い上っ面を繕っただけだ。
今回みたいにうまく運べたのは、単に、運が良かっただけでしかない。
誇れるものでもないし、受け止めてくれた長月さんに感謝すべきものだ。
自分でもわかるほど苦い顔を浮かべていると、コルセア様は思い出したように「あ、余から聞いたって言わないでくれよ?」と困り眉で慌て始める。
今更慌てるコルセア様に苦笑で返しながらも、まさかコルセア様も長月さんと仲良くなるのにいろいろしていたんだなと思うと、少しエモさを感じて、胸が温かくなり……。
そういえば、どうして急に長月さんの話題が出たのだろうと、疑問が降って来た。
「そういえば、どうして急に長月さんとのことを?」
「うぇ!?」
「え? あ……口に出てた……」
俺は漫画のキャラかよ。
だが口に出してしまった物は仕方ないと、コルセア様を見返すと、先ほどまで冷静だったはずなのに変に動揺しているのか、冷蔵庫が隣に居た。
危険を感じ、数歩距離を離して様子を見守っていると今度は目まで泳ぎ、羽がしおれ尻尾がぶんぶんと振り始めた。
だ、大丈夫だろうか。
「いや、それっは、その、恵殿はきつく当たられてたじゃろ? いくら順調といっても、恵殿が、その、難しいようだったら、余もほら、大家殿に推薦した手前、責任というか、な? ほら、キョーカ殿可愛いし? 余も、気になるというか、な? 仲良くなったとか、色々恵殿も思うことがあるんじゃなかろうかと……」
「思うこと、か……」
後半の言葉がえらくしどろもどろになっていたが、どうやらコルセア様は長月さんの事が心配だったらしい。
コルセア様にここまで心配されるのが羨ましいとは思いつつも、今日の事を思い返す。
たしかに長月さんは可愛い、と思う。月並みな表現だが美少女って感じだ。ただ、長月さんは可愛いって感じよりも……。
「えっととりあえず一緒に話してて一番感じたのは一緒に過ごしやすい子ってかんじかな」
「よ、余よりもか!?」
「え? ま、まあ……」
ぐいっと、ただでさえ隣というものすごい近い距離だったのに、更に距離を詰められてしまい、涼しかった空気がひやっと冷たくなる。
お、おお、これが女神の息吹かと気持ちの悪い事を考えてしまいそうな自分を押さえつける。
実際、今の通りだ。
コルセア様は推しで、女神で、崇拝対象に近い。一緒に居て過ごしやすいよりは恐れ多い方が勝ってしまう。
唖然としたコルセア様がよろよろと後退り、ガンと柵とドアノブに羽やら尻尾をぶつけて涙目になっていた。
「余、よりも……余よりも……」
「え、ちょ、こ、コルセア様!? 大丈夫ですか!!」
突然、コルセア様がその場にうずくまったかと思うと翼や尻尾がしおしおと落ちこみ、こころなしか角まで輝きが薄まっていて、思わず慌ててしまう。
俺は普通にコルセア様が最高だって言いたかっただけなのに、どうして……。
落ち込んでしまったコルセア様を励ますことに精いっぱいで、昼食を忘れたことを思い出したのはその後の夕食になってからだった。




