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幕間「薄情な鯉だな、まったく」

 

 カンカン、と、防音されているはずの室内に、誰かが鉄製の足場を昇っていく音が聞こえて思わず心からの舌打ちをした。


「ッチ。新しい住人はすごい高い頻度で外に出ていく。……否、それは悪くないか。部屋の中まで聞こえるってことはまた聴覚過敏じゃないか。どうすれば治るのだこれは」


 プラスチックのペンを机の上に置き、音が聞こえないように耳を覆う。髪の毛を巻き込んで指と指の間を通ってぐしゃっとなる感覚と、耳をふさいだことによって肘や腕が当たっている場所の音が逆に大きく聞こえてきてしまってイライラしてしまう。

 ここ連日、数時間しか寝ていないのが響いているのか、やけに外の音が大きく聞こえ始め、ついには誰かが歩く音すらも不快になり始めていた。もちろん、それだけが理由ではない。色々と理由に心当たりはあるけれど、そんなのに構っているほど精神的余裕がないことも自覚していた。

 寝るのがもったいないという時間を奪われたような感覚と、休まなければさらに時間を食うだけと分かっている頭が戦争を起こしそうになって、胸の中にたまったもやもやを吐き出すようにため息をついた。

 気を紛らわせようと、暗くブルーライトに照らされた室内に視線を向けてみる。

 本来ならピンクの小物を置いてある白い棚だったり、白枠で組まれたベッドに青いシーツ。さわやかな印象の青いカーテンがひかれ、壁紙も床も青と白い部屋が広がっているはずだ。

 しかし、遮光カーテンが仕事をし過ぎているせいか、当然のようにブルーライトに照らされた室内が広がっていて、白とピンクで作り上げた自分の城は、どこかホラーゲームに出てくるような小奇麗だが、部屋の角に何かが座り込んでいるような陰湿な雰囲気の室内が広がっていた。

 前に部屋を出てから、どれくらいの時間がたったのだろうか。

 ブルーライトを発しているパソコンの画面には、コルセア・ラ・ミナミ・モンテイジ・デ・ネージと呼ばれるネットで配信活動をしている者の三面図――キャラクターの見取り図のような、三方向から描かれたイラストと、調理されたパスタに目を輝かせているコルセアの絵がイラストイラストツールで開かれていて、そこには『復帰記念!』と、機械的な文字でデカデカと表示されていた。


「あとちょっとなんだけどなあ……早めに完成させてあげたいし……」


 パソコン回りはと見てみると、飲み物がまだ入ったままのコップに、いくつか空になったペットボトルが散乱し、キーボードの前には板状のタプレット端末らしき液晶が置かれパソコンの画面と同じ絵が表示されていた。自分が足を乗せながら座っている椅子の足元に視線を落とすと、そこにも空のペットボトルが置き去りにされ、虫除けこそ置いてあるものの、そろそろ何かしらの対策をした方が良い惨状で、明らかに数日以上片付けていないのが分かる様相だった。


「はあ……煮詰まって頭も固くなってきたし、ちょうどよい。そろそろ片付けるか」


 ゆっくりと足元を確認しながら椅子から降りて、足に当たるペットボトルを蹴りながら電気に向かう。

 ふと、部屋の隅に放置されているもう一つのノートパソコンの電源が付いたまま画面が暗転してしまっていることに気が付いて、ずきりと頭が痛くなった。

 頭痛を抑えるために頭に手を当てながらパソコンを操作すると、画面には別の誰かと連絡を取るためのツールが開かれていて、そこには私が鯉太郎と名前を変更した誰かのIDが表示されていた。

 『未読通知 1 』と表示されたディスプレイにドキッとして、慌ててノートパソコンのタッチパネルを操作する。そして、そこに書かれた文字を見て、再びもやもやとしたため息をついてしまう。

 そこには、『ありがとう、お前は最高だ!』とだけ書かれた、メッセージが送られてきていた。

 本来なら喜ぶべきなのだろうか。いや、ネットだけの関係と考えると喜んでいいかも微妙だった。


「ああ、そっか。まったく鯉太郎め。頼み事だけ一方的によこしてあとはありがとうだって。にしても、成功か。あいつの作った動画を盛り上げ板に投稿するだけで目標達成できたってことは、目的が低いのか、相当運がいいのか……。まあ、コルセアの事に協力できたのは嬉しいし、アンチ板の対立煽りにまで手を伸ばさなくてよいのは私としても嬉しいけど」


 それは鯉太郎――カンバスの鯉、という名前で活動していた昔馴染みに友人の頼み。しかし、よりによって彼からファンからコルセアのライバーとしての認知を増やしてほしいと依頼が来たときは角が飛び出るほど驚いた。

 彼がいまだにネットの活動を何かしら見ていたのは想像してはいたのだが……。


「まさか、鯉太郎からソレをお願いされるなんて……。世界って狭いんだか広いんだかわからないな、鯉太郎」


 もう一度、先ほどまで自分が描いていたイラストの画面を見る。

 白基調に隙間を青く光らせた甲殻や鱗。白色なので光を強調するわけにもいかず、青色で調整を入れて、陰影と色合いを調整作業をしている最中の彼女のイラスト。もう少しで完成、というのはたぶんイラスをと描いている人以外にはわからないだろう。正直、書かれた本人ですら、これで完成していると思うかもしれない。

 いちファンとして妥協はするつもりはない。

 それよりも、彼女の配信ならもうちょっとすればお金も稼げるようになるだろうから、そろそろ新しいイラストのお願いも来るかもしれない。界隈の流行り乘るのであれば、記念事には新しい衣装やら、お祝い事のイラストやらが必要になる。こっちもこっちで色々とデザイン案も用意したほうがいいかもしれない。


 ――それにしても、鯉太郎は本当によくこの子を見つけられたな。最初の配信だって、私もこの子も名前が売れてなかったから、そんなに人はいなかったはずなのに。


 ネットの片隅の、流れの早い流行の波。一つ見過ごせば大量の情報と時が流れてしまうネット情報において、最初から知っているということは貴重な物であり、天文学的な数字だろう。

 どうして、鯉太郎は彼女の事を見つけられたのだろうか。

 そして、どうして私を……。

 ほとんどふくらみのない、自分の胸元に手を当てる。柔らかな感触こそある物の、男の事ほとんど変わらない、平坦な胸。それに飾り気のない自分の髪の毛。気にしてこそいるものの、人に対して見れるような飾りは一切していない。化粧だって外に出る時以外は最低限の保湿や、肌荒れの対策しかしていない。人間の彼には見られない物ではないだろうが、個人的には見せられる代物じゃない事もわかっていた。

 こんな姿じゃ、仮に会ったとしても幻滅される、か。

 感傷に浸りそうになって、慌てて首を振る。


「……危ない、感傷に浸るところだった。あっちに関わる気が無いのなら、私から探し出して関わるなんてメンヘラみたいじゃないか、みっともない。薄情な鯉なんてしったことか」


 ぶつくさと文句を口に出せば、更にイライラはたまっていく。まるでゴミみたいだ。


「……そろそろ寝よう、起きててもいいことない」


 こういう時は気分転換に限る、人間の世界ではそうだと相場が決まってる。

 ペットボトルとプラスチックの箱だらけの部屋を足で這うように進んでいくと、視界の端にゴミ出しの曜日が書かれたカレンダーが目に入る。そこには赤い丸を付けて、ペットボトル!と自分の文字で書かれていた。

 そういえば、大家殿にゴミ出しもちゃんとしてくれと念を押されてたか。

 さすがにそろそろ外に出よう。

 部屋の電気を通電させて豆電球をつけるために、エナメル質に近い電機のスイッチに手を伸ばしたのだった。




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