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#2―2


「褒美は良いけど、過剰摂取で中毒起こしそう。……今何時だ。ゴミ出しはやめに行かないと千歳さんに怒られるんだけど」


 慌てて自分の部屋へ駆け込み、中にため込んでいたゴミ袋を探し出す。時計を見ると、いつも収拾されるまで時間はあったが、余裕を持つに越したことはない。

 たまったゴミをえっちらおっちらと運び、アパート外にあるごみ捨て場に持っていき、一通りのゴミを放り込む。

 ボサっと音をたててゴミが持ち場に入るのを見届け、アパートに踵を返した。


「よし。今日の義務は終了っと。あとは……バイトもしばらく休みだし、恐ろしいスピードで進んだ授業も予習復習済み。となると、今日はコルセア様の切り抜き編集の……」


 まだ立てていない今日の予定を画策していると、ふいに目の前の光景が目に留まり、足を止めてしまう。

 いや、光景……ではなく"物"だろうか。

 ちょうど、アパートが見える道路に差し掛かったあたり。アパートの住人なら行き来で必ず通るその場所。


 そこに"ゴミ袋お化け"が立っていた。



 ……いや、正確にはゴミ袋から足が生え、下駄をはいた妖怪が居り、ゴミ捨て場の方へと左右に揺れながらえっちらおっちらと歩いてきていた。

 明らかに非現実的な光景に、思わずおっとと実況癖がこぼれ出る。


「今日は編集しようと思ってたんだけどな」


 今朝、千歳さんが言っていた、空想に引っ張られるというのはこの事だろうか。

 なんだか、妙に巻き込まれそうな予感を胸にそのゴミ袋のお化けを観察すれば、足はしなやかだし、ゴミ袋の下にはそれを抱えるように伸びた指先がソレを支えている。

 美脚の幽霊でもない限り、人で間違いなさそうだった。

 とりあえず、異常にデカいゴミ袋を抱えた人であることは確定し、ほっと胸を撫でおろした。

 千歳さんのせいで、必要以上におびえているのかもしれない。

 いやまあ、そこまで大きなゴミ袋をどうやって部屋から出したんだという疑問は浮かぶが、とにかく目の前には大きなゴミ袋を抱えた誰かが歩いてきているのは間違いなかった。


「にしても、危なっかしいな……。あ、あの大丈夫ですか?」

「っ!? だ、だれ――。に、人間!? やばっ、きゃあ!?」

「え、ちょ、危ないって!!」


 声をかけてしまったせいでバランスを崩したゴミ袋――もとい、女性の悲鳴があがり、せめてどちらかを受け止めようと駆け出すと頭上に影が差し、頭の上にはてなが浮かんだ。

 駆け寄りながら上を見ると、すげえ量が入ったゴミ袋がまるでボールのようにポーンと放り投げられ、ゴミ捨て場の方へ飛んでいく。

 おお、あのままならナイスシュート。

 なんて、とんでもない光景を受け入れかけていると、ゴミ袋を投げたであろう人の悲鳴が俺に近づき、タッタッタッと明らかに片足でバランスをとっている音もした。

 そして直感した。


「あれ、なんか――」

 嫌な予感がする。


 すべてを言葉にする間もなく、女の人特有の柔らかい体の感触が腕の中に広がり、次の瞬間には痛みを感じるほどのすごい勢いが体に降り注いでくる。

 当然、貧弱な俺ではイケメンヒーローのように受け止めきることもできず、そのまま二人して倒れこんでしまう。

 とっさに抱き留めた相手を地面にたたきつけないようにかばうと、背中と後頭部にコンクリートが勢いよくぶつかり瞼の裏が白んで声にならない悶絶と鼻の奥に抜ける痛みが走った。


「ぁ、っつう!? な、なにが起きて……」


 痛みに耐えながらゆっくりと目を空けると、目の前に広がっていた光景が信じられず俺の口からは「うわ……」と驚愕の切れ端が溢れた。

 当然だ、だって……。


 額の上部から日本の肌色の突起……"角っぽいものを生やした、背の小さな少女"が、両手で口元をおおい、俺の腹部の上に座り込んでいたのだから。


 彼女自身、未だなにが起こったのか把握できていないのか、ただでさえ日に焼けていない白い肌を真っ青にしたまま酷く混乱したように金魚のように赤い目を泳がせている。



 なんで、こうなった?



 とにかく、今はこの子が誰か把握しないとと、無駄に慣れてしまったせいで冷静な頭で、彼女の事を観察する。


 眉を寄せることが癖になってしまっているのか、白い肌の眉間には深いしわが刻まれてしまっていて、この世のものすべてに絶望したかのようなジト目に厚ぼったい縁の眼鏡をかけ、眼鏡越しの目じりには隈なのか、それとも病みメイクなのか黒いアイラインがひかれていた。

 顔のほうはしっかりとしているのに、こげ茶色のスウェットワンピ―スを着て視線を下げていくと、動揺してわなわなしている細い足の奥が垣間見えてしまいそうで、仄かに罪悪感と犯罪の臭いが漂ってあまり心臓には優しくない状況だった。

 そこまでなら部屋着のまま部屋を出て困惑した女の子だがコルセア様と俺、そしてあの大家のアパートから出てきてたという共通点。

 俺以外を除いた、共通点といえば……。

 前にコルセア様にもやったことがある女の子の頭上に視線を移した。

 朱色に近い赤い髪を小さいお団子ヘアにして巻き上げ、切りそろえられた前髪の両脇をかき分けるように額に二本の角をはやした少女――おそらく、鬼と呼ばれる人に似た特徴を持った人ではない少女だった。


 人間ではあまり見ない特徴だったが、それは全然良い。いや、良くないが全然良い。まだ許容範囲だ。

 むしろ、下手な人間よりも歓迎したい。

 問題はそこじゃない。

 亜人や人外がゴミ袋を抱えていたということはこのアパートの住人だろうし、事情を話せば分かってくれるだろうが、いかんせん場所が悪い。

 前回――コルセア様の時は部屋の中だったが、今回はお天道様がさんさんと降り注いでいるアパート前の路上だ。

 アパートから大家である千歳の家とは逆方向。アパートの塀を歩いて、すぐの所にあるゴミ捨て場の横。

 つまり、俺たちはいつだれが通るともわからないアパート横の通り道の上、俺が地面に倒れこんで、頭に角をはやした女の子が非常にセンシティブな状態――失敬、馬乗りになった状態でそこに居る。

 まるで時間停止の悪戯でも食らったかのような……いや、どこかの宇宙人とのラブコメだったか……いやそれはどうでもいい。

 とにかく、絵面が非常にまずかった。




「は、はわ。はわわわわわわわ」




 明らかに困惑し、目が泳いでいる彼女を見つめていると逆に冷静になり、こういうこと多くないか? という疑問が頭をよぎった。

 正直、男として他所から見れば、さぞ幸運な男だろう。

 だが、断固として言う。そんなことはない。

 日が昇る中、ほとんど道路のど真ん中でこんなことをしているのは人間としてあまり褒められたことではない。

 それに、異性にこんなことされたら男も女も関係なく恐怖だ。

 まあ、馬乗りになっている彼女があわあわしている時点でそう言った心配はあまりないの、だ、が……。


 あわあわしている?


 今、彼女の状態に気が付いて、今度は顔から血の気が引いた。

 まずいと確信を得た瞬間、腹上の人間ではない彼女は真っ青な顔でわなわなと唇を震わせ始めていた。


 しまった!! 思考すらもフラグだった!!


 とっさに手をあげ「違うんだ!」と必死に訴えていた。


「ま、まってくれ! この場で騒いだりしたらそれこそ千歳さんが来る。だからちょっと落ち着いて!」

「こ、ここ、このアパートに人間様がいるなんて聞いてない! だ、大体お前は誰だ! 人間の癖に私に触れるなんて無礼だぞ!」

「またこのパターンだよ!」

「ま、また!? お、お前は前にも同じような犯罪を!」

「違うから! 犯罪には近かったけど冤罪だから! それと退いて欲しいのは俺なんだ!」

「っ!! や、やはり犯罪を犯したのだな! それに見られた! 大家は確かそう言った場合は口止めをしろって……!」

「待て待て待て! 早まるな! というかそろそろ騒ぐのをやめ――」




「め、恵殿……?」




 ああ、俺の人生、終わった。

 殿という敬称、そして、鈴を転がすような天使の声が聞こえ、終わりを感じ取った瞬間に口元がほころんだ。

 人って、本当に終わった時、笑いが出るんだなと、まるで他人事のように思った。


 今、この世界において最も聞きたくなかった声が聞こえ、血の気どころか、活力すべてが抜け去っていく幻覚を覚えざるを得なかった。

 ああ、お終いだ、こんなところをコルセア様に見られ――。


「にゃはは。本当に才三くんはいっつも騒がしいよねえ」


 再び聞こえた違う声に俺は「違うんです……」と弱々しく抵抗の声を発した。


 四面楚歌……いや、三面楚歌か……。

 動けない姿勢のまま、腹部に鬼の少女を乗せ……。

 俺は天を仰いだまま、現実から目を背けるために両手で額と両目を覆うことしかできなくなっていた。




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