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#1―2


 数日前。具体的には、コルセア様が配信に復活してから数日たった明け方――。


 春が近づき、まだまだ寒い風が座っている木製の縁側を通り抜ける。思っていたよりも寒さの残るか風に服の上から腕をさすった。

 俺は今、大家さんの屋敷で縁側に座らされている。

 コルセア様の件で、お説教を受けるため……ではない。単に、お茶を出すと奥に行ってしまった千歳さんを待っているだけで他意はない。


「いや、ないよな? 変なことはしてないし、コルセア様の切り抜きで収益は得てないからセーフのはずだし、そもそも家賃はこの前払ったし。そもそも菓子折りを持ってきただけだからな……」


 何度も自分の中で同じ言葉を繰り返し不安を打ち消していく。

 落ち着いて庭を見渡すと、相変わらずの日本庭園に近い趣の庭が広がって、落ちかけた池も健在だ。

 カコン、と音を響かせるししおどしが池の端の方に鎮座していて、池の水を循環させているのか、緑ばかりの庭を涼し気に彩っていた。池の周りには外垣と同じように切りそろえられている生垣が植えられ、生け垣の囲いの中には季節の花壇も作られている。俺が座っている縁側から裏口まで敷石も立派な庭だった。


 相も変わらず立派だと感じる日本庭園だったが、千歳さんが庭師を雇っている形跡はなく、むしろコルセア様と会うまで住人とすれ違った事すらない。

 まさかとは思うが、この広い庭を一人で管理でもしているのだろうか。


「いくら千歳さんでも庭の整備大変そうだよなあ、これ……。今度庭の整備とか手伝った方がいいのかな」

「本当? それはすごく助かるよ」

「うおお! 突然の背後からのお礼!」


 慌てて立ち上がって振り返ると、お盆に茶色い湯飲みと急須をのせた子供にしか見えない人――千歳さんがいつもの意地悪っぽい笑顔でそこに立っていた。

 半分わざと気味に大げさにリアクションをしたのだが、それがお気に召していただけたのかケラケラと笑いながら、俺の隣にお盆を置くとその向かいに腰を下ろした。

 本当に心臓に悪い。神出鬼没、という言葉がまさにピタリとはまるお人だ。忍者の訓練でもしている可能性がある。

 本当だったら怖いので聞けないが。

 ちなみに全く関係のない話だが、忍者は本当にいるらしい。

 どうでもいいことを考えていると、千歳さんがケラケラと笑い「隣、どーぞ、才三くん」とたんたんと叩かれた。

 こうしてみると、一つ一つの動作は年齢がうかがえるのに性格と見た目を見ると訳が分からなくなる。

 本当に何歳なんだこの人は。


「にゃはは、相変わらずいいリアクションだね、才三くんは」

「あはは……、お褒めに預かり光栄です、千歳さん」

「うむうむ。はい、お茶」

「あ、ありがとうございます。――えと、まずコルセア様の件を相談に乗っていただき、ありがとうございました。これ、お礼にしては安いものだと思いますが」

「おやおや、ご丁寧にどうも。にゃはは、そこまでしてもらわなくても、僕のやりたいようにしたんだから気にしなくてもよかったのに」

「いえ、責任まで持つって言われて、そう言うわけにはいかないので。コルセア様は俺の恩人ですから」

「ふふ……。いい顔だなあ」

「そうですか?」

「うん。ここに来た時よりもいい顔だよ」

「いい顔、ですか」


 顔、と言われてなんとなく頬に手を当て空を見上げてしまった。

 雲も殆どない、晴れ渡った青い空だ。

 ……いくら千歳さんにいい顔、と言われても全く自覚を持てない。そもそも自分の顔がいい顔だと思っていたらネットの世界に逃げ込まないのではなかろうか。

 顔の良さで売っていたらネットは必要ない。個人的には現実に疲れた人が追い求める先にある物だ。

 そんなことを考えていると、また千歳さんがカラカラと笑った。


「にゃはは、難しく考えすぎだよ、才三くん。気にしない気にしない」

「は、はあ……」

「うんうん。それにしても、才三くんはよく顔を見せてくれるよねえ」

「ああ、そうですね。俺も結構ここに顔出しに来てるなあ、とは」

「だねえ。君の下に住んでいる一階の子とかももうちょっと顔を見せてくれると嬉しいんだけどなあ」


 一階……。そういえば、あのアパートコルセア様以外も人が住んでるはずなんだよな。

 俺たち以外にも誰かが住んでいると言われると、ほんの少しだけ興味が湧いてしまう。

 千歳さんの口ぶりと態度からしてほとんど出てくることがなく、コルセア様のように入れ違いになっているのだろうが……。

 いったいどういう人なのだろう。


「そういえば、千歳さん。あのアパート、一階にはだれが住んでるんですか?」

「一階? にゃはは、才三くんの"前提"だけだと教えてあげられないかなー。まあ、固定されてる内容なら教えてあげてもいいけど」

「事情を知った今聞くと、すっごい不穏な単語なんですけど……」

 今の俺は相当嫌な顔をしているのだろうな、と思いながらそう返した。


 正直、千歳さんがこういう言い回しをしている時はあまり立ち入った事情は聞かないことが吉だということを学習して……いや、させられている。

 コルセア様の中の人に出会えたことは幸運だと思うし、その機会をくれた千歳さんに感謝はしているが、事情が事情だ、感謝では補いきれないこともある。

 だって、この人は……。

 ケラケラと笑っていた千歳さんがにこっと微笑み、俺を見る。


「不穏って言わないで欲しいかなー。しょうがないじゃない? 僕は君たちの言う魔法使いで、今の才三くんだけじゃなくて、コルセアちゃんですら領域外の事だからさ」

「……今ので関係のない俺がやたらめったら聞かない方がいいってわかりました」


 そう、にわかには信じがたいが俺がこの状況に陥っているのは魔法使いだと自称する彼女のおかげ(?)でもある。


 しかも今聞いた内容は、事情を知っているはずのコルセア様にすら話せない恐ろしい事だったらしい。

 ファンタジー的な事件は楽しみでもあるのだが、相応に危険な物だという経験が――おもにこの庭で――ある。

 そういう千歳さんから話せないと言うのなら聞かない方が良いと身に染みている。

 触らぬ神に祟り無し。触れぬドラゴンに逆鱗無しである。

 心情を察してくれたのか、千歳さんがへらっと笑顔を見せた。


「にゃはは、理解が早いと助かるよー。命と知識欲の天秤の性能は大事だから、覚えておいてね」

「……そんなに命が軽そうに見えます?」

「んー? 君みたいな子は割と軽く見てると思うよ? 近代っ子的な意味じゃなくて、ね? 命の天秤は軽い方が英雄的で僕は好きだけど、まあそう言う人少ないからさ」

「そんなつもりはないんですけど……」

「人から見たら人のために動ける子は大体軽いよ。重かったら動けなくなるのが人間だからね」

「はあ……」

「にゃはは、良い反応。まあ、今のは僕の意地悪だから気にしない気にしない。それに、コルセアちゃんを見てくれてる君になら教えてあげられることは教えてもいいかなーって思ってるよ?」


 コルセアちゃんもお世話してもらってるしね。とまた嬉しそうにほほ笑んでお茶をすすった。

 千歳さんの言い草だと、まるで彼女の役に立っていると言われているようで、嬉しいと言えば嬉しいがむずがゆい気持ちも多い。やりたくてやってることを褒められるのは、やっぱりこう……恥ずかしいか。


「えっと、コルセア様の身の回りの世話は趣味ですんで……。それよりも、この期に及んで俺が知っても大丈夫なことがあるんですか?」

「もちろん! 君が質問した“一階にだれが住んでいるのか”は答えられないけど“君が住んでいる下の部屋に住んでいるだれか”については答えてあげられるよ」

「えっと、それは言い方の問題では?」

「にゃはは、月とスッポンって感じ」

「だいぶ遠いっすね、それ……」

「うん。僕的にはこのちょっとした違いって大事なんだよ? あんまり大っぴらにいう物じゃないけど、僕の魔法は空間の固定化だからね」

「くうかん、こていか……」

「にゃはは。詳しく教えてあげてもいいけど……。とにかく、下に住んでいるのがだれか、なら答えてあげられるってだけだよ」

「そんなものですか」

「あー、納得いってない顔だ」

「そりゃあ、まあ。この一か月……二か月くらいでしたっけ。で、俺が知ってはいけない事。知っても問題ない事とか、色々あるっていうのは分かりましたけど、千歳さんの言動は今でも不思議すぎて……」

「にゃはは。それでいいんだよ。僕はそう言うものだって認識で。誰かのヒロイン扱いされても困っちゃうだけだからね」

「はあ……?」

「まあ、そのうち分かるよ。一階に住んでるのがだれかー、とか。どうして僕が言えないのかーとかもね。あ、これは予言ね?」

「いきなり占い師みたいなことを言い出しますね、千歳さん」

「にゃはは。もっと占ってあげよっかー。僕の友達だともっと精度がいいんだけどね」

「……やめておきます。今の千歳さんの態度からして、予言じゃなくて言霊による未来の確定みたいな話になりそうなので」

「お、鋭い。そういう人もいるね」

「交友関係が怖すぎる」

「もっと怖い知り合いはたくさん居るよ? 例えば、臨んだ未来になるまで永遠と同じ世界を繰り返す子とか、別の世界の子と駆け落ちするために神様になった子とか?」

「おお、ちょっと英雄的」

「格好良かったよ。信じるか信じないかは君次第だけど。君もなってみない?」

「どう? って怪しい勧誘みたいなことを聞かれましても……」


 正直、千歳さんの口から語られた人に多少男の子として主人公のようで憧れはする。

 だけど、俺はこのコルセア様と過ごすローファンタジーが好きだし、そもそも俺は普通の人間だ。格好良くヒロインを助けたり、誰かのために全てを捨てることが出来るほど、俺は人間を捨てられていない。

 色々と深く考えてしまう前に、再び千歳さんに入れてもらったお茶に口をつけて湯飲みの中を空にした。


「聞かなかったことにします。主に、俺の精神面的な理由で」

「にゃはは、良い天秤。この場合は嗅覚かな? あ、お茶のおかわりはいる?」

「お願いします。もう少しだけ現実を忘れたいので」

「にゃはは。いいねー。でも現実から離れすぎると今度は幻想と空想に引っ張られるから気を付けてねー」


 このタイミングでなんてことを言うんだこの人は。

 不穏過ぎることを言いながら嬉しそうにお茶を淹れる千歳さんを横目にアパートを見上げる。

 そこには俺が住んでいるはずの部屋と隣に住んでいるコルセア様の部屋があるはずで、それ以外の物件としてみることは出来ない。

 だが、千歳さんが言うにはただのアパートではないらしいし……。



 あのアパートは、いったい何なのだろうか。



 好奇心と、恐怖心で震えながらも千歳さんの淹れてくれるお茶を受け取るのだった。




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