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#5「竜の恋する音がする」


「さてと、戻ったらなにをするかな」


 自分が昼食を忘れていたということもあり、残りは次の休みの日にと解散することになった。

 空になった容器を抱え、遅めの昼は何にしようかとアパートの階段を上っていると、ひんやりとした空気が上から降りてきていた。

 果てと首をひねる。

 こんな真昼間に幽霊が出るわけがない。ましてや春先とはいえ寒さが下りてくるのは奇妙だ。残りの可能性はと考える間に応えにたどりつき、急いで階段を駆け上がった。

 登りきると思っていた通り、柵に寄りかかったコルセア様が通りを見下ろしていた。


「あれ、コルセア様? どうかしたのか?」

「ん? おお、恵殿か。ちょうどよかった」

「何か用だったのか? それなら来てくれればすぐにでも駆けつけたのに」

「あはっ、言葉は嬉しいがそれはキョーカ殿に悪い事をしてしまう。余も心苦しい」

「コルセア様が、そう言うのなら……」

「うむ。そうそう、実はな? 少し恵殿に相談を、と思っててな」

「相談って、コルセア様が、俺に、か?」

「ダメ……じゃったか?」

「いえ! とんでもないです! それで、相談って?」


 珍しい……わけではないが、こうして改まれるとすこし身構えてしまいそうになる。

 とりあえず内容を聞くと、コルセア様が寄りかかっていた柵の隣を爪でコンコンと叩いた。

 隣に来いって合図ってことだろうか、光栄だ。

 コルセア様の冷気が漂うほど近寄ると、満足そうに縦割れの瞳を細め、通りを見下ろされた。

 相談、という割にはコルセア様の口が一向に開かれず、「コルセア様?」と聞き返すと、さすがに踏ん切りがついたのか「その……」とコルセア様が口を開いた。


「実は、配信のネタを相談したいといったら、困るか?」

「配信の? 俺なんかに?」

「う、うむ。恵殿が、配信を楽しみにしてくれているというのは分かっておる。だけど、その、余だけでは判断が出来なくてな。どうせなら、と大家殿にも言われて」

「ああ……」

「や、やはりダメか? 余が自分で考えられないと意味がないと見放して――」

「いやいや、待って待って。いや、えっと、コルセア様のお力になれるのなら光栄、です。でも、ネタって言っても何をしたら? 配信のネタ出しに関してはコルセア様に分があるかと……」

「う、む……。恵殿には日々世話になっている。ネタ出しなど、配信側の苦労を任せるわけにはいかぬし、竜人特有の撮影の手伝いなど危険なこともできうる限り大家殿にお願いすることにしてる」

「ん、じゃあいよいよフリー系ゲーム配信以外をやろうとして、それの接続問題とか、その辺?」

「勿論それも考えておるぞ! じゃが、それでもなくて、だな……」


 ネタ出しでも、取材撮影の手伝いでもないとすると、考えられることは背中を押してほしいことぐらいだが、いまいちコルセア様の相談内容が見えてこない。

 さすがにこのままだと話しづらいだろうなと思い「それじゃあ、なにを?」と切り込むと、キラキラと輝く爪先をチョンチョンと合わせ始めた。


「その、実は余、小さな動物が好きなんだ。ほら、猫とか犬とか。人にすり寄ってくる動画を見ると心がきゅんと来てしまう」

「ああ、配信でも何回か聞いてるな、それ」


 気持ち悪がられたくなかったので多少ぼやかしたが知っている。

 配信でもちょくちょく可愛い動物に目を奪われたりしているし、彼女の手伝いをする中でパソコンのブックマークや作業用に猫の画像フォルダがあるから知らない方が難しい。

 一応知らないらしいので、本人には絶対言えないが。


「それで、だな? その……余も"ねこきっさ"なるものに足をのばしたいな、と思っておってな」

「猫喫茶? それを配信でってこと?」

「い、いや! それを配信にのせたいってわけではなくな! ただ、猫喫茶に一度行って、話を聞いたり、猫と戯れたい。その話を配信で出来たらなと」

「ああ、なるほど。でも、それこそ俺にじゃなくて大家さんに相談すれば何とかなりそうな気が……」

「見た目は、な」

「見た目は? ほかに問題があるってことか?」

「うむ、ある。余は竜人、言わば竜の端くれ。ドラゴンは陸と空で最強とうたわれる生物の頂点と言われるだけあって、小さな動物に怖がられてしまうことも少なくない」

「あー、だいぶ深刻なのか」

「そ、そこまでではないんだぞ? ただ、余が近づくと近くの動物は怯えてしまって、ほかの客にも迷惑をかけてしまう。それでは、ほかの者が楽しくないじゃろ?」

「それはさすがにそこまで気にする事じゃないと思うけど……やっぱり、駄目なのか?」

「あはは……。恵殿が良くても、余が許せぬ。ああいう場所は好きな者たちが楽しんでこそ、そう思う」

「さすが推し」

「うん?」

「ああいや。えっと、猫喫茶の猫だって、人慣れしてると思うんだけど、それでもだめそうなのか?」

「だめそう、というか駄目だった。昔、大家殿にお願いして知り合いの動物を借りてきてもらったが、部屋の隅に隠れてしまってな。大家殿には謝罪をしたのだが……」

「あー、それは悪いことを思い出させた、悪い」

「め、恵殿が謝る事ではない! それに、余はアイスドラゴン、近づくだけならば抑えられるが触れると特殊な防壁が無ければ凍らせてしまう。仕方なしとはいえ、尊い命を犠牲にはしたくない」

「だから俺に、相談、と」


 なるほど、たしかに問題点を聞けば一人では解決しないであろう事柄ではある。

 触るのが駄目となると、結局ネットにあげられている動画が一番だと思うが、それでは彼女が見て知った事にはなりにくいし、本人も話しづらいだろう。

 それなら、彼女がやってみたいことを間接的に実践して、それを見せられれば、彼女の雑談の足しくらいにはなるんじゃないか。

 とりあえず案をいくつか考えてみる。

 千歳さんは確か空間の固定化っていう魔法だったか。結界みたいなものと言っていたが、上手く使えばコルセア様でも触れるようにはなる……のではないだろうか。怖がるのはどうしようもないが、触れるだけならそれでも何とかできる可能性はある。

 だけど、それなら千歳さんも気が付いているはずで、やらないということは何かしらの原因か、別の機会を待っているのだろう。

 なら今は千歳さんの魔法に頼らず、俺が彼女のために出来ることとすれば……。

 触らなくても出来ること、配信のネタ、配信、撮影、通話アプリ……アプリか。たしか最近の通話アプリって結構共有できる物も多かったよな……。それなら……。

 それなら、上手く交渉出来れば行けるかもしれないと、天啓が下りてきた。


「……なあ、動物と触れ合いたい、ってわけじゃないのか?」

「む? うむ、余もそこまで傲慢ではない。触れられたりしても怯えられては心苦しい」

「それなら"俺が猫喫茶で配信みたいなことをする"ってのはどうかな?」

「恵殿が!! 配信を!!」


 突然コルセア様が腕を伸ばし、目の前の柵がガタンと鳴って思わず「うお」っと声が出てしまう。

 さすがに突拍子もない事を言ったから驚かれてしまったらしい。


「あ、す、すまぬ! つい驚いて? しまったというか、うむ」

「あはは、まあ実際には配信じゃなくて、ビデオ通話でコルセア様の頼みを再現するって形だから、楽しめるかはわからないけど」

「そんなこと――ぐぬぬ、よ、余は猫喫茶を体験できればそれでよいが、本当によいのか?」

「やってみたいこととか、人数分は払うとか色々交渉はするけど、最終的にはコルセア様がやりたいことを言ってくれれば、俺がソレを試すって形にしたい。これで配信でも話せるくらいには楽しめるんじゃないかなって」

「それなら願ったりかなったりだ! し、しかし、恵殿にわざわざそこまでしてもらうのは悪い気が……」

「ううん、むしろ、隣人として……いや、これは手の届くファンとして、かな。折衷案を模索しつつ、コルセア様がそれに頷いてくれたなら、だけど」

「め、恵殿ぉ……」


 涙ぐんで居そうな声が聞こえてきたが、見たい欲求を抑えてあえて空を見上げる。


 配信者は基本的に発言や行動に気を付けなければいけない。

 動画は編集で切り落とすことが出来るが、配信はそれが出来ない。

 何がきっかけで騒動に発展するかわからず、掘り起こされて問題にされかねない、リスクが大きすぎる環境だ。

 配信者は最低でも配信中の言動には気を付けるべき……なのだが……。

 チラリと横で涙ぐんでいるコルセア様を見る。

 彼女は……正直、気にしすぎ、ともいえるレベルだった。

 フリーゲームでも配信や収益可能か、を逐一確認し、やったゲームに公式グッズがあれば購入し宣伝までしている。

 まあ、単純にやるゲーム全てにドはまりしているので、宣伝までしているのは彼女の好奇心が主だとは思う。

 後から配信が不可能になったと聞けば、一度非公開にし、公式の動きがあるかを確認する……。正直、一人でやるには多すぎる作業もこなしている。

 もちろん、気にするに越したことはない。転ばぬ先の杖だ、普段から気を付けられれば、たとえ後になって禁止されても事実を知る人からは温情の目が向く。


 それでも、やっぱり彼女が一人でこなすには余りに多い作業だ。

 だから、そんな彼女を助けられるのなら、身近なファンとして封印してた配信をやるぐらいなんてことはない。

 だいたい、彼女一人のためだ。そこまで過剰に反応することもないだろう。


 ――一応、俺がカンバスの鯉だとはばれないように別のキャラを作っておかないとな。


 どこの猫喫茶に取材をするかと今から思考を回していると、隣でカタンと柵が鳴り、隣を見ると口元を綻ばせ、尖った牙を見せて笑っていた。


「うん。恵殿のおかげで、今日の悩み事は吹き飛んだ。さすがは恵殿だ」

「いや、俺は何も……」

「ふふっ、謙遜するな。余は恵殿のことが好きだぞ」

「んぐっ!? 不意打ちだと!!」

「め、恵殿!? 突然縮こまったりしてどうした!?」

「はあはあ……。や、な、なんでも、ない、です……はあ……」

「ほ、本当か? 体調が悪いのならすぐにでも大家殿に医者を!」

「や、本当に」


 あ、危なかった。

 このまま彼女の笑顔を真横で受けてしまえば心臓が破裂して、四肢が爆散していたとしてもおかしくはなかった。

 配信上、モニター越しには見られない表情が故、画面外のコルセア様に笑顔を向けられて、無事なファンなどいるものか。いや、いない。

 なんとか抑え込んでいると、コルセア様も慣れてきてくれたのか「そうか?」と距離を開け、見返すと策に背中を預けて、格子に自慢の尻尾を巻き付けていた。

 ぐっ、可愛い。思わず濁点をつけてしまいたくなるほど可愛い。

 瀕死の重傷を負っていると、ようやく距離を開けてくれたコルセア様が「なあ、恵殿」と声をかけてくれる。



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