幕間「禅問答になるが良いか?」
「おお、恵殿。よく来てくれた」
彼女の部屋のドアが開かれた瞬間、彼女――コルセア様はそう言って笑顔で俺を迎えてくれた。
もうこうして彼女に迎え入れてもらうの何度目だろうか。ファンだからというのもあるが、異性の部屋に招かれるというのは正直心臓に悪い。
今日、ここに来たのは、この前の音無し事件――俺が勝手にそう言ってる――、の事件の原因でもあるマイクの買い替えを相談したいと“大家さんと通じて”連絡があったからだ。
というのも、これまたファンをこじらせて……。いや、どちらかと言えばネットの知り合い間特有というべきか。未だにコルセア様と連絡先を交換していないのだ。
なまじっかネットという世界で、お互いの近況を知れてしまうので、連絡先を交換するのをついつい忘れるのだ。
そんなこんなで、大家さんから回ってきた連絡曰く、
「今日は余のマイク選びを手伝ってくれるのだろう?」
と、いう事らしい。
そう言った当人であるコルセア様は上機嫌そうに笑っていた。
今日のお手伝いは、自分一人だと判断が付けられないから知識のある人にどんなマイクが良いか、そう言ったお願いだ。
しかし、マイクと一口に言っても色々と種類があるし、俺もそこまで詳しく調べたことは無いので、専門知識は殆どない。それこそ、知り合いから又聞きした知識ばかりだ。
なので、推しである彼女に直接教えてほしい、と言われると少々ばつが悪くなる。
「手伝うのはいいんだけど、俺もそんなに詳しい方じゃないから力になれるかな……」
「何を言う。マイクで拾える音の限界……。音のあっぷ? というのだったか? を知ってる時点で余よりも詳しいから心配しないでくれ」
「それはまあ……」
「あはっ、だーかーらー、心配せずともよい。それよりも恵殿はずっとそこに立っているつもりか?」
コルセア様はそう言って首を傾げるのが見えた。
確かにこのままここで話していても俺が緊張する時間が増えてしまうだけだ。
「あ、いえ。……うん、お邪魔します」
「うむ。入ってくれ」
静々と、また彼女に促されるままに部屋にお邪魔することになった。
* * *
コルセア様がパソコンを置いているリビングに入ると、コルセア様がパソコンの電源をつけながら「すこし待っていてくれ」と廊下の途中にある部屋の方へと向かっていった。
なにをするのかと思っていると、部屋から出てきた彼女は何かが書かれた紙を握っているがの見えた。
「それは?」
「すまぬ、これはどうだろうというのをいくつか見つけておきたかったのだが、恵殿が思っていたよりも早くて準備がまだ済んでいなくて……」
「ああ、おっけ。俺もこっちで幾つか探してみる」
そう答えると、コルセア様はいそいそとパソコンの前に行って紙を広げたので、俺がその紙を見ようとすると、羽をバッと広げて俺から紙が見えないように隠されてしまった。
「むっ、みるでないぞ」
「了解です。大人しくお手伝いさせていただきます。……えっと、ソファ借りても?」
「うむ」
彼女がそう答えたっきり、パソコンの画面にくぎ付けになって必死に打ち込み始めたので、コルセア様にいつ声を掛けられても大丈夫なように使えるかもしれないマイクを探す。
検索で出てくるものを見ているうちに、コルセア様がとりあえずすぐに何とかなる市販の物を手に入れた理由がよくわかってきた。
しばらく見ないうちに市販されているマイクも性能が良い物も数自体が増えてきているようで、知識のない人間からすると、どれが良いのだろうと色々目移りしてしまいそうになるのだ。
一つ一つの商品を確認していると、不意にコルセア様が声をあげる。
「これだ! 恵殿、これなんかどうだろうか!」
「お、うぃっす。どれどれ……」
コルセア様に呼ばれて、彼女の画面を確認するためにソファから立ち上がって彼女の机に行く。
画面を見ようと思って、近くまで行くと、コルセア様の羽がきゅっと縮こまって、椅子を少し横にずらしてくれる。
推しの横に立つという光栄に感激しながらも、ドキドキしながら彼女の画面を確認した。
「どう、だろうか」
コルセア様が見せてくれたものはちょっと意外なものだった。
画面に映っていたのは、だいぶ古い型で、それこそ自分がコルセア様に渡した音響素材を使っていた時期に出たものだった。
悪いものではないが、わざわざこれを選ぶというには古すぎる気がした。
「さすがに昔の過ぎるのでは……?」
「む、そうか? 余からしたらあまり昔ではないと思うのだが。……も、もしかして人間の基準だともう古いのか?」
「あー、なるほど。その目線で見たら確かに」
「や、やはり余も古いのか?」
「ごめん、そう言う意味じゃなかった……。こういう機械って三年ぐらいたったらもう古い型になっちゃってて……」
ふと、コルセア様にマイクの事を話していて、疑問が頭の片隅をよぎって言葉が止まる。
彼女――ライバーとして活動するコルセア様は、リアルでも本当に人間ではなかったわけだけれども、人間ではない彼女と人間である俺でどんな違いがあるのだろうか、と。
ついついそんなことを考えてしまって、横で画面を見ていたコルセア様に視線を移す。
そこには、白くて、透き通っていて……。青白く輝く殻と、鱗が何枚あるかまで見えそうで――。
じっと彼女に見惚れてしまいそうになって居ると、ふいにコルセア様がこちらを向いて、ぼけっと眺めていたのがばれたのかと心臓が飛び跳ねそうになった。
「恵殿?」
「あ、いや、すいません」
「ふふっ、何を謝っておる」
「なんとなく。えっと、何の話をしてましたっけ?」
「機械は三年でもう古くなると言っていたぞ。なにか別に気になることがあったのか?」
「ああ、いや。この前――、ほら、音無し……、じゃない。マイクの音を出すのを手伝った時にさ」
「うむ。あの時、恵殿が手を貸してくれて本当に助かったぞ」
「お、おおう。ありがたき幸せ。……えっと、その時色々、コルセア様の事を聞いたんだけど」
「ん、確かに余の事を少し喋っておった」
「それで、その時に聞いてて思ったんだけど、存在証明とか、知ってもらうって話。あれって結局どういう事だったのかなって」
「ああ、うむ。それか……」
かえってくる返事が芳しくなくて、俺はやってしまったかと血の気が引く思いがする。
この前はさほど気にしてはいる余裕――主に罪悪感と緊張で――なかったのだが、彼女にとって触れてはいけない話だっただろうか。
「ご、ごめん。なにか問題が……」
「む? すまぬ、それは無いのだが、その……。唐突だが、余は自分が会話はあまりうまくないと思っておる」
「えぇ?」
「むっ、なんだその反応は」
「い、いや、そんなことないと思いますけど」
そもそも彼女は雑談メインの放送ばかりしているのだから、あまり会話がうまくないとは思えないのだが……。個人的な経験談に近いのだが、そう言った雑談がうまい人は会話を切らない癖、というべきか、コツを分かっているのだ。退屈させないのが上手いというのかもしれない。
俺は喋り始めると好きなことに熱中してしまうので、あまり得意ではない。
しかし、俺の言葉にコルセア様は大きく首を横に振ると、背もたれのコの字から出ている尻尾も背後で揺れた。
「そんなことある! それはともかく、教えるのに問題はない。だが、会話が上手くないというのは人間とのという意味でな」
「一気に話が大きくなった。……と、いうと?」
「人間である恵殿が、竜人の何が分からないのか。それが余にはわからないのだ。余も知らぬことも多い。……だから、恵殿が気になることを聞いて、余が質問に答える、というのはどうだろうか」
たしかに、彼女の言う通りかもしれない。
仮にだが、自分の事を話すとして、相手が何を知りたいかなんてわからないのは特別でも何でもない。今から聞こうとしているのは、いわゆる普通の人間が絶対に知り得ないことだ。それをどう話したら伝わるか、と聞かれるとすごく難しい。
そう思い、彼女の言葉に頷きながら、俺はソファに戻る。
「分かりました。えっと、作業は続けながら聞くとして……。先に聞くんですけど、聞いちゃダメな事ってあります?」
「ん、余にはない、とだけ。だから恵殿が聞いたらまずいと思うのは聞かないようにしてくれると嬉しい」
「もちろん、そこは人として弁えます。じゃあまずは……、コルセア様ってライバーの設定と同じく竜人、って認識で大丈夫なのかなって」
「うむ。余はそなたちの言う竜人と呼ばれる種族だ。例えるなら、羽のある西洋竜と人間を混ぜ合わせたような種族、という言葉が分かりやすいかもしれぬ。もちろん、種族としてプライドを持っておる者たちがドラグニアンという名が正しいと語る者もおるが、余は特に気にしてはおらんから好きに呼ぶとよい――。恵殿、マイクの話なのだが、これはどうだろう?」
「どれどれ……。それだとたぶん今のマイクと同じこと起きると思う――。それで、その……竜人とか、亜人って他にもたくさんいるって認識した方が良いってことかな?」
「むう、機材は難しいな……。ん、余以外は幻想種はたくさんいると思うぞ」
「幻想種っていうと?」
「詳しいものたちや当人からすると一緒にするなと怒られてしまうが、妖怪や怪物。竜と言った類の存在、と言った方がわかりやすいと思う。知ってもらうことで人間たちのいる世界に存在出来る者たちは、人間の言葉を借りて幻想種と母上たちにも呼ばれておった」
「えっと、その話の流れだと亜人や人外は違う、ってこと?」
「余はあんまり詳しくないが……人間の世界で言うと、エルフや、小人。オーク。それにもんすたーむすめ? といったたぐいの話か?」
「世間的には」
「ん、余のように幻想種の者もいると聞く。ただ、エルフやドワーフなどはもともと存在していたーとか、幻想種として存在していたとも言われている。が、詳しい事は聞いておらぬぞ」
「コルセア様でも詳しくないってことか?」
「うむ。実際にエルフやドワーフたちが存在証明をして存在しているのか、元々この世界に居たのかは余にはわからぬ。余は……少なくとも恵殿に会えた理由は誰かが余のような種族を認知してくれたから、と聞いておる」
「なるほど……。じゃあ、そのつながりで。この前の話から聞いててずっと気になってたんだけど、存在証明って何か聞いても?」
前に配信をしている理由を聞いた時も言っていた気がするけど、仕事と一緒にできるから好都合だったとかなんとか聞いた気がするが、いまいちどういう事なのか判断が付かない言葉だった。
この世界に存在するために必要、というのは分かったから、深くは考える必要はないと思っていたのだが……。
正直、知ったところでこの先どうなるとは思えないが、気になると言えば気になることではあった。
「この前も口にしたが、この世界に存在するために必要な物、という認識でよいぞ」
「そうそれ。なんで必要なのかなって思ってさ」
「ふむ、言い得て妙ともいえる」
「と言いますと。――俺こればっかりだな」
「あはっ、聞く側はそんなものだからな――。何故か、と言われれば答えを用意するならこの世界――厳密には世界というよりも空間なのだが――に存在しないため、というのが理解しやすい」
「存在しないから、存在するために……?」
「うむ。本来、竜族や鬼と言った類のものは恵殿たち人間の現代には存在しないだろう?」
「まあ、おとぎ話ですね」
「そう言った者たちが、恵殿が居るこの空間に居るために、自分たちが居るという証拠が必要なのだ」
「だから、知ってもらうために行動して、存在証明をするってこと?」
「うむ。魔族や天族という知られなくても問題はない種族もおるが、そうでなければ基本は空間から弾かれてしまう」
「それで居るために必要って話なのか。でもそれって俺たちが居るこの空間? 世界? に来るために必要ってだけで、生きるためには必要ないんじゃ……」
「ん、そこだけを聞くとそうかもしれぬ。……んー。恵殿は忘却は死である、という考え方は知っているのか?」
「残念ながら」
「忘却、つまり自分以外の人たちに忘れ去られて、人は初めて本当の死を迎える。これは人間たちが生み出した概念だが、余たち――、つまり人間が人外や亜人。モンスターと呼ぶ者たちの中では共通認識でもある」
「日本だと、神様とかは忘れられたら消えてなくなるっていう話は創作でよくあるけど……」
「それに似たような話だと思えば分かりやすいと思う。妖精や妖怪と言った幻想種はそういった誰かの夢幻の願望を自分たちの生命の糧としている者も多い。要は知られなければ、存在が危ぶまれる」
「だから、自分たちの存在を証明する?」
「うむ。そして、そう言った居てほしい、という願望を糧にする幻想種たちが、効率よくこの空間に伝えるために余たちも行き来できるように存在証明をしていると言った事例もある。そう母上が言っておった」
「なるほど……。コルセア様は俺が覚えているから何があっても平気ってことですね」
「う、うむ。そうか」
「あれ、今完全に外しました?」
「き、気にしなくてもよいから……。次があるのなら次に行ってくれ」
「あ、はい。そういえば、さっき空間って言ったっけ?」
「うむ、言ったな」
「千歳さんも言ってたんだけど、空間って言うのはコルセア様も知ってるの?」
「ん、余も表面だけしか知らぬけど……。さっきも余が言った幻想種の居る空間。それと天族、魔族がおるそれぞれの空間。そして、恵殿も居るこの人間が把握してる者しかいない空間。それらがあるというのは知識としてはもっておる」
「えっと、たぶん呑み込めてない」
とりあえず複数の空間という者があるというのは把握できたが……。世界と空間とか、種族の話とかが色々ごちゃまぜになって居るので、常識と噛み合ってなかなかかみ砕けない内容だった。
その意味を込めて答えると、コルセア様はくすくすと笑って、
「ふふっ、実は余も詳しく把握しない理由の一つでもある」
と言って、言葉を続ける。
「そもそも、人間が把握しているのはこの世界だけだろう? 理解しようとして狂う人間なぞいくらでもいる。強いてそう言った類の話を例としてあげるのであれば、並行世界という認識が一番近いかもしれぬ」
「俺たちが住んでる世界と似たようなことがあるってことでいいんすかね……」
「あはっ、恐らくそれでよいだろうな。だから、この世界の常識は恵殿たち、人間が持っている常識とさほど変わりは無いと思ってもよいと思う」
「なるほど……。魔法は? 大家さんも使ってたけど、あれはどっちの空間の物?」
「んー。大家殿が使っておるのは空間間で変わらぬと思うが……。そう言えばなぜこちらの世界でも魔法が扱えるのだろうなあ……」
コルセア様はそう言いながらもキーボードを打つ手を止め、手を握ったり話したりして自分の手を見つめていた。たしか、コルセア様は氷の魔法を使うのだったか。どうして、こちらの世界で使えるかは深く考えたことがないようだ。
「コルセア様にもわからないと」
「ん、そもそも余の常識を説明してるだけだけで、難しいことは何も話してはおらぬからな。その辺りに詳しいのは余ではなく大家殿だから、大家殿に聞くと良い」
コルセア様はそう言って、パソコンの画面に視線を戻して唸っていた。
さすがにそろそろコルセア様のマイクを見つけよう。そう思い、お互いにこれは「これはどうだろう?」とか「こっちも捨てがたい」という最低限のやり取りを一、二度繰り返して、何を買うか決めたのかコルセア様は深くうなずいた。
「うむ、これがよい」
コルセア様は満足そうに決済のボタン――もちろん、番号やら個人情報からは極力目をそらしつつ――、を押した。
彼女が目的の物を買ったのを確認してから、俺はできるだけ自然に彼女の横から離れた。
幸い、俺の心臓が持っているうちに新しいマイクのめどがついてくれたようだった。
心臓が止まるのは凍傷ではない。
ドキドキしっぱなしだった心臓を休めるために息をこっそり整えていると、コルセア様が振り返ってにへらっと微笑んでくれるのが見えて、また胸元がきゅっと締め付けられるような感覚に襲われた。
「ありがとう、恵殿。今日もとても有意義だった」
「そ、そっか力に成れたようならなにより」
「うむ!」
そう言って笑ったコルセア様。彼女が選んだマイクをついもう一度見てしまう。
それは、昔お世話になったこともあるマイクの後継機で、ちょっとした親近感を覚えて俺まで嬉しくなってしまう。
……それくらいの喜びは……、ファンとして許されるだろうか。




