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#2「ゴミ捨て後には鬼来たる」


 朝早く千歳さんへ挨拶に向かったのだが、アパートに戻るころには日が昇っていた。

 庭から人気のない道路に出て、すぐ隣にあるアパートの階段を鼻歌交じりに上ると、誰かが扉を開ける音が聞こえてくる。

 このままでは邪魔になるなと急いで階段を駆け上がると、ちょうどコルセア様がドアを開け、眩しかったのか、太陽の光に目を細め、キラキラと水色に輝く腕で日を遮ろうとしていた。

 いやはや、相変わらずお美しい。

 薄水色に輝く鱗と陰になった青色が美しいコントラストを生んだ竜人……。竜と人との割合もとても素晴らしい割合であるが、好みの分かれるところなのは重々承知だが、それでもやはり俺はコルセア様くらいが一番綺麗であり、別も別で悪いという訳ではないのだが、美しいコルセア様がそうしているだけで、目の保養になるし、なによりこうして無事に姿を見られる日々が戻って来たかと思うとココロオド――。

 お、オホン……。数週間ぶり、何度目かの姿なのに、俺は相も変わらずコルセアさまと対峙すると緊張とオタクが出てしまいそうになって自省した。


 この人は、コルセア・ラ・ミナミ・モンテイジ・デ・ネージ――通称コルセア様と呼ばれる、竜と人を足して二で割ったような姿をした竜人という種族でネットで生配信を中心に活動している配信者。という設定で活動している二次元イラストをそのまま現実にしたかのようなお人だ。

 長い説明だが、これ以外説明しようのない人で、現実に存在している竜人で、前にちょっと敷いた出来事から知り合った俺の最推しである。

 今日のお召し物は、鱗や甲殻が並んで腕や足が特注のブラウスやパンツルックから覗いていた。

 いつも大きく広げている翼は見えないが、あれも魔法とやらなのだろうか。膨らんだ服の中に隠しているにしては綺麗な背中のラインだった。

 尻尾の方は隠す気はないのか、鱗と同じ色の太い爬虫類の尻尾はぶつからないように器用に揺らしていた。白く青い輝きを放っている長い髪をサイドでまとめて肩に流し青い毛先が滴る水のようだった。

 今日もいつもと変わらずに尊くて可愛い。


 まあ、俺は元々ただのコルセア様のファンだ。

 ちょっと距離が近くなったとはいえ、いまだに緊張はするし、美しいお姿を目の前にするとドキドキして心臓に悪い。

 しばらく見惚れてしまっていたが、伸びをするように体を反らしているコルセア様に恥ずかしい思いをさせないようにと先に挨拶をさせてもらうことにした。


 ――えっと、コルセア様のファンである隣人でいるために、スイッチスイッチ、っと。


 頭の中でスイッチを切り替えて、コルセアさまが気にしない"隣の部屋に住んでいる優しい人"をイメージしてスイッチを入れる。

 あくまで俺は配信者であるコルセア様の一ファンだ。ただでさえ隣人という幸運を賜っている身なのに、俺自身として彼女と話すのなんて恐れ多すぎる。

 だから、ファンとして話す前に彼女の隣人としてのスイッチを入れる。

 それに、これは俺の我儘でもあるんだが……。

 ファンとして推しと話すなんて緊張するだろ。

 うん、と咳ばらいを一つして、彼女に話しかける。


「おはよう、コルセア様。今日も元気そうでよかった」

「っ! め、恵殿! おは――わ、わわっ!?」

「え? あ、危ない!」


 いきなり声をかけてしまったせいか、階段上にいたコルセア様がバランスを崩して、安全柵に倒れ、慌てて駆け寄る。

 何とか間に合い、服の隙間が空色に輝いている体を受け止めると、腕が凍えそうな冷たさに包まれ、彼女の冷たさを一気に味わって奥歯を噛み締めた。

 ……いや、冷たさでだぞ。ドキドキを抑えるためではない、決して違う。


「いっ……!? だ、大丈夫か?」


 気付かれないようにこっそり支えていた体を起こすと、特注なのか、大きな靴底がこつんと音が鳴り、彼女から腕を離すと、痛いほどの冷たさがさっと引く。

 ぽかんとした彼女にケガが無いと確認し、胸を撫でおろしていると、途端、コルセア様があわあわと慌て始めた。


「す、すすすすまぬ! 本当にすまぬ! 腕は平気か? 凍傷になってないか? よ、余のせいか! 余にできることならなんでもする! っ、な、何でもとは言ったがあんまり無茶は――いったぁ!?」


 言葉の最後が思い切りゴンという音にかき消された。

 大慌てするコルセア様に口を挟む暇もなく、その場で尻尾の先を両手で抱え込んでさすっているコルセア様が居て、ドアノブを恨めしそうに睨んでいた。

 どうやら、冷静さを欠いたコルセア様が尻尾をドアノブにぶち当てたらしい。

 この前も食材を取り分けようとしてぶちまけるし、ごちそうするからパスタのゆでるのを見守って居たら塩と砂糖を取り間違えていたし……。

 最近……本当につい最近気が付いたのだが、もしかしてコルセア様は俗にいうポンコツではないのだろうか。

 配信ではあまり見ることのない可愛い点だな、ちょっと鼻高々な気持ちと申し訳なさに浸る。

 そうだ、ここまでポンコツっぷりを発揮するコルセア様の事だ。探せば『思ってたよりもポンコツな一面を見せるコルセア様』切り抜きも作れるかもしれない。後で『コルセア様可愛かった集』から探せば早いだろうか。

 おかげで最近のバイト代は保存媒体に飛んでいくのだが……。まあ、コルセア様を知ってもらえるのであれば安い買い物だろう。

 恐縮して泣いて謝られそうなので絶対に本人には言えないが。


「俺は平気ですけど、コルセア様こそ大丈夫ですか……?」

「う、うむ、ありがとう恵殿」

「いえ。それより、コルセア様はこれから何を?」

「おお、そうそう。これから大家殿に挨拶に行こうと思ってた」

「ああ、納得。それならまだ家に居ると思うから、今ならちょうどいいよ」

「む、恵殿が知っておるということは大家殿に挨拶をしてきたのか?」

「ちょっと用事があったからね。……あ、そうだ! 最近ほら、あの件があったから、あんまり手伝えてなかったんだけどさ」

「あっ……。恵殿、すまぬ。今更ながら悪いと謝りたかった。あれだけ助けてもらった恵殿を邪険にするなど……」

「いやいや! 俺はコルセア様の手伝いだから、それは良いんだ! えと、それよりも、さ。ゴミ出しはいつした……?」


 つい最近まで"前の件"があって、コルセア様が引きこもってしまった時、ふいにゴミ捨て場を覗いたらいつもよりゴミが少なかったことを思い出して、ついそう聞いてしまっていた。

 元々、コルセア様は真面目な性格だ。よもやゴミ出しを忘れて居るなんてことはないと思うが、缶やビンとなると機会も少ないので一度逃すとなかなかに曲者だ。

 様子を窺うように聞くと、コルセア様は言葉に詰まったように「んぐ……」とそっぽを向かれ、思わず言葉が止まってしまった。


「え? コルセア様? まさか……」

「ち、ちが!! 余、余もいつもは捨ててるぞ!? で、でも、ここ最近、誰の顔も見れないと思って、家にずっと……だから――!」


 頬を真っ赤に染めるとわたわたと全身を使って否定される。

 おお、コルセア様の生の貴重な表情だ。と、心を打たれかけ、今は隣人だったとできうる限り傷つかないように苦笑いを返した。

 今度から本当にお手伝いさんになることになりそうだ。


「あ、あはは……。今回はさすがに俺の責任もあるから、手伝おうか?」

「っ、こ、ここ、来ないで! 竜種として、人間には――特に恵殿に見せるわけには!!」

「あはは、そっか」


 せっかく再会できたのだし、コルセア様の役にと思ったのだが、そんな全力で断れてしまうなんて、とがっかりしてしまう。

 いや、残念ではあるが、コルセア様は異種とはいえ異性。見られたくないものも多々あるのだろう。呼べるときに呼んでくれれば俺はそれでいいと心で頷いた。

 推しが俺を異性と見てくれるだけマシと思わなければ。


「分かった。じゃあ、呼べるようになったらまた呼んでくれ。ご飯でも、例のお手伝いでも」

「……いいのか?」

「はい? えっと、なにが、ですか?」

「余が困ってるときに呼んでもいいのか? また、その……余計なことで落ち込んで、貴重な恵殿の時間を奪ってしまうかもしれないぞ?」

「あはは、むしろ大歓迎。大家さんに頼まれてるし、それに……」

「それに?」

「コルセア様のファンなので。コルセア様の活動を色々な形で応援できるのはファンとして誉れなんです、ってね」

「……あはっ。そうか。ならすぐに声をかける。幻滅するんじゃないぞ?」


 幻滅なんてするものか。

 今もへらっと効果音が付きそうな笑顔を向けられて、ドキッとしているのに。

 この後、千歳さんのところへ行くという彼女が通りやすいよう、手すりに寄りかかって道を空けると、きょとんとされてしまったがすぐにふっと微笑まれ「うむ、ありがとう」と横を抜け、ふわっと冷たさが舞う。

 見送るために体を回転させ、階下の道を見下ろすと、コルセア様が立ち止まり振り返ったかと思うと手を振られてしまった。

 面を食らい、慌てて手を振り返すと満足そうにうなずき、そのまま千歳さんの家へ向かうコルセア様を見送る。

 この見送りもまた褒美である、っと。



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