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#5.5「あなたはずっと特別で ―other side―」

 病は気からとはよく言ったものだ。

 酷く気分が落ち込んで自分の寝床から這い出るのもきつい状態が続いていた。

 精神的に何も考えずに寝床に潜っているのが厳しくなり、丸めていた体を少しだけ緩めて余の寝室を見回した。

 まだ誰も居れたことのない寝室は、余しか見ないのをいいことに荒れ放題になっていた。こっそり持ち込んだ寝床用の藁があちこちに散らばっているし、出来るだけ復活できた時に楽が出来るようにここ数週間で溜まってしまっているゴミだって小山が築かれていた。

 きっとこんな部屋をあの人に見られでもしたら幻滅されるだろう。


 ――本当にひどい惨状。 


 鏡はないけど、きっと余は酷い顔をしているに違いなかった。

 自分の惨状とずっとこの調子になったきっかけを思いだして自嘲気味に笑う。


 ――あの人の……。カンバスの鯉みたいに、平等にはできなんだな。


 あの日、余の放送に荒らしと呼ばれる類のコメントが来たのが原因……ではなかった。

 本当はもうちょっと特殊な理由があってこうして落ち込んでいるのだが、正直自分でここまで落ち込むなんて思わなかったのだ。

 このような状態になって配信を辞めてしまったら、それこそ友人や他の配信をしている者たちからすれば笑いものだ。

 だけど、余が本当に落ち込んでいる理由は、あの人に心配されてしまったからだった。

 別に誰かに何かを言われたから気に病んだのではない。ただ、動揺を見抜かれて、あの人に心配をかけさせてしまうなんて思ってもいなかった。もっとちゃんと隠せておると思っておったのに……。あの人には気づかれてしまっていた。

 それが、悔しくて辛くて……。そんなこと他人から見たら、本当にどうでもよいことなのかもしれぬ。

 ただ、体調が悪かったのも重なって自分が思っていたよりもずっとずっとその言葉が勝手に刺さってしまって、心配になって落ち込んでしまっているだけだ。

 だから、今回は大丈夫だったけれど、次は駄目になるかもしれない。

 そんな今はしなくてもいい心配がどこからともなく沸き上がって来てしまう。

 精神的に苦痛になって、吐きそうになって何度もトイレに向かいたくなるけれど、その度に自分の気持ちを押さえつけるように我慢をするしかなかった。


 ――余が惚れたカンバスの鯉は、ずっとこんな気持ちに耐えていたのだろうか。それともあの人は気にしてもいなかったのか。


 彼が配信で口癖のように言っていた出来るだけ誰にでも平等に接する。動揺してそれが崩れてしまったと、まさか恵殿に直接言われるなんて思いもしなかった。それを皮切りに、恵殿に何度も迷惑をかけてしまっていて、彼に対しても強く当たってしまう自分が情けなくなる。

 寝床にしていた藁に寝転がって、毛布を手繰り寄せて縮こまる。


 ――余はやっぱり向いてないのかな。


 こういう考えをしている余には、そもそも向いてないという者もおるだろうか。そう考えて落ち込みそうになるたびに何度も大家殿には相談したし、その度に大丈夫だからと元気づけられてきたけれど、大家殿の言葉で、余は自信を持てずにいた。

 ただ、それでもやりたい事だからと心を震わせて、続けてきたのに……。今回はやけに長く落ち込むものだ、と他人事のように考える。

 こんな調子ではいつまでたっても配信に復活することが出来ないではないか。

 余の配信を楽しみにしてくれている者には申し訳がないし、なにより自分の周り――大家殿と恵殿に要らぬ心配を何度もさせてしまったいるのが何よりも苦しかった。


 ――こんなことなら、彼を利用しなければよかった。


 恵殿を、たくさん利用してしまったのに、こんなことになって居るのが酷く重い罪に感じた。

 大家殿のアイデアと知恵を貸してくれたおかげで、余はなんとかあの人に会うこともできたし、話すこともできた。あの人に直接会うこと自体、タブーだとも分かってはいたのに。

 それでも、余は幸せだった。

 だから、もしこれ以上配信ができないとなったら、あの人を利用した馬鹿な余が悪いのだろう。好きな人と会って喋りたいばっかりに彼の事を騙した天罰なのかもしれない。


 ――やはり辞めよう。協力してくれた大家殿と恵殿には謝らなければならない。


 配信をすることは無くなってしまうかもしれないけれど、余は彼と話せれば十分だ。それだけで余は幸せで、ずっと黙したまま彼との思い出を作れる。

 それでよい。

 そう思って寝床の藁から這い出ようとすると携帯が光っていることに気が付いた。


 ――更新? メッセージか……。大家殿か?


 メッセージには『これ、元気がないだろうけど見てみて』と動画のリンクが貼られていた。

 なんだろうかと首をかしげる。こんな時に大家殿がリンクだけを貼って送って来るなんて、考えもしなかった。

 触れようとして躊躇ちゅうちょしてしまう。

 もう一度ネットに触れるか否かを考えて、どうせやめてしまうならどうでもいいかと大家殿が渡してくれたリンクを開いた。

 動画を開いて数秒の沈黙が続いて、独特の間が広がっていた。何も映らないだけの動画なのに、余はどこか既視感きしかんを覚えた。


 ――余はこれを知っている……。でも、暗転しておるだけで……。


 既視感がある以外は、暗転してしまって少し雑音の流れている動画だった。

 これは大家殿に騙されたのかもしれない。

 そう思って、動画を閉じようとした瞬間。


『えっと、これ写っておるのか?』


 突然、暗転した画面から自分の声が出て驚いてしまい、なにかと思って慌てて動画のタイトルを確認する。そこには余の配信の切り抜き動画と称されたものが投稿されていたようで、さらに驚く。

 切り抜き動画、というのはいわゆるファンメイドの動画で、有志のファンが配信のここが良かったと思ってくれたシーンを切り抜いた物とうわさでは聞いている。

 ものによっては字幕を入れたり、見やすく編集したり。場合によっては配信中にその配信の切り抜きが出ることもあると聞いたことがあったが――。

 まさか自分の事を切り抜いてくれいてる者が居るなんて思わず、目の前の物が信じられずにきょとんとしてしまう。


「あ……そうだ。内容は……」


 どんな内容が切り取られているのかが気になって、大家殿に貼られた動画をすべて見てしまう。

 簡潔に言えば、その動画は良くまとめられていて、この人は本当によく余の配信を見てくれているのだと伝わってくる内容だった。

 動画を見ていくたびに目の間が熱くなって、こらえていないと涙が出てしまいそうになる。


 ――しかし、いったい誰が余の事を?


 不思議に思って投稿者を瞳に映して、愕然とする。

 そこにはカンバスの鯉と名前が書かれていて、――余が、配信をするきっかけと口にした人物が動画を投稿していたのだ。


「どうして……」


 慌てて彼の名前からページに飛んでいくと、彼の投稿した最新の動画は余の切り抜きがいくつも……。少なくとも表示される範囲は全て余の切り抜きになっていて、さらに驚くことになってしまった。


「……っ、大家殿」


 自分で見ているものが信じられなくて、呆然としてしまっていたが、この動画を貼ってくれた相手を思いだして、緊張と興奮で震えてしまっている手で大家殿に『これは?』と送る。数秒も待たずして返事が返って来た。


『見た?』

「み、見たがなんで余の事を彼、カンバスの鯉殿が?」

『ファンなんだって。配信を初めて見た時からの』


 大家殿の言葉に余はまず一番先に疑いを持ってしまう。今の今まで彼はネットで誰が好きとか何が好きとかは一切口にしていなかったはずだ。

 見ている動画が信じられず、カンバスの鯉という名前で検索してしまう。

 するとどういう事だろうか。

 今までは彼の配信やアカウントが一番上に来ていたのに、いつの間にそうなったのか。そこには彼が上げた余の切り抜きの動画群やどこどこがおもしろかったというコメントや一言であふれていた。

 持っている携帯だけではもどかしくなって、寝床から飛び起きてリビングのパソコンに向かって電源をつけた。

 パソコンの読み込みが遅いことに、もやもやとしながらも動いてくれたパソコンの画面で彼のあげた動画を一つ一つ確認していく。

 どの動画も全て隅々まで見ていてなおかつタイトルに偽りなきジャンルでまとめられていて、余の事を分かりやすく伝えようとする編集が施されていた。それも、ちゃんと内容が違う物を。

 生半可な時間を割いただけではこれほどの量を。それも本当に好きだと思った部分を切り抜いて文字まで加えて編集するなんてできないと、余も自分で動画を作ろうと思ったからこそわかる。

 それほどの熱意と気持ちがこもっているものだった。

 どの動画の再生数も多いとは言えない。それなのに、彼は辞めずに今日もまた新しいのを投稿していた。何よりも信じられないのは、あそこまで、平等に接すると言っていた彼が余の動画ばかりを上げて、直接コメントで応援していると書き込んでいるのだ。

 リアルまでそう言葉にしていた彼が。

 ふと気が付くと、動画を閲覧していた傍らで、コルセアチャンネルと書かれたページと配信予約を入れるという文字が書かれていた。

 いつの間に、余は開いていたのだろう。

 別に無意識で開いていたわけではない。またやりたいと思ってしまって自然とそうしてしまっていた。


「……あはっ、余は本当に運が良い幸せ者だ」


 そう言って余はさっきとは別の意味で自嘲気味に笑った。



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