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#3-4


 彼女の話に耳を傾けながらパソコンの調子を見ていると、オーディオのデバイスが更新はされているが、初期搭載の物だということに気が付いた。

 この手の物を凝ろうとすると際限がなくなるので仕方ないのだが、使うマイクによっては拾える音も拾えなくなるので、マイクを確認する必要が出てきてしまっていた。

 マイクの性能もついでに確認してみると、高く大きい音を拾い難いマイクを使っているらしく、このまま使うと、人によっては録音が出来ずに音が飛んでしまうだろう。

 普通の人が小声で使うのなら問題ないかもしれないが、コルセア様の様に配信するとなると少し不便な場面が多くなりそう製品だった。

 実際、これまでも彼女の配信で音が度々飛んでしまうことは稀にあったのも事実だ。

 今まで通りならコルセア様のリップノイズが乗ってしまう程度で、配信を見続けるかどうかの問題は聞く側の許容の問題だったのだが、隣人である俺にばれて声を抑えなくても良くなったという関係上、抑える必要が無くなって音が飛んでしまうということになったのだろう。

 それだけならマイクを買いなおせば問題はないのだが……。


「困ったな……」

「何かわかったのか?」

「一応、たぶん音が飛ぶ原因は分かったんですけど」

「本当か!」


 コルセア様の嬉しそうな声につられて、彼女の方を振り返ると、集中していて気が付かなかったが、吐息がかかってしまいそうな距離に彼女の顔があって喉の奥から声が漏れてしまいそうになった。

 慌ててその声を飲み込んで続けようとした言葉を思い出す。


「で、でも、ちょっと問題が」

「きびしそうなのか……?」

「マイクの拾える音がちょっと狭くて。今のままだと、コルセア様の声をうまく拾うのがちょっと難しいかも」

「そ、そうなのか。やはり安いものを使っているからか……?」


 そう言うと、コルセア様の尻尾と羽があからさまに数センチ地面に近づくのが彼女の背後に見えた。

 どう言葉にしたらいいのだろうか、明らかに落ち込んでいるという表現をすべきだろうか。人間ではないからこそ、感情がより表に出ると言った具合なのかもしれない。

 ここまであからさまにしょんぼりとされてしまうと、自分が悪いことをした気分になって慌ててしまう。


「安くても大丈夫な場合が多いから、そこは安心してほしい。ただ、マイクって音が拾える範囲って決まってて、安くても問題ない場合も多いから気にしない人もいるんだけど……」


 思わずそう言い訳してしまってから、マイクの性能に視線を戻す。

 コルセア様の使っているマイクは音が拾える高低がとても狭いマイクだったようで、そう言う意味では声を潜めての雑談配信には問題がなかったのだろう。しかし、これから色々なことに挑戦するとなるといろいろと問題が出てくるかもしれない。

 根本的な解決をするには新しいマイクを買い足すしかない、という事だ。

 金銭的な事情はさておくとしても、今この場で解決するのはほぼ不可能と言っても差し支えない状況だった。

 そこまで考えて、コルセア様がどう思うかを聞いてみるべきだと結論付ける。


「コルセア様、その。たぶんですけど、今までってだいぶ声を抑えて配信をしてませんでしたか?」

「う、うむ。万が一にも隣人であるおぬしに聞こえないようにと。今は心配せずともよくなったが」

「もし、その時みたいに声を抑えたままの配信なら大丈夫って言われても大丈夫ですか?」

「……その時みたいに、か?」

「声が飛ぶ原因が、マイクの拾える音を飛び越えたときに発生してるみたいで。俺はアップって勝手に呼んでるんですけど、たぶん、それが原因じゃないかって」

「な、なるほど……?」

「だから、声を抑えればたぶん今まで通り音は飛ばなくなると思うんだけど……。どうですか?」

「余が声を抑えればよいだけだ。それ自体できなくはない、が……」

「駄目、かな」

「駄目とは言わない。でも、恵殿はどうだ?」

「俺?」


 まさか俺に言葉が飛んでくるなんて思わなくて変な声で答えてしまった。

 俺が返事をすると、コルセア様は深くうなずいて続きを話してくれる。


「うむ。その、少しばかりこそばゆいが、おぬしも余のふぁん、なのであろう? なら、余は気にしなくてもおぬしが気になるはずだ」

「それぐらいなら俺が我慢すれば――」

「我慢というのであれば、余は頷けん」

「でも、俺一人程度の事なんて気にしなくても……」


 難しい話だが、配信者というのは複数人に対して声や配信を届ける人たちだ。

 俺の様に一人のファンのためになんてやっていたら多くの人たちを無視してしまうことになってしまう。それは見る側としてはあまり気持ちのいいことではない。

 配信を見る人は多数だが彼女の事情を知る俺は個人だ。この場合の多数を取るのはある意味当然の行為でしかない。

 しかし、コルセア様は首を振るとまた昨日の様に悲しそうな表情を見せた。


「たしかに恵殿の言う通り、一人を取るのはあまり賢い選択ではない」

「なら――」

「でも、とも思う。できれば見ている皆に平等に届けたい。もちろん、全員なんて無理なことは口が裂けても言わぬ。でも、余の目の届くところであるのなら、出来る限りの善処はしたい。この言葉は借り物だが、余はわがままにもそう思ってしまう。駄目か?」

「っ……」


 彼女の言葉にどきんと胸が高鳴った。恥ずかしさとも嬉しさともつかない懐かしい気持ちになる。

 ファンとして彼女の為になることを選んでいるのに、俺個人としての気持ちが大きくなってしまいそうになる。

 必死にその気持ちを抑えて、コルセア様の意図を汲み取る。

 ファンとしても、コルセア様に協力をしている隣人としても、彼女がそう言うのであればこのまま配信というわけにはいかないだろう。もっと考えなければいけない。

 俺の沈黙にコルセア様も何かを察したのかもしれない。不安そうにパソコンの画面と俺の顔を交互に見られてしまう。


「……今日の配信はこのままでないと無理そうか?」


 彼女の問いにぐっと答えに詰まってしまう。

 正直に言ってしまえば、このまま配信をするか、彼女の意図通り新しいマイクが来るまで見送るしかないだろう。

 仮に私情で休んだとしても、ヴァーチャルライバーの数は多い。その中の一人二人が一週間休んだところで気にする人は少ない。小さくはないが数人の視聴者が数日の間彼女を見つけられなくなるだけだ。

 それだけなら、当人が我慢するだけでいい。それが問題だという人はファンとしては言い難い。

 でも、リアルの彼女の表情は、何かを我慢する人の表情だった。

 推しに我慢をされてまで優遇されて嬉しいと思うのはファンとして間違っていると思うし、俺個人としても彼女が我慢をしてしまう状況はできるだけ避けたい。

 一つだけ持ってる解決方法は確かにあるけれど……。


「……やはり、迷惑を掛けてはいけないな。うむ。仕方ないから今日の放送は――」


 隣で仕方ないという表情でそう言われてしまって、彼女の問題を解決するための決意が固まる。



「いや、一つだけ方法はある。少しだけ待っててもらっても大丈夫か?」



 そう言って、俺は彼女とパソコンから視線を外して部屋から飛び出した。


「え? ちょ、恵殿?」

「ごめん、部屋に戻ってあるものをとって来る。それで解決できるはず」


 慌てて彼女の部屋のドアを開けて、音がしないようにちゃんと閉めてから俺は自分の部屋のドアの鍵をもたつきながらも開ける。

 靴が引っかかって転がりそうになってしまいながらもパソコンの置いてある寝室に向かう。

 寝室のドアを開けると、そこにはベッドと反対側に置かれた金属のパソコンラックと足元に積まれた小さな棚がある。

 目的の物はそこの棚の中にしまってあったはずだ。

 棚のいくつかの引き出しを探すと、いつか使うだろうと思っていたおかげですぐに見つけ出すことが出来る位置に置かれていた。

 昔の自分に感謝しつつそれを手に取って、パソコンを起動させる。

 これはずいぶん昔に使っていた物だ。

 簡単に言えば、パソコンに取り込む音を良くするもので、音域が狭いマイクでもこれを間に噛ませるだけで拾いづらい音もある程度拾ってくれるようになる。

 万能とはいかないが、これを使うだけでも彼女の音は聞き取りやすくなるはずだ。

 起動したパソコンで動くかどうか最低限の確認をすると、少なくとも自分の使っているパソコンでは問題なく動くようだった。

 動くことを確認した俺は、パソコンを休眠モードにしてすぐに彼女の元へと戻る。

 コルセア様のもとに戻ると、驚いて困ったような表情の彼女が一番先に視界に入って来た。

 よほど慌てたのか、自分の方に手を出して行き場のない手が空中でふらふらとしていて、場違いにもきゅんとしてしまいそうになる。

 入って来た俺に気が付いたのか、ほっと胸をなでおろしていた。俺も俺で肩で息をすることになって居たので、運動不足も甚だしいが。


「め、恵殿。いきなり出て行くから、どうしたものかと……」

「はぁ……はぁ。ん、コルセア様、良ければこれを使ってみてください」

 驚いたままのコルセア様の前に先ほど持ってきた機材を差し出す。

「これは?」

「えっと、一言で言えば音を良くする物です。俺の使っていた古いので申し訳ないんですけど、一応インストールしなくても最低限は使えるのは俺のパソコンでも確認はしてる」

「これで、音が拾えるようになるのか?」

「出来ると思う。でも……」

「でも?」

「その、俺の事を欠片も信用できないって思うのなら、別の策にする。これはその、正直ネット関係の行動ではだいぶ危ない行為だと思うし……」


 ここまで来て本当に渡しても良いか思わず躊躇してそう言ってしまった。

 正直、どのパソコンにもつけることのできる小さな媒体だ。この媒体に盗聴器を仕込むことも、ウィルスを仕込むことも知識さえあればそこまで難しいことではない。

 この危機をパソコンに接続する、ということはそう言ったリスクを受け入れることになる。もちろん、そんなことはしていないが、彼女の視点からはどう思われても不思議ではない。

 黙ったままでいるとコルセア様は「付けてくれ」と声をあげた。


「いい、んですか?」


 思わず敬語で返してしまうと、コルセア様はくすくすと笑った。


「何度も言うが、余が恵殿の命を奪うなど難しくない話なんだぞ? 信頼関係など人間社会のそれだが、恵殿が大事だと思って伝えたというのであれば、これ以上は余の自己責任だ」

「で、でも盗聴器とか、そう言った類かもしれないのに?」

「何か問題があれば、余の責任だともいった!」

「で、でも!」

「むぅ……。よし、そこで待っておれ」

「え、待つって」

「具体的には二分!」

「ずいぶんと具体的な待て」


 首輪は居るか、と思わずネットのノリが口から出てしまいそうになって慌てて口を噤んだ。リアルでネットの言葉を口にするのは非常にまずいとは経験談だ。

 何をするのかとコルセア様の行動を見守っていると、パソコンの横からずんずんと廊下の方に歩いて行って、そのわきにあるキッチンに入っていくのが見えた。

 ダイニングになっているので、一応ここからでも彼女の行動が見守れたのだが、キッチンに入って何をするのかと思っていると、レンジと思わしきものの前で立ち止まって、手に持っていた容器をその中に入れるのがかすかに見えた。

 たっぷり二分、彼女がレンジの前から動かないので妙な沈黙が流れて、背中に嫌な汗が流れてきそうだった。

 やがてレンジの音が鳴り響いた。

 コルセア様がふふんと少し自慢げにこちらを見て、レンジの中から例のものをとりだそうと手を伸ばした。


「あっ、つぅ!」


 見事なドジっぷりも発揮していて、やけにハラハラさせられてしまった。

 ドタバタとしたがすぐに戻ってくると小さなテーブルの上に容器とフォークを置いた。

 そして俺においでとジェスチャーをされたので、ゆっくりと彼女の正面に座った。食事の時にあまり正面に人が居たことがなかったためにほんの少しだけドキドキとしてしまう。


「こ、コルセア様?」

「まあ、みておれ」


 そう言うとコルセア様は目の前で保存容器のふたを開けて、フォークを入れてパスタをかき混ぜて持ち上げるとそのまま食事を始めた。

 見ていろと言われたので、なんだか背徳的な気持ちになりそうになりながらも彼女の食事を見守った。

 一口一口、パスタをすするたびに目を細めたり、竜人とは言え見た目通り人には近いのか口の中でよく噛んで食べていた。

 一心不乱ではないのに集中して食べているのだろう。真剣さがある程度は伝わってきて、ちゃんと食べることに集中する人なのだな、とそう感じた。


「ん、ソース、美味しい」


 数度パスタに口をつけたあたりで、コルセア様はそう口にした。


「えっと、良かったです? 一応どんなのが好きかなって作ったので、気に入ってもらえたのなら嬉しいです」

「うむ。余は人間の食べ物は好きだから嬉しいぞ。……ふふ」

「どうかしましたか?」

「すまぬ。ずいぶん昔を思い出した。母上にそのことを言ったら酒だけは気をつけろと」

「お酒? 一応中に入れるのは避けましたけど」

「あはっ、そうではなくてだな。昔から竜族は酒には弱い種族だと有名でな。だから、母上は避けろと言っていたのだ」

「竜族ってお酒に弱いのか……。コルセア様はどうなんですか?」

「余か? 余は強い方だが、それでも飲む機会は殆どない」


 あまり飲まないのではないかと薄々思ってはいたのだが、竜族という種族が強くなかったのは知らなかった。

 こうして話してみると、コルセア様もやはり普通に生きているのだなと感じる。

 いやまあ、人間のライバーだって生きているから当たり前なのだが。


「でも、コルセア様。結局、なにがしたかったのか、聞いても?」

「んぐ、分からぬか?」

「えっと……」


 言動的に伝えようとはしてくれているので、彼女の言動を思い返してみる。

 急に待てと言われて待っていたら食事の支度をしたコルセア様が食事を始めて、俺はそれを見させられている。

 頭の悪い俺では何を言いたいのかさっぱり伝わってこなかった。


「すいません、あんまり理解できてなくて……」

「ん、ちょ、待っておれ。んぐっ。ん、余は食事をしておるだろ」

「はい」

「この料理は恵殿が作ったものだろう。余が言うのはおかしな話だが、恵殿の言葉をそのまま受け取るのであれば、何が入っているか分からない。ファンに手渡しされたもの。それは分かるだろう?」

「そうですね。自分でもそう言いました」

「あまり自分の信用を口に出すべきではないとは思うが、でも余は渡した本人の目の前で、何の疑いもせず食事を行った」

「はい。そうですね……?」

「ふふ、伝わらぬか? 少なくとも、この場では余はおぬしを信用しておる、という事だ」

「え、あ……」


 説明されてようやく彼女が何を伝えたかったのかを理解して、言葉を失った。

 信用してほしいと口にして行動したのは自分なのに、彼女が何をしているのか理解出てきていなかった。コルセア様は自分の信用を示すためにわざわざ自分の作った料理を目の前で食べてくれたのだ。

 気が付かなかった愚鈍さと彼女の手を煩わせてしまったという罪悪感を覚えて思考が暗くなってしまいそうになる。

 自分の行いを反省しそうになっていると顔に冷たい空気がかかった。

 つられて視線を上げると自分の方を心配そうに見ているコルセア様の顔があった。


「そう苦い顔をするな。余だって同じ立場だったら相手に信用してもらえるか不安になる。余なりに恵殿を信用していると言葉にしたかったのだが……。どうだろうか」

「そのためにわざわざ……?」

「あはっ、人間に信用が無いのは余も一緒だ。でも我が儘をいえばもうちょっと味わって食べたかったぞ」

「本当にもう、コルセア様は……」


 ずるいと思う。個人的にこういう場面で茶化しながらも本音を言う彼女はとても魅力的に映ってしまうのだ。


「あはは……。余にもう一度作ってもらえるか?」

「……コルセア様さえよければ、いくらでも作りますよ」

「それは楽しみだ。余はカンバスの鯉を知ったころから人間の料理は好きだからな」


 朗らかに笑って、コルセア様はそう言った。

 感動しそうになっていると、自分がまだデバイスを握ったままで、取り付けていないことに気が付いた。


「あ……。ん、それじゃあこれ付けておくよ」


 戸惑いながらもなんとかそう口にすると、コルセア様は「頼む」と短く言ってから再び料理に手を付け始めた。

 そんな彼女をまだ見ていたいという欲求に打ち勝って、パソコンに機器を取り付ける。

 取り付けるの事態はとても簡単で、接続できる部分に接続をして音の設定画面で設定を適用するだけだ。念のためにマイクとヘッドホンも繋げて音を拾えるかのチェックもする。

 このマイクの拾える音だと、おそらく少し声を張れば音が飛ぶくらいの音域になるだろうか。

 ヘッドホンは彼女の物。男の俺が無断でつけるわけにはいかないので、音が出る場所に触れないように気を付けながらも耳を近づける。

 マイクの設定を弄りながらマイクに音を流そうとして――。


「…………」


 一瞬だけ躊躇してからマイクのオンにする。


「えーと、『てすてす! 音が通るかのテスト!』」


 殆どタイムラグもなくヘッドホンから音が流れた。

 久しぶりに聞いた自分の声はやはり昔に比べると出なくなってはいた。だが、こうやって音が戻ってくるということはちゃんと接続自体はうまくいっているようだった。

 テーブルに居るコルセア様に向きなおって、設定が出来たことを伝える。


「終わった。一応音が自分のパソコンに流れるのは確認したけど、機器が古いから、接続が甘いかもしれないけど、そこだけ気を付ければもう大丈夫だと思う」

「本当か! た、試してみても?」


 うなずいて場所を開けると、待っていましたと言わんばかりの勢いでパスタの容器を持ったコルセア様が少し離れていた椅子を引っ張ってくる。支えのコの字の部分に器用に横から尻尾差し込んでパソコンの前に座った。

 椅子の背もたれがコの字に曲がっていたのはどうやらそのためだったらしい。

 本来は正座をしやすくするためのデザインなのだが、竜人なりにライフハック手段があるのだなと感心してしまう。

 コルセア様がパソコンの画面を配信のテスト画面を表示して音が入るようにする。

 角が邪魔にならないようにヘッドホンの首にかけるようにつけると、さすがにコルセア様も人が居る前で声を出すのは恥ずかしいのか、マイクをトントンと指でたたいて音が出るのかを確認していた。


「声を出さないと。音の範囲が違うから」

「そ、そうなのか? う、うむ。では……。『あ、あー。あー!』」


 最初は戸惑っていて、駄目だったか不安な気持ちが押し寄せてくる。もしかしたら古い機器だったからダメだったか。それともパソコンとの相性が悪かったか。

 悪い考えに至りそうだったがすぐに配信の方でも音が聞こえてきたのか、目を輝かせて振り返るのが見えてほっとした。


「聞こえる! よかった。恵殿のおかげだ!」

「よかった。それじゃあ、俺はこれで。問題があったら、また呼んでくれ。用事は特にありませんから、呼んでくれればまた来ます。容器はさっき言った通りでいいから」

「あ、まて。せめて玄関までは送っていく」

「でもまだパスタも食べてるし、それに隣だから――」


 そこまでする必要はない。

 そう言おうとするとコルセア様はすでに立ちあがっていて、自分の方へと寄って来る。躊躇してしまっていると、背中に硬くて細長いものに押される感覚がした。

 慌てて確認するとコルセア様は手の代わりに尻尾を使って背中を押していたようで、背中の硬い感触はそれかと納得するのと同時に、普通に手で押されるよりも無駄に緊張してしまうことに気が付いた。


「いいから」


 背中の感触に緊張してしまっていると、そのままぐいぐいと押されて結局玄関まで一緒に来てしまっていた。

 仕方なく彼女の見送りを受けることにして靴を履いてそのままドアを開ける。その瞬間、外からほんの少しだけ暖かい空気が流れ込んできた。

 ぼうっとしてしまいそうになってまた慌ててコルセア様の方へと振り返った。

 ドアが勝手にしまってしまわないように小首をかしげて――やはり両腕は背中の方に回しながら、自分の尻尾と羽でドアを支えているコルセア様の姿があった。

 何もしてないのに、他人の部屋から出てくるというシチュエーションは少しドキドキしてしまうのは俺だけだろうか。

 不思議な感覚だ。


「えっと……。すいません、お邪魔して」

「呼んだのは余だ。気にするでないぞ。それに余のために時間をとってくれて本当に助かった。恵殿は今日の配信も見てくれるのか?」

「もちろん。楽しみにしてる」

「そうか。分かった」


 ほほえんで見送ってくれたコルセア様に別れを告げ、そのまま自分の部屋に戻った。

 自分の部屋のドアを閉めてドアに体重を預けると、背中にはドアの冷たくてかたい感触が伝わって来る。

 ため込んでいた息をはきだしながら特に意味もなく天井を仰いだ。

 もちろん彼女とずっと話していて気が張っていたからというのもあったが、もっと別の緊張感に近いものをずっと感じていたからだった。

 額をぬぐって流れてもいない冷や汗をぬぐう。


 ――まさかコルセア様が、あのカンバスの鯉にあこがれているとは思わなかった。これからはもっと言動に気をつけないといけない。


 彼女の役に立てた満足感と幸福感に包まれながらも、そう思うのだった。



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