#4―2
「にしても、よくここまでため込んだな……」
「言っただろ、仕事に熱中してると忘れる」
「うぉ、返事が返って来た」
「……悪いか」
「ううん、ありがたいよ。一人で黙々とやってるとみられてるって思ってこそばゆいからさ」
「ふん。見られて喜ぶのか、変態」
「っだから違うって……はあ、いや、いっか」
「認めるのか?」
「悪魔の照明って感じがすげえする」
「ふふっ、分かってるじゃないか。おまえは私の下に入り込んだ時からもう決定だ」
「さいで……。あとは容器だなっと……」
「なんだ、もう足は堪能したのか?」
「ニヤニヤしながら言わないでくれませんかね!」
「何言ってんだ。嬉しいんだろ?」
「馬鹿言うなって……」
「ふん、調子に乗り過ぎただけだ。……悪い」
「ん? ああ、いや別にいいよ。話してくれようとしてくれてるんだろ?」
「っ、わ、分かってても言うな、変態」
きつい言葉でラインの手探りをしていたので、つい悪戯心が動いて茶化してしまうと、いじけたように作業に戻っていってしまった。
口調こそキツイが彼女なりになんとかしようとするのはとてもいいことだし、ファンでしかない俺がもちもち紅白先生のコミュニケーションの実験台に俺がなれるのなら光栄ってものだ。
最後はひいき目過ぎるかもしれないが。
そのまま無言で作業を続けていると、不意にバッと何かが勢いよく持ち上がる音がして「おい」と不機嫌そうに声を上げた。
「何か聞きたいことはあるか」
「え? 聞きたいこと?」
「このまま作業は暇だろ。自慢じゃないが、私は口下手だ」
「本当に自慢じゃないやつ」
「だから、お前が聞きたいことがあるのなら聞け。ラインを引くのはお前の方が上手いらだろ」
「得意って言われてもなあ……あ」
「なんだ」
「えっと、もちもち紅白先生ってイラストレーターなのは言うまでもないと思うんだ」
「ああ」
「なら、一回の依頼料ってどのくらいなのかなって。ほら、アイコンを五百円とかで受ける人も居るだろ?」
「現金だな。お近づきに慣れたからって仕事の話か?」
「近づかないとそのお話も難しいので」
「はっ、然りだな。じゃあ、逆に聞こう。お前はどのくらいだと思う?」
「んー、難しいな。配信用のサムネイラストを、フルカラーで一枚絵。俺が頼むとしたらサムネイル用だから、メインを右に寄せてもらう感じで細かい部分はお任せ……。期限は……ひと月で、安くて二十万くらい……。とか?」
「ふん、合格ってとこか」
「は? 合格って……」
「お前の依頼なら多少安くても受けてもいい」
「はあ……。じゃあイラスト一枚二十万くらいってことなのか?」
「安易に言えるもんじゃない。強いて言うなら"ない"が正解だ」
「ない?」
「この手の仕事、よっぽどのことが無い限りフリーランスだ。企業相手の取引に限らず、イラストや絵画の作業なんて知らないやつが、買いたたこうとする輩なんていくらでもいる」
「それはまあいるとは思う」
「というか絶対いる。だから、そう言うやつらの自衛も含めて私は"自分で値段を決めない"。明らかにリスペクトのかけらもない奴の仕事は受けない方が良いって決まってるからな」
「俺のことは認めてくれるのか?」
「は?」
「だって、お前になら安く受けてもいいってことは俺の事を信用してくれたってことだろ?」
「……気が変わった。お前は最悪だ、いくら積まれても頼まれてやるもんか」
「あはは、そりゃ残念。いやでも、そっか。結構大変なんだな」
「……そんな顔をするな。私にコルセア、ほかのやつらも含めてやりたい仕事をやってるだけだ。好きなものを嫌いにならないよう努力もしてる。だから、気にするな。変態」
「あはは、それじゃあ仕事を続けさせてもらうよ、お姫様」
数日の会話でそうではないかと思っていたが、やはり仕事に対しての芯も強く、それでいてやっぱり俺なんかを気にかけてくれるくらい優しいようだった。
興味深い話も聞きながら、次々容器をプラゴミにまとめていく。元々洗われているおかげで、ゴミ出しの日に出せるようにするだけなので、雑談をしていたらすぐに終わってしまった。
「あとは燃えないゴミを回収してっと……。よし、これでプラゴミは終わり、っと。さあ、次はなにをしましょうか、お姫様?」
「ふふっ、くすぐったいな。ん、じゃあ悪いけど、本も頼む。デッサンと資料はこっちの白い本棚にあるから。漫画とかも女性向けばっかりだけど、好きそうな本があったら持って帰ってもいい」
「お、了解。つっても、荷物かさばるし、量が多すぎるから今日はまとめるだけにする。雑誌と漫画で分けておく」
「ん」
生返事ではあったが頷いた彼女のご希望通り、とりあえずシンクとパソコン周りにある雑誌と本の山を分けていく。
とりあえず読みそうなものと、旬が過ぎている雑誌とに分けていくが、もともと几帳面だった性格はあったらしく、仕分けだけだと透くに終わってしまいそうだなと思いながらも作業を続けていると、服と本の山の上にキラリと日の光を受けて光っていた。
こんな場所で光るなんて限定品の本の帯か何かだろうか。
一応、ゴミではない可能性を考え恐る恐る顔を近づけると、四角い指ほどの大きさの人工物……というか、何の変哲もない小さな外付けのメモリーだとすぐに分かった。
長月さんが座るパソコンラックを振り返るが、放り投げないとたどり着かないような位置で、日常的に使うにしてはベッドからも遠い……明らかに不自然な位置に置かれていた。
「なあ、長月さん。なんか、USBあったんだけど……これは?」
「…………」
「長月さん?」
「……捨てろ。もういらない」
「え? でも、これってパソコンの外部メモリだし……」
「いい! 何回も言わせるな! そんなもん、持ってるだけ無駄だ!」
「お、怒るなって」
「怒ってない!」
「……分かった。本は雑誌とその他で分けたから、次に手伝いに来るまでに雑誌以外の本は読まないやつをまとめといてくれ。処分か売りに行くかはそん時に決めよう」
「ん……悪い……」
捨てろと言われたが、あからさまに元気がなくなった彼女の様子をこっそりうかがう。
サアサアとクロッキー帳にペンこそ走らせるのは変わらないが、あっという間に集中したさっきと違い、……無理をしているような気がした。
そう、気がしただけだ。
正直、気にしすぎかもしれない。むしろ、罵倒された相手に何を考えているんだって思うやつも居るかもだけど……。
――長月さんが他人に対して無理してる子だって分かるからなあ……。言いつけを破るのは悪いけど、捨てない方がよさそうだな。一時の気の迷いもありそうな気配だし、とりあえず持って帰っておくか。
拾ったUSBをポケットに忍ばせ、そろそろ今日の片づけはお終いかなと立ち上がり、
背後からキュウゥ、と胃が栄養を求める音が鳴り響いた。
え? っと半ば反射で振り返ると、椅子の上で眉根を寄せぐむむとクロッキー帳を抱きしめて顔を隠した先生がいらっしゃった。
若干、人間より長い耳がはみ出して赤く染まっているが、指摘しない方が良いかもしれない。
時計を探したが部屋に時計はなく、自分のスマホを取り出してみれば確かにお昼時を超えそうな時間で昼食をとるには若干遅いと言えるほどの時間だった。
「やだ、もう……」
「えっと、おなかすきましたかね……?」
「っっっっ!! う!!」
「う?」
「うっさい、変態!!」
「ちょ、だから理不尽だって!」
「うっさいうっさい! 大体、食べるなんて自分の事よりもコルセアの事を描いたり、推しがゲリラをしたらそっちを優先したくなるだろ!!」
それはそう!
いや、違う。いやいや、推しを優先はそうだけど、今はその話じゃない。
あやうく昔懐かしい友達としゃべっているような気がして流されそうになったが、今は長月さん自身の問題が優先だ。
「うっかり全肯定しそうになったけど! それでも食事は大事だろ!」
「う、うるさい! 私だってこんなにお腹が減ってるなんて思わなかったんだ!」
「無頓着すぎるって! しかもこんな……即席系の物ばっかり!」
「それが一番早くて手軽なんだぞ! 味も濃い!」
「問題点しか言ってねえ! ったく、変な言い争いしててもしょうがないか……えと、何か備蓄してたりする?」
「カップ麺、なら流しの上に――」
「却下で。さすがに片付けた直後にゴミを出されるのは困る」
「……なら、食べ物なんてない」
ぶっきらぼうに返された返事に頭を抱えた。
態度が、じゃない。あまりの無頓着さに、だ。
憧れの絵師様にそこまでされて倒れられてしまったら困る。しかし、このままではカップ麺一直線になってしまう。平気なのかもしれないが、避けてもらいたいという気持ちは強い。
しばし考えさせてもらい、
「…………。分かった。ちょっと待っててくれ」
とりあえず、コルセア様にしたのと同じこと……俺の作り置きを分ければいいという結論に達した。
「お、おい、どこへ行く! 掃除とモデルは!」
「モデルはともかく、掃除は今日の分は終わり、後は仕分けと後日のゴミ。粗大があるなら言ってくれれば手伝うから。とりあえず、一回部屋に戻る。すぐに戻ってくるから、鍵開けといて」
「勝手な事を言うな!」
「あ、そうだ。野菜と鶏肉。食べられるか?」
「は? あ、ああ、平気だけど……」
「よし、待ってろ」
「あ、おい!」
善は急げと部屋を出ようとすると背後から「なんなんだ……の癖に」となにやらまた悪口を言っている気配が聞こえる。
どうせまた俺の悪口なんだろうなと苦笑しながら部屋に戻り、冷蔵庫に作り置きしていたサラダとドレッシング。買い置きしていたチキンを解凍し、冷めないうちにと彼女の部屋に持っていくことにした。
元々は俺の昼食だったが、これくらいだったら問題はない。
憧れの絵師に変な生活をされるより何倍もマシだろう。
急いで戻ると長月さんが扉の前でイライラしたように腕を組んでいてぎょっとする。
「あ、あれ、長月さん。部屋で待ってても良かったのに……」
「ふん、勘違いするな、変態。別に、お前があれじゃだめだって言ったから、回に行こうと外に出たらちょうど戻って来ただけだ」
チラリと長月さんの部屋を見るが、ちょっと出てきただけにしては扉がしっかりと閉まっているし、唇を引き結んでいるし、靴もしっかりと履いている。
彼女のような子が外に出るにしてはずいぶんしっかりとしているので、本当に買いに行くつもりだったのかもしれない。
素直に口にしないところが可愛いのかもなと苦笑し、ふと昔のことを思い出してしまう。
――そういえば配信に戻らないのかって言ってた"例の友人"もこんな感じだったっけ。
食べ物も適当、自分の事よりも俺の話を優先するし、そのことを指摘すれば嫌々ながらも聞いてくれる。
半ばぶっきらぼうに感じる態度を懐かしく感じながら、手に持っていたチキンとサラダを見やすいように持ち上げる。
「まあ、ちょうどよかった。もしダメだったら持ち帰るけど、これ大丈夫?」
「ん、なんだ、それ……」
「普通にサラダとチキン、サラダチキンじゃなくて普通の。ドレッシングはこっちの容器ね。チキンは今解凍してきたから、サラダの上にでも乗っければ食べやすいと思う」
「なんで……」
「なんでもなにも、憧れの絵師様が不規則な生活をしてたら手を差し伸べるだろ。イラストとかに関しては手伝えることないし、掃除するにしたって限度がある。あ、もちろん毒も入ってないぞ」
「持ってたらわかる。入っててもお前に口移しすればいいだけだ」
「お、おお……」
「はあ……。れ……ぞ」
「え? 今なんて?」
「礼は言わないっていったんだ! ばか!」
「うお、急にでっか。いいよ。俺がやりたいだけだから」
さっきより幾分か柔らかい罵倒につい嬉しくなり、笑顔で答えると「ふん、変態が」とまた顔を反らされてしまった。
いきなり扉を閉められないところを見るに食べ物自体は受け取ってくれるらしい。
やはり、食べ物は偉大なんだなと噛み締めていると「ん」と声を上げられる。
「入れ。これの片づけ、面倒だろ。大家に言われたのなら、これもやってくれ」
「え? でも……」
食べられるのを見られるのは人によっていやかなとおもっていたのだが、そういうことはないのだろうか。
そう思って困惑していると、長月さんがふっと笑われてしまう。
「お姫様なんだろ? そう言った責任位持て、へんたい」
ドクンと、心臓が高鳴った。
恋とか、女の子だからとか、そういう理由じゃない。
今見せてくれた彼女の笑顔は、心からの笑顔なのに、笑顔の端に何か暗い物が引っ掛かっていて……先ほどのUSBのも相まって、精一杯笑った彼女がどこかコルセア様に重なってしまう。
彼女が困って居たら、コルセア様の時のように手を差し伸べてあげたいだなんて、思ってしまうほどに。
……俺もつくづく、馬鹿だよな。
ぼうっとしてしまっていると、抱え込んだ昼食を手にした長月さんにむっと睨まれてしまう。
「……なんだよ、返事はどうした。恥ずかしいだろ」
「っ! あ、ああおっけ、分かったよ」
いけない、今は彼女の手伝いだった、よな。
そう思い直し、長月さんのぶっきらぼうな言い回しに苦笑しながら、憧れの絵師様の部屋に厄介になることになった。
途中、「なんだか餌付けされる気がする」やら「おい、これで許すわけじゃないぞ!」と散々釘を刺されてしまったが……。
結局、許されることはなさそうだった。
ああ、それと、もう一つ。
彼女が何か発言するたびに、懐かしさを覚える回数が増えていった。
彼女と話していると、昔配信をしていた時を思い出すような、不思議な違和感が、ずっとずっと付きまとっていた。
昔懐かしい友人と久しぶりに会話をした時のようなソレは心地よくもあり嬉しく感じたのだが……そう感じる度に長月さんがバツが悪そうに箸を進めていた。
……それほど、気を許してくれたってことなのかもしれない。
その日、彼女が美味しそうに昼食をほおばる姿に満足した俺が、昼食を忘れたのは言うまでもない。
人に言っておいて、自分が忘れるなんて、なにをしてるんだか……。




