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#3「察した鬼は拒否することしかできなかった」


「にゃはは、何事も無くてよかったね、コルセアちゃん」

「そ、そこで余に話を振らないでくれ、大家殿……」


 いつも通りの二人のやり取りと、シシオドシの音が俺たちのいる部屋に響き渡った。


 俺は今、千歳さんの屋敷にある縁側横の和室で、コルセア様と千歳さん、それに先ほどの鬼の少女の正面に正座をさせられていた。

 三人はちゃぶ台を囲んでいるのにどうして俺だけが正座なのか。

 理不尽を嘆きたい気持ちはあるが、見られてしまった絵面が絵面なだけに文句もつけづらい。

 最低限物証はあったので誤解は解けたのだが、話を終えた後もコルセア様がもじもじとひざを触り、目をあわせようとすると肩をびくつかせ、その度に目をそらされる。

 推しにその態度を取られるのはすごく精神的にキツイです。


「あの、コルセア様? どうしてああなったかは信じていただけましたでしょうか……?」

「う、うん、余は恵殿を信じてた……うん」

「あの、信じてもらえたのなら、いつもの調子でいいのと、目をそらすのはやめていただけると」

「すまぬ恵殿。その……。正直、仲直りしたばかりで、あのような場面を見てしまうと、な。ちょっと思考が追いつかず……」

「い、いえ、こちらこそ、すいません……」

「にゃはは、二人ともイチャイチャするのは良いけど、鏡華きょうかちゃんが困ってるよ」


 イチャイチャはしていない。

 ほら、千歳さんが変な事を言うからコルセア様にまたそっぽを向かれてしまったではないか。

 ……いや、それは俺だけの事情で、からかわれているとはいえ、この場において優先することではない。

 問題は……。

 気まずそうに顔を反らすコルセア様から視線をはずし、その対面に座っている黙ったままの鬼の少女――千歳さんが"キョウカちゃん"に目を向けた。

 湯呑を両手で傾けながらもこちらをじーっと眉を寄せ睨み続けていた。


「えと……」

「ふん、勝手にしゃべるな人間様が」


 鬼の少女に思い切り鼻を鳴らされ、コルセア様よろしく顔ごと反らされてしまった。

 取り付く島もない、とはこのことか。

 ラブコメにありがちな出会いが最悪のパターンなので、ある程度冷たくされるのは想定内だったが、実際にされてしまうと、コルセア様の事も相まって結構ショックを受けてしまう。

 俺としては、問題が起きてしまったとはいえ、同じアパートの住人。まだお互いもよく知らないのに喧嘩をする仲にはなりたくない。

 とりあえず、話してくれそうな千歳さんから話を聞いてみよう。


「えと、千歳さん。この子? 人? はアパートの住人……で、いいんですよね?」

「ん? そうだけど……。お、ふふっ。おやおやーコルセアちゃんの前でもう推し変でもするの?」

「ち、ちが!? コルセア様、違いますよ!?」

「な、なんで余にそれを言う必要がある! 大体、恵殿! 違うのなら堂々と流せばよいではないか!」

「それは、そう、ですよね、はい」

「……え? まさか、本当に……?」


 コルセア様はそう言うと、不審そうに自分の体を抱きしめ、ペタペタと尻尾の腹が畳で音をたてていた。明らかに発言を誤解されていると言ったご様子だった。

 違うんです、コルセア様。

 慌てて首を振り、誓って推し変――コルセア様推しをやめたわけではないと胸に手を当てる。


「ちが! 俺はただ確認と誤解を解くためにっ! ああ、もう! 千歳さん!! 誤解を広めるのはやめてください!」

「にゃはは、冗談じょうだん。君がコルセアちゃんのために奔走してたのはみんな知ってるから。コルセアちゃんもあんまり意地悪しないであげてね」

「……余も、思考する人だ。出来る限り、善処はする……したい」

「にゃはは、良かったね、才三くん。許してくれるって」

「い、今のは肯定ではないような。それに心臓にも悪いですって……」


 ただでさえコルセア様の前ではファンではなく、隣人として接しているから余計に勘違いさせてる気配まであるのだ。悪戯心で引っ搔き回すのは勘弁していただきたい。

 ただでさえハラハラしているのに、コルセア様に嫌われるというデバフ……状態異常にかかるどころの騒ぎではなくなる。

 まだドキドキとしてる心臓に手を当て続けていると「奔走……?」とキョウカと呼ばれていた鬼の少女から思わず、と言った声が漏れていた。

 鬼の少女は目をぱちくりさせ、俺とコルセア様を交互に見つめていた。


「そうそう、鏡華ちゃんにも話したでしょ? コルセアちゃんが落ち込んでた時、この恵才三君が色々と頑張ってくれてたんだよ。僕の知ってる限りでは――」

「ちょー!? ちょちょちょ、ち、千歳さん! ストップ!」

「わあ、すごいおっきな声。バレたらダメだから、シーだよ?」

「千歳さんが少しくらいなら大丈夫って言ってました! そうじゃなくて、それはあんまり言わないでくださいって!」

「にゃはは、いい反応だー」


 いたずらに成功した子供のように屈託なく笑う千歳さんにげんなりとする。

 コルセア様のために奔走したのも、ちょっとした後押しはしたが自慢するものでもないし、本人にひけらかすことでもない。

 だいたい俺がやったのは所詮切り抜きと拡散程度。それで多少でも伸びるということは彼女に元々伸びる才能があっただけで、俺がしたのはあくまでコルセア様が自信を取り戻せるように地盤を作っただけだ。

 そう、誰でもできる、それをしただけ。

 だから、過剰に声高々に宣言する千歳さんの凶行を止めなければならない。わたわたと千歳さんとやりあっていると、キョウカと呼ばれていた鬼の少女が、大きな瞳をぱちくりとさせていた。

 何かと思って視線を追えば、俺とコルセア様を交互に見つめ信じられないと言った様子だった。


「それは……本当、なのか? コルセア? 大家?」

「う、む。余としては少々恥ずかしいが、事実だし恵殿の努力を否定するわけにはいかない」

「うん。コルセアちゃんに協力してあげられそうな子が才三くんしか居なかったからね。色々と事情もあるし」


 コルセア様が静かに頷き、尻尾を持ち上げ、千歳さんが肯定すると、"キョウカ"の赤い目が丸く見開かれ、「まさか、お前が……」と絶句していた。

 口ぶりからして、コルセア様の事は知っているらしいが、変なことを口走るわけにもいかない。確認のためにコルセア様たちに顔を向ける。


「あの、コルセア様。彼女はコルセア様の活動を知っている人なのか?」

「ん? うむ。キョーカ殿は知ってるもなにも関係者だぞ」

「関係者? 千歳さんじゃなくて、コルセア様の?」

「あ、そっか。才三君は鏡華ちゃんのこと知らないんだったっけ」

「ええ、まあ……何も聞かされてないので」

「にゃはは、ごめんごめん。じゃあ、才三君。一つ問題」

「は、はい! なんでしょうか!」

「コルセアちゃんは配信者で、配信画面には正体がばれないよう、3Dのモデルじゃなくて動くイラストのモデルを使ってるよね?」

「ええ、配信活動において初期時代にはこれはいかがなものかと言われてきましたが、昨今の事情や手軽さという観点、そして活動環境において三次元モデルよりもイラストモデルの方が初期の幅を広げるには都合も良く――」

「にゃはは、詳しいねー。じゃあさ、そのモデルに使うイラスト。僕はだれにコルセアちゃんのイラストをお願いしたと思う?」

「え? えっと……普通ならイラストレーターにお願いをして、動きの方はカメラで撮って動かせるようにしてもらって……ですよね?」

「うんうん。だから僕は彼女にお願いをしたの」

「はい……?」

「ここにいる、長月鏡華ちゃんは『もちもち紅白』って名前でイラストレーターをしてるんだよ。だからコルセアちゃんの活動の事も知ってる。もしかしたら才三君なら名前は聞いたことがあるんじゃない?」

「も、『もちもち紅白』!! このお方が!! コルセア様のお母様!?」


 つい興奮してファン全開でネット用語で叫んでしまっていた。

 だって、だって! コルセア様のいちファンとして興奮するなという方が無理だ! そうだろう?

 驚いてキョウカ……長月さんを見つめ、それでかと勝手ながらに納得してしまう。イラストの雰囲気やセリフ付け、SNSの言葉遣いからして女性の方だとは察していたが、まさか同じアパートに住んでいたなんて……。

 しかし、下手にコルセア様の事を表に出すわけにはいかないとなればなるほどこうしてアパート内である程度動けるようにするのはとても効率的だし、なにより事故が少ない。昨今の事情的に身元バレしてストーキングまでされるような事件も珍しくないし、なによりコルセア様の正体を隠すという上ではこれ以上セキュリティとして……。


 オホン、とにかく! 推しに引き続きお母さまにまで会えるなんて、感動で心臓が痛くなってきた。


 だが、当の長月さんはというと目を丸くしたままその場で固まり、俺の事を見つめ続けていた。

 俺の事を好き……なわけがない。

 そんなスーパーポジティブみたいな勘違いではなく、俺の言動に問題があったってことだ。


「わ、悪い! 憧れのコルセア様の絵師だって聞いたら、つい……」

「いや……私は、別に……」

「にゃはは、いい反応だねー。ほらほら、鏡華ちゃん。自己紹介」

「は、はあ!? な、なんで私がこんなやつに!!」

「こーら。人間の人とはちゃんと礼儀正しくって言ったよ、鏡華ちゃん。それに、コルセアちゃんも見てる」

「……長月鏡華ながつき きょうか。長く大地を照らす月で長月、鏡に映る華……はなは華道の華。大家に紹介された通り『もちもち紅白』って名前でイラストレーターをしてる」

「…………」

「おい、聞いてるのか!」

「あ、わ、悪い。つい……」

「なんだ、鬼がそんなに珍しいのか?」

「い、いや違って、いや鬼が珍しいのは違わないんだけど、俺、恵才三っていうんだけど……。コルセア様のファンでさ『もちもち紅白』って名前はもっと前から知っててそれで感動したっていうか……ああ、悪い。オタクっぽくて」

「っ、前から?」

「ずっと前、二次創作を上げてただろ? オリジナルの同人誌を出さなかったのが残念だなって思ってたけど、上手くデフォルメとか個性が出てるイラストを描く人だなって前から知ってて……。ほら、前も異世界系のキャラの中でも薄幸キャラとか毒舌系の小悪魔キャラとかたくさん描いてただろ? あれが俺好きでさ、って、ごめん、喋り過ぎちまって……」


 コルセア様の前で素を見せてしまったことを反省しつつ、それでも興奮を抑えることは出来そうにない。

 尊敬しているイラストレーターを前にしてまともにしゃべれるやつが居るか? 居るわけがない。俺だってそうだ。

 信じられない幸運に口元をおおうが「むぅ、恵殿。ニヤケすぎだぞ」とコルセア様のお手がこちらに伸び、頬をおおわれてしまう。

 ふおおおと興奮しそうになり、次の瞬間、ものすごい冷たさが頬の表面に走り、感覚が冷たいを通り越して痛みを覚えた。


「おお、コルセア様が俺の頬に手を伸ばし――っいつめたい! こ、コルセア様! 漏れてる!」

「え? あ! す、すすすまぬ! ついうっかり!」


 半ば顔を青くしながら飛びのいたコルセア様が、俺の頬から話した両手を後ろ手に回し、青くなった顔で俺の事を覗き込みあわあわと目をぐるぐると回していた。

 感覚の薄い頬に触れてみるが今は氷に触った後程度の冷たさで感覚もあるし、ケガらしいケガもない。

 たった数秒触れただけでこれなのだから、コルセア様の慌てようも大げさではないのだろう。


「すまぬ、恵殿! 凍傷は! 青くなってたりしないか? 凍っておるのなら今すぐ大家殿に解凍してもらわねば一生の傷に……」

「い、いや大丈夫。大丈夫だから、そこまで慌てないでって」

「だ、だがもし恵殿にけがをさせてしまったら余は……」


 心配してあわあわし始めてしまったコルセア様をなだめていると「コルセア」と長月さんがつぶやいた。

 それはあまりに真剣な声だった。

 思わず、慌てていたコルセア様と俺もピタリと動きが止まり、長月さんを見てしまうほど、真剣に。

 ゆっくりと彼女を見ると、きゅっと眉が寄り、何かに耐えるようにした瞼を震わしていて、息をのんでしまう。

 その顔はまるで、何かを耐え忍ぶかのような、表情で……。



「……好き、なのか?」



 俺たちに向かって、そう言った。





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