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#5-2


 呼び出しを受けた俺はさっそく千歳さんの家の塀に手をかけた。


「しかし、いったい何のことで呼び出しされたのだろう」


 ここに来るまで色々考えてしまっていたが、すぐに本人に直接聞いたほうが早い、という結論に至った。

 そもそもなにかあるから呼び出されたのだ。彼女に手間をかけさせてしまうのは申し訳ないが、どんな理由で呼び出されたのかは直接聞かないと判断ができない。

 相変わらず今の日本では珍しい塀を抜ける。足を踏み入れようとして、ふと、前に魔法で死にかけたことを思い出して足が止まった。

 実は死にかけていた、と言われたのだ。怖くならない方がおかしい。

 恐る恐る中庭の方に足を踏み入れると、前の時の様におかしな雰囲気はなく、普通の庭があるだけで少しだけ安心する。

 屋敷の方はと見ると、いつものように開け放たれている部屋が見えた。そこに呼び出した当人である千歳さんが奥のテーブルに正座して何か作業をしているようだった。

 縁側のすぐ近くまで来ても千歳さんが気が付かなかったので声をかけることにした。


「千歳さん? すいません、今来ました」


 そう声をかけると、きょとんとした表情の千歳さんが振り返り、すぐに口元をほころばせて微笑まれた。


「んー? あっ、才三くん! にゃはは、いらっしゃい。こんなに早く来てくれるなんて思わなかったから。今日は迎えに行けなくてごめんねー」

「いえ、偶然ぐうぜん暇でしたし、そこは問題ないんですけど……」

「うん、まあ呼び出して置いてあれなんだけど、今の作業があとちょっとで区切りがつくから、さっそく上がって待っててほしいな。座布団は部屋の隅にあるのを使ってもいいから」

「あ、はい。失礼します」


 言われるままに縁側から上がらせてもらい、座布団を引っ張ってきて離れ過ぎず、近すぎない距離に腰を下ろすことにした。


「ちょっと待っててね。今これを終わらせちゃうから」


 すると、ちょうど座ったタイミングくらいを予想したのか、千歳さんが背中を向けたままそう言った。


「分かりました」


 そう答えてから、千歳さんが何をやってるのかが気になって思わず手元に視線を移す。

 どうやら石に何か文字を掘っているらしく、あまり自分が見ない方がよさそうという事だけは分かって別の場所を見ることにした。

 待つ時間というのは落ち着かないもので、つい部屋の中をきょろきょろと見渡してしまう。自分でもあまり褒められた行為ではないと思うが、千歳さんに呼び出しを受けるのは相応の事、体が勝手に緊張してしまうのは止められそうにない。

 緊張していると、千歳さんは「大丈夫だよー」と声をかけてくれた。


「大丈夫、ですか?」

「うん。今日は君が変に魅かれるものは置いてないから。まあ、仮に置いてあったもたぶん大丈夫かなって思うけど」

「そうなんですか?」


 千歳さんの口から大丈夫と聞けて、襲ってきていた恐怖からは解放されたと知って胸をなでおろした。仮に千歳さんの言葉が嘘であったとしても安心して――。


「うん。だってここ数日コルセアちゃんに会ってないでしょ?」

「…………」


 安心させてもらえなかった。

 衝撃で冗談が出かけた口を止めてしまうほど千歳さんの言葉は鋭かった。

 何も答えられずにいると、千歳さんがくすくすと笑った。笑われてから千歳さんにカマかけをされたことに気が付いて、自分の正直さに落胆する。

 動揺しているとはいえ、ここまで綺麗に引っかかってしまうと腹をくくるしかなさそうだった。


「にゃはは、その様子だと本当に会えてはないみたいだね」

「えっと……、まあ、はい。本当にごめんなさい。彼女の事も気にかけてくれって言われたのに、何も出来なくて」

「にゃはは、コルセアちゃんのファンなのにそっちを優先してくれるんだ。ん、まあ怒るために呼んだんじゃないから、そんなにちぢこまらなくても大丈夫だよー」

「さすがにファンとはいえ立場はわきまえていますので……。というか、怒るためじゃなかったんですか?」

「みんな僕が呼び出したり現れたりすると怒られるって思うよね……。んっとね。今日呼んだのは才三くんはどう思ってるのかなって思って」

「俺が、どう思う、ですか?」

「うん。だって才三くんのことだから、コルセアちゃんの自信が無くなっちゃってるのは知ってるんでしょ?」

「ど、どうして、そう思うんですか」


 どんな内容で呼び出されたのかと思ってはいたのだが、いきなりコルセア様の事で核心をつかれてしまって動揺する。

 千歳さんも俺が動揺するのは分かりきってたのだろう、また悪戯っぽく笑った。


「にゃはは、今の君を見てればなんとなく。……って言いたいんだけど、本当はコルセアちゃんから相談を受けてたからね。今の君の反応からしてそうじゃないかなって」

「ああ、なるほど。それでですか」

「うん。一応大家だし、そういう事はいち早く気づいたほうが都合が良くて……。あ、でもずるいって思わないであげて――」

「分かってますよ。コルセア様のファンとはいえ、ずるいなんて思っていませんし、近くの頼りになる人を優先するのは当然だと思います。それに、ここで俺がずるいって言うと、コルセア様が一番気にする性格のはずです」


 相談された自分に対してずるいとは思わないであげて。おそらく千歳さんはそう言葉にしようとしていたと思い、先回りしてそう答えた。

 元々、コルセア様が真面目で努力家なのは配信を通して伝わってくるほどなのだ。真面目過ぎて、誰かに頼ったことに対してとやかく言われるのが苦手な性格なのは、この前の俺へ申し訳なさそうに頼みごとをする時点である程度把握はできている。

 まあ、今更ファンである俺に知らないで居ろという方が難しいが。

 嫉妬深いファンからしてみれば、自分の知らないやつに頼るのかと怒り心頭かもしれないが、幸い、俺は嫉妬深くもないし、千歳さんが頼りになるのは重々承知している。

 そう考えて即答すると、今度は面白そうにけらけらと笑われてしまった。


「にゃはは、本当に才三くんはコルセアちゃんの事が好きなんだねえ」

「ファンですから」

「うむうむ。君みたいなファンが多ければいいんだけどね、っとこれで仕事は終わり」

 やることが終わったのか、千歳さんは石を掘るのをやめて、正座を崩してこちらの方に向き直った。足も同時に崩したのだろう、ふわりと、彼女のスカートの裾が舞った。

「今日、才三くんを呼び出した本題なんだけどさ」

「はい」

「今回のことに関しては君の方が詳しいかなって思って呼んだんだよ。どうすればいいかなって僕だけじゃ判断が出来なかったからね」

「俺に、ですか?」

「うん。だって僕は君にしかコルセアちゃんの事を頼んでないもん。まあ、そこは任意だったからあんまり強くは言わなかったけど……」


 ちらりと、千歳さんはこぶしを握ったまま口元を隠して俺の方を眺めるのが分かった。やがて俺の視線と目が合うと目を細めるのが見えた。


「ちゃんと君もコルセアちゃんともコミュニケーションをとってくれてるのは、相談内容からも伝わってくるしねえ」

「いやまあ……」


 半ばしろと脅されたとはいえ、相手はコルセア様だ。隣人という立場であるのなら彼女に直接協力しないなんて選択肢があるはずがない。

 俺がファンだからコルセア様の手伝いをお願い、と言われたら断っていたかもしれないが。

 しかし、千歳さんが相談内容、という言葉を口にしたのが聞こえて首を傾げた。


「あの、千歳さん。聞いてもいいですか?」

「うん、僕に答えられることなら」

「コルセア様に相談されたって言ってましたけど、いったい、何を相談されてたんですか?」

「ああ、うん。元々コルセアちゃんの身の回りの話とか、色々どうしたらいいかとかは相談に乗ってたんだよ。だから君とコルセアちゃんが仲良くしてたのは知ってたんだけど」

「はい、まあたぶんそうなんじゃないかなとは」

「最近の子にしては察しが良くて助かる。まあ、でも、今回のはちょっと僕の手に余るなって思って、才三くんを呼ぶことにしたの」

「それが本題ですか?」

「ご名答。っていうか、まあそれ以外ないかもだけど」

「内容は、その……聞いても?」

「もちろん。そのために呼んだんだし。君は直球と、遠まわしで言われるの、どっちが好き?」

「今は……。頭が混乱してますし、出来るだけ直球で」

「了解。じゃあドストレートに。……コルセアちゃん、配信続けようか迷ってるんだって」

「っ、そ、うで、すか……」


 動揺しすぎて、ちゃんと返事が出来たか自分でも怪しかった。

 当然だ。コルセア様がとるであろう選択肢の中で、もっとも考えたくない話を持ち出されてしまって愕然がくぜんとした。

 千歳さんは俺の反応を予想はしていたのだろう。意地悪く笑うのが見えて、千歳さんへの怖さが少し増した。


「ふふ、やっぱりそうなるんじゃないかなって想像はしてたんだね? コルセアちゃんソムリエは」

「……このタイミングでソムリエってなると、だいぶ気持ち悪い人間になりません?」

「にゃはは、気にしない気にしない」

「否定されない……。えっと、聞いてもいいですか?」

「いいよ」

「なんで、その内容で俺を呼んだんですか」

「ん、そうだね。君はストーカーに近いレベルの自他ともに認めるコルセアちゃんの大ファンでしょ?」

「本人に直接言うのはできるだけ控えてますが、まあ、はい。否定はしません」

「声の調子とか、張りとか。あとは抑揚とかチャットの文字の選び方で、ある程度精神状態も把握できるかなって思って。後半は冗談だけど」

「さ、さすがそこまではちょっと……」


 千歳さんがこういう界隈についてどれだけ知っているのか分からないので、曖昧にそう答えた。

 次の配信時間とか、喋ろうとしている内容だとか、身長と体重はこれくらいではなかろうかと声で判断することをストーカーだと言えばそうかもしれない。

 自分でも確実にファンとして一線を越えると認識しているので絶対本人には言えないが。


「にゃはは。まあ、僕もコルセアちゃんに関して一番詳しいのは君だと思ってるから。今回の原因に何か心当たりとかあるんじゃないかな、って思って呼んだの」

「心当たり、ですか」

「そうそう。コルセアちゃんに配信を勧めたのは僕だけど、コルセアちゃんの配信を一番見てるのは才三くんだからね。僕よりかは何かに気づいてるんじゃないかなって。違う?」


 そう言われて、一番最初に思い浮かんだのは、この前の配信だった。

 あの配信の直後からコルセア様の態度が明らかにおかしくなっていた。あの手のコメントは俺が知っている限りは間違いなく初めてだろうし、それが原因の可能性も十分高い……はずだ。

 ただなんとなく……。なんとなくだが、今回の自信の無くし方は配信の方が原因ではない気もしたのだ。自信を無くしているのは間違いないのだが、説明しづらい。

 強いて言葉にするのなら、創作初心者によくある憧れとのギャップに近い、というべきか。

 ただ――。


「自信を無くしているって点は間違いないかなって思います」

「ふむふむ。それは配信者として?」

「配信を悩んでるっていう事を考えればたぶん……。あまり自分で人気がないなと思っている中でアンチ――自分のことを悪くいう誰かの言葉はだいぶ心に刺さってしまうものだと思うので。もちろん、それこそが人気の証だーって自信の糧に出来る人も多いんですけど……」

「ん、コルセアちゃんは無理だろうね」

「まあ……。少なくとも底抜けに明るいとか、自分のミスを他人に押し付けるタイプではないので」

「うーん。そこだけ聞くと一時的な気もするんだけど……。コルセアちゃんは真面目だからなー」


 千歳さんもどうするべきか悩んでいるのか、腕を組んで頭を振り子のように振り始めた。

 今回の件がでコルセア様が配信を辞めようか悩んでいるということ自体は、千歳さんの言う通り一時的な落ち込みであるのは間違いないと思う。

 しかし、コルセア様の様に真面目で真剣に取り組むタイプの性格では、一時的な落ち込みは致命的な自信の欠如にもつながってしまう。

 初めて経験する事だからこそ、周りがはげませる何かを持たせなければいけない。

 しかし……。


 ――どうすれば、コルセア様は元気になるんだろう。


 他人がどう喜ぶかとか、どういうのが好きなのかとかを考えてはみるのだが、竜人であるコルセア様が、何をしたら喜んでもらえるのかなんて、ファンであったとしても難しい話だ。

 とりあえず一般的に思いつく元気の出る方法を考える。


 ――美味しいものを食べるとか? いや、人間の食べ物で何が特別好きなんてまだわからないし……。気分転換の方が良いだろうか。部屋を出るとか、別の趣味を一時的にやるとか。それから……。


 色々な思考が飛び回って、ふと正面に目を向けると、千歳さんがにやにやと笑いながらこっちを見ていた。


「えっと、なにかありましたか……?」

「ううん。何度でもいうけど、本当にコルセアちゃんの事が好きなんだなって思って」

「それはまあ」


 急に好きだと口にするのが恥ずかしくなってぼかしてしまったが、それは言うまでもないことだと思う。

 俺が彼女に出会えたのは偶然だ。偶然、生気を失ったと言っても過言ではない時期に、偶然、彼女の配信をいち早く見て、偶然、彼女を好きになった。

 ライバーでも、亜人のコルセア様でもない。

 好きなものを無くした俺を、地獄のふちから救ってくれたのはコルセア・ラ・ミナミ・モンテイジ・デ・ネージ。その人が俺を救ってくれたのだ。

 一方的な救いとはいえ、窮地きゅうちを救ってくれた。そんな相手に感謝をできない人間にはまだなったつもりはない。

 他人から見たらちょっと気持ち悪いとは、自分でも思うが。

 俺の答えに満足したのか、いつも悪戯っぽかったり、猫っぽい笑いを見せている千歳さんが心底嬉しいと言わんばかりにくすくすと笑っていた。


「ふふっ、そっかー。羨ましいなー」

「恥ずかしいんですが……」

「にゃはは、そこは自信持ってほしいなあ」

「ちょっと厳しいですね。それにそこまでいうことですかね」

「えー? だってこんなに自分を好きになってくれる人が居るんだよ? そう言うのって、あんまり人間の中じゃ見ないから、羨ましいなって思うのは当然じゃないかな」

「当然ですか」

「っそ、当然当然」


 千歳さんはそう言ってテーブルに肘をついていた。

 たしかに千歳さんにそう言ってもらえると救いではあるのだが、今はそんなことを言ってる場合ではない気もする。

 そんな俺の考えを読んだのか、千歳さんは「安心して」というとテーブルの上に放り出されていた携帯を手に取ると、そこに書かれている文字を確認するかのように目を滑らせた。



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