#3―2
その「「……好き、なのか?」というつぶやきは、はたしてどちらに対しての言葉だろうか。
長月さんの言葉には確実に悲しみの色が混ざりこんでいて、コルセア様をなだめようとしていた手と息が止まり続ける。
彼女の言葉では足りず、意味を理解しきれなかったが……。今のはコルセア様の事が好きな俺に対してだろうか。それともまさか、コルセア様に?
後者は絶対にないだろう。コルセア様がいちファンでしかない俺に好意を寄せるなんてありえない。
だから、俺は当然のようにいつもの答えを口にした。
「俺は、まあ、コルセア様が推しだから……」
ついそう返して、コルセア様を見てしまう。すると、コルセア様も同じことを思ったのか、ちょうど目が合い、二人して見つめあってしまう。
その瞬間、コルセア様の瞳がゆるゆると潤み、慌てたように長月さんへ振り返った。
「……そうか」
どこか残念そうに、そして気力が抜けたようにため息をつくと「恵才三、と言ったか」と聞かれる。
「え? あ、は、はい。そう、です」
「コルセアを推し、といったな?」
「言ったけど。それがどうかしたのか?」
「っ、お前がコルセアを助けて、配信を続けさせたいほど、コルセアが推しだっていうんだな!」
「あ、ああ。それはもちろん。コルセア様は俺の推しだ」
はぐらかしてはいけない。長月さんの気迫に押され、まじめに応えると彼女はまた泣きそうな顔になって、すぐに苛立ちを紛れ込ませると「ふん!」と顔を反らされた。
そして――。
「今の話からして同担だ! 好きな相手の前で仲良くなんて無理だ!!」
まさかの同担拒否――同じキャラや相手のファンと交流したくない発言だった。
この場合、コルセア様推しの事を言っているのだろう。
深刻そうな言いだしだったので、畳につけていた手がガクッと折れかけ、千歳さんまで「にゃはは」と笑い出していた。
しかし、そうならば迂闊な発言をするわけにはいかないと言葉を選んでいると、千歳さんが「まあまあ」と長月さんをなだめる。
「鏡華ちゃん。そこは同じアパートのよしみでー」
「ならぬ!」
「ならぬかー」
「いくら大家の願いでも無理だ! 男も女も同担するうえで問題を起こす者は居る! 例え、この変態がコルセアを助けたと言っても同担は同担! 仲良くなんて無理だ!」
かたくなだった。
いやまあ、正直いちオタクとしては長月さんの気持ちは分からなくはない。
同担問題はどちらかというと女性界隈に多いのだが、簡潔に言えば推しを推すうえでファン同士の交流は避けられない場合もある。だが、その過程の行き違いやひょんなことで推しを巻き込んだ問題に発展してしまうことも多く、それを事前に割けるために同担拒否を宣言しているオタクも少なくない。
まあ、大抵は自分が我慢できずに口出ししてしまうから避けたいというあれなのだが、彼女の口調的には巻き込まれたことがあるのかもしれない。
仕方なしの事情に腕を組んで頷いていると千歳さんは納得がいっていないのか「んー」とうなると、大きくため息をついていた。
「もう鏡華ちゃんったら……。あ、そうだ、才三くん。コルセアちゃんに引き続きで悪いんだけどさ」
「は、はい? なんですか」
何かを思いついたらしい千歳さんの態度に嫌な気配を感じ、恐る恐る聞き返す。
こういう時、大概厄介事に巻き込まれ、阿鼻叫喚の地獄絵図が広がるのが物の道理だが、そんなわけがない。
そして、千歳さんがにっこりと笑い、俺の肩に手を置いた。
「鏡華ちゃんのイラストのモデルになってあげられないかな? ついでに、部屋の掃除も手伝ってあげて欲しいなって」
突然、千歳さんがとんでもない事を言いだした!
「っ! 大家!! なんでそんなことを!! 正気なのか!!」
「おお、鏡華ちゃんが怒ったの初めて見た」
「ずっと怒ってる! そうじゃなくて!」
「えーだって前々から男の子モデルが欲しいなって言ってたでしょ? お仕事の幅も広がるから、モデルの件は願ったりじゃない?」
「モデルだけならこのアパートには男が少ないから同感だが! 私の手伝いまでなんて頼みたくない!」
「ち、千歳さん。本人が嫌がってるのに俺が手伝うってのはさすがに……」
「ううん、だめだよ、才三くん」
「ど、どうしてですか、千歳さん」
「だって、彼女には君が必要だから。例の件だってあるでしょ?」
「例の件、ですか? えと……」
「にゃはは、才三くんじゃないよ。鏡華ちゃんの方。ねえ、鏡華ちゃん。忘れちゃった? ほら、きっかけ」
意味深に千歳さんが振り返り、長月さんに視線を送った。
意味が分からずに「例の件ってなんですか?」と聞くと、長月さんがいくらか動揺し「っ……お、お前には関係ない!」と叫ばれ、コルセア様までむっと立ち上がった。
あ、あれ。なんだか騒動が大きく……。
「キョーカ殿、今のは言葉が過ぎる。さすがに落ち着いた方が良い」
「言い過ぎたのは分かってる! でも、言わせてほしい! 大家も大家だ! 私はコイツに手伝われるのだけは嫌だって言ってる! それに……今更、何が必要だというんだ!」
明らかにヒートアップしていた長月さんはついに俺をコイツと呼び、指を差されてしまった。
言い草はひどいが、正直、彼女の気持ちは分からなくはない。同担拒否事態は悪くはない回避手段だし、先ほどの馬乗り事件もあり、しかも他種族だ。
問題を避けたいというのであれば、俺を遠ざけるのはとても理にかなっている。
長月さんが今にも鉄拳をふるいそうなほどこぶしを震わせ、さすがに止めるべきかとコルセア様に目くばせをすると、目を丸くしたコルセア様がきょとんとされてしまう。
いやいや、コルセア様。目の前を見てください。
その遺志で千歳さんと長月さんの二人を指をさしたが、ああと頷くと苦笑し、首を振られてしまった。
大丈夫なのか、本当に。
ハラハラしながらも二人に視線を戻すと俺の肩に手を置いていた千歳さんが長月さんにだけ顔を向け、ぶわっと気迫が広がった。
ああ、心配なさそうだ。だけど、すごく、怖いです、千歳さん。俺の肩はつぶれないでしょうか。
「ふーん、そっか。鏡華ちゃんはそう言う態度をとるんだ」
「な、なにが悪いか! 私は嫌だと言っているんだ」
「じゃあさ、ずーーーーーーーーーーーとそのままになってる君の部屋、誰が、いつ、どうやって片付けるの?」
「うぐっ!? そ、それはそのうちしようって……」
「ふーん。そっかー。あの部屋でそのうちかー。僕はもう何度も言ってるんだけどなー」
「んぐ、うううう! わ、私にも仕事はあるし、それにちょっとなら大家も問題ないと……」
「うん、ちょっとなら大丈夫だよ。ちょっとなら、ね? でも僕、一部屋から溢れそうになるほどため込んでいいとはいって無いよ? さすがにあれ以上放置されると僕の概念から外れちゃうからやめて欲しいって言ったでしょ?」
「で、でも、だって……」
「だって、じゃない。もう、そんなんだから、僕は才三くんにお願いして部屋の掃除をしてもらおうって言ってるんだよ? 事情を知ってて正体を隠す必要もないのならこれ以上の相手は居ないでしょ? 違う?」
初めて大家としてまともな怒りを見せる千歳さんの勢いに呑まれ、背をのけぞらせてしまう。
驚いた。家賃を滞納しても、倉庫の備品を壊しても笑って許してくれる千歳さんが圧をかけると有無を言わせない迫力がある。
さすがに千歳さんの気迫に押されたのか、長月さんはしおしおと涙目で一部始終を見守っていたコルセア様に助けを求め始めていた。
「う……こ、コルセア! 今のコルセアならこの男が私の元に来るのは思うところがあるだろ! 大家を説得してくれ!」
「す、すまぬキョーカ殿。余もその……あまり、人の事を言えなくて……。実際、恵殿に色々と助けてもらって……家事の実力は推薦できてしまう……」
よほど思うところがあったのか、コルセア様がしょんぼりと顔を伏せたうえに尻尾と羽まで下がっていた。
味方が居なくなった長月さんはとうとう何も言えなくなったのか、金魚のように口をパクパクと動かし、キッと音がしそうなほど勢いよく俺を睨む。
思わず心配になる程拳をぎゅっと握り、歯を噛み締めている長月さんにハラハラし、コルセア様の態度に何も言えずにいると、ふっと長月さんが折れた。
「っっっっ!!! ああ、もう! 私が条件を呑めばいいんだろ! この変態!」
長月さんはそう言うと、観念したかのようにその場に女の子座りをしてへばってしまった。
頬をかきながら大変なことになったなとは思いつつ、すごい一つだけ言いたいことがあった。
また、俺の意思がないんですか、大家さん。
こうして、俺はコルセア様の身の回りの世話係に続き、長月鏡華さんの部屋の掃除まで担当することになってしまった。
……あと、ついでに尊敬するイラストレーターのモデルも。
本当に大丈夫だろうか……。




