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#3-3


 玄関のドアを潜り抜けた瞬間、部屋の中から冬だというのに冷気のような物が漂って来た。

 やはり昨日感じた冷気は寒気などではなく、コルセア様自身から発せられている冷気で、部屋の中が常時クーラーをつけているような温度に保たれているらしい。

 夏場でも電気代を浮かすことが出来そうだが、本人も暑いのだろうか。

 そんな感想を抱いていると、先に女性にしてはだいぶ大きめの靴を脱いで廊下を歩いていたコルセア様から声が聞こえてくる。


「パソコンはこっちだ」


 コルセア様はどこか嬉しそうに歩いて行って廊下の先のドアを開けていた。

 結局断ることが出来ないまま彼女のパソコンの調子をうかがうことになってしまった。

 このまま玄関で突っ立っているわけにもいかず、靴をそろえて深呼吸を一つしてからゆっくりと彼女の後について行くことにした。

 昨日とは別の意味で緊張しながらドアをくぐると、まず目に入ったのは向こうの壁に設置されたパソコンラックとラックに置かれているパソコンと、その目の前に立って操作をしているコルセア様の姿があった。

 彼女の手元には先ほど渡したパスタが入っている容器も置かれていた。

 近くに背もたれの支えがコの字型の椅子が放り出されているということは、俺が来る直前まで椅子に座ってパソコンを弄っていたのだろう。

 パソコンの近くにはベランダに出るための大きな窓があるのだが、厚手の遮光カーテンが引かれていて、窓の向こうからはこちらの事が覗きこめないようになっていて、部屋は少し暗めに保たれていた。

 入ってすぐ右側には自分の部屋と同じキッチンが入っているのだが、ほとんど使われた形跡はなく、汚れのない綺麗な様子で、掃除はしているが使ってはいない、と言った感じだった。

 パソコンのほかには部屋の真ん中に小さなテーブルが置かれていて、飲み物の空やコップが置いてあるところを見ると、普段はそこで食事をとっているのだろう。

 他に何があるかとみてしまうと、パソコンとは反対側の壁に宅配された物と思われる箱が山のように積まれているのが見えた。

 昨日は夜中だった上に電気がついてなかったので部屋の中を一切見る余裕はなかったのだが、こうしてみて見るとちゃんと彼女も生活しているのだなと思う。

 しかし、と宅配されたであろう箱の山を見る。生活必需品の類に化粧品。食品類の名前が書かれているのがいくつか見えた。

 どこかに買い出しに行くよりも安かったり、近くに買い物をする場所が無い時にも便利なため、そう言うのが溜まるのは分かるのだが……。


「どうかしたのか?」


 俺が止まっていることに気が付いたのだろう。パソコンの前に居たコルセア様の方から、そんな風に声を掛けられた。

 彼女の方を見ると、いつの間にかパソコンではなく自分の方を向いていた。


「宅配の箱多いなって」

「ああ……。不思議な事でもなかろう?」

「それ自体は不思議じゃないんだけど、どうしてたんだろうって」

「どうしていたとは?」

「その、日用品とか結構こういうので頼んでたみたいだから。本名で頼んだのかなって。ほら、ライバーの名前も同じだろ?」

「ん、余は本名をそのまま使っておるから、ということか?」

「そうそう。よくそれで今までコルセア様ってことがばれなかったなって」

「ああ、そういう事か。ん、心配せずとも住所と名前は大家殿に貸してもらっておる。必要な物の受け取りもそうかな? 動画や配信だって大家殿に協力してもらっている節も多いからな」

「住所や受け取りは分かるけど、配信まで千歳さんの?」

「うむ。元々興味はあったが、今やっているのは大家殿に勧められたからだ。人間の信仰を集めるのにこれほど効率の良いものはない。信仰自体は余個人としてはあまり必要のないものだが、余の一族――ドレイクやドラゴンの亜人種という単位となると存在を知ってもらえるのは大きい」

「知ってもらうのが大きいっていうのは知名度の事だと思うんだけど、それって不利益にならないのか?」

「んー?」

「例えば、俺の知ってるやつだと極力知られないように生きる、がそう言うお話の中の世界に生きてるような種族って隠れて生きているのが常かなって」

「まあ、否定はしない。が余の答えとだけ」

「続きは聞いても大丈夫なやつ?」

「大丈夫だぞ? まあ、恵殿の言ったように、極力知られないようにしておる者もいる」

「やっぱりいるんだ」

「うむ。じゃが、そう言った類の存在は、まず誰かに知られていなければこの世界に出てくることもできない。そうなれば存在を知られないまま存在をアピールできる、そう言う媒体を介して存在をアピールするのはとても重要だろう?」

「だから、ネットでヴァーチャルライバーとして配信?」

「隠れ蓑としても、存在証明としてもちょうどよいからな。それこそ竜や妖精と言った有名な原種であるのなら話は変わるが」


 彼女の説明を聞いてなるほどと思った。

 たしかに今のネット配信は国内にとどまらず全世界に届く。ライバーは日本が主とはいえ、外の国にもライバーを知ろうとしている人が増えているのは、ライバーを追いかけていればすぐに目に入る。

 信仰と言葉こそ重い物の、要は自分たちの事を知ってもらうという活動方法だと考えると、地道な活動の中ではリターンが大きい部類と言える。


「でも、なんでそれで配信にしたんだ? その……話を聞いてる感じ、別に配信でなくても良さそうな気はするんだけど。漫画とか、小説だってその類かなって」

「ああ、それか? うむ、実はなこの人間界に来た時、色々と勉強のためにネットを探索していてな」

「竜人がネットで探索……」

 今現にパソコンの前に立っている姿を見ているわけだが、改めて竜の姿を模した人がパソコンを操作してネットの話題を探していくのを考えると、想像のはるか上を行くシュールな姿だと思う。

「その時に偶然、余はネットで配信をしているサイトを見かけたのだ。知ってもらう方法を調べていたからついつい調べてしまってな」

「ああ、だいぶ荒潮に飲まれましたね。ネットの海だけに」

「そうなのか? まあ、その流れで行きついた先でカンバスの鯉という名の配信者を見かけたのだ」

「え……、あ、そ、そう、なんだ」

「知っているのか?」

「い、いやまあ。聞いたことある名前だったから」


 思ってもいない名前が彼女の口から飛び出てきて、動揺してしまう。

 カンバスの鯉というのはだいぶ昔にネットで配信をしていた配信者の名前だった。顔も出していない、イラストの配信画面を使って配信をしていた人で、言うほどの人気はなかったが、そこまで不人気というわけでもない。いわば、どこにでもいる普通の配信者。

 それこそネットの海の中では砂粒のような知名度だった。

 だからこそ、というべきか。時間やモチベーションの意地が続かず、自然と配信と動画の数が少なくなっていった。そんな投稿者だ。

 彼女がその名前を知っていることを意外に思っていると、うむうむと頷いていた。


「その者があまりに楽しそうに配信しているのでな。ついついつられて見てしまったのだ。他の物にも手を付けようとは思ったがまずはこれからやってみよう、とな」

「そう、なのか」

「うむ。実際始めてみると楽しくてな。イラストを動かすライバーを勧めて、手配もしてくれたのは大家殿だったが、余の本当の姿を見ても怖がらずに接してくれるのが余も嬉しくてな」

「なるほど……」


 思いがけず、彼女がライバーだけでなく配信を始めたきっかけを聞いてしまった。

 このことを紹介サイトにも書こうかと思ったが、今はとりあえず保留することにした。

 そもそも今日彼女の部屋に来たのはほかでもないパソコンの問題だ。

 今触れるべきなのは彼女の事ではない。

 というか触れたいのはやまやまだが、これ以上触れるとファンとしていけない気がしてくるので早々に問題の方に取り掛かりたかったというのが本音だった。


「パソコンの画面を見ても大丈夫?」

「ああ、うむ。見せねばいけなかったな」


 そう言ってコルセア様は手元に置いていた容器をとって、パソコンの前から体をどかしてくれる。

 彼女の体に触れてしまわないようにと、恐る恐るパソコンの前まで歩いて画面を見ると先ほどまで配信のテストをしていたのだろう。配信サイトの画面が映されていてすでにコメント欄にはコルセア様の配信には待機しているであろうコメントと数字が明記されていた。

 画面の端に小さく猫や犬の動画が流れていたが、それは見えなかったことにする。

 コルセア様のファンとして優越感を覚えなくはないが、逆にここまで彼女に関われるとなると申し訳なさすら覚えてくるのは不思議な話だった。

 ざっと見た感じはエラーも起きていないし、音がまるで出ないと言ったすぐにわかる問題ではなさそうだったので少し考える。


「えっとそれで、何を見ればいいんですか?」

「余の最近の配信は見ているか?」

「そりゃもう毎回、何度も」

「そ、そうか。それなら把握してるかもしれんが、今日も配信の予定があったのだが、試しにテストをしていたらテスト配信の方では音が飛んでいると、教えてもらってな」

「音、か。結構な頻度で、ってことだよね?」

「うむ。前の様に気にならない程度や、回線の問題とも考えたのだが……」


 そう言われて彼女の最近の配信を思い出してみる。

 昨日の夜中の配信まではところどころでしか音飛びをしていないのは確認しているので、何か問題があるとしたらその間、ということになるだろうか。


「何かマイクで特別試した事とかは? 設定を変えるとか」

「ない。強いて言うなら今日の夜の配信のためにテストをしようとパソコンの音を跳ね返していたら配信の方で音が飛んでいることについさっき気が付いた。――もらったものを食べても良いか?」

「あ、ソースも絡めてあるので、食べるのなら電子レンジで二分は温めたほうがいいかな。電気はたぶんパソコン以外ついてないなら大丈夫。――配信で、か……。配信テストは毎回?」

「れんじ。あいわかった。――ああ、テストの方話よな? 無論、余はそう言うところは手を抜かぬ」

「存じております」

「ふふ、そうだろう!」


 嬉しそうな声とキッチンのほうに歩いて行く足音を背後に聞きながらパソコンの電源回りを調べて見る。


 ――ん、電源回りは特に問題はなさそうだな。


 電源回りの問題でないことを確認してパソコンのオーディオ設定を開いてみる。

 動画が開いているからかそれともパソコンをつけてだいぶ時間がたってしまっているのか。少し立ち上がりに時間がかかって手持無沙汰になる。


「のう、恵殿」


 パソコンの応答を待っていると後ろからそんな風に声を掛けられた。


「え、あ、はい」

「少し話を聞いてもいいか?」

「ああ……、大丈夫だけど。反応が遅れるかもしれない」

「余は問題ない」


 いったい何だろうか。

 竜人であるから人間のことについて知りたいとか言われるのだろうか。それはそれでこたえられるか不安だが……。

 彼女が「それじゃあ」とつぶやくのが聞こえてパソコンの画面から目を離さずに耳を澄ました。


「趣味は何をしておる?」


 パソコンの設定画面が動き出したのと同時にコルセア様はそんなことを聞いてきた。

 思っても見なかったことを聞かれたのでむせそうになる。何とか繕ってパソコンの操作を始めながら彼女の問いに返す。


「しゅ、趣味? えっと、普段時間が空いたら何をしてるかって話?」

「うむ」


 思っていたよりもずっと個人的なことで不意を突かれた質問だったが、このままはぐらかすような質問でもなかったので普通に答えることにした。


「それはコルセア様の――」

「おっと、余の配信というのは無しだぞ? それ以外の時間を何に費やしているかだからな。これから世話になるというのなら、少しばかり知ろうとしても罰は当たるまい?」


 先に言われてしまった。

 しかし、そうなると考えなければいけない。

 なんと答えようか迷って比較的日常でやっていて好きな行為を上げることにした。


「えっと、料理はちょいちょいしてるかな? ちゃんとやりだしたのは一人暮らしになってからだけど昔から何か作るのは好きだったから」

「ほう、そんなおぬしの作り置きなんて楽しみではないか」

「うわ、期待はしないでほしいな。所詮は男の料理ですよ。それにパスタなんて誰でも作れるから期待されても……」

「あはっ、そう言うな。余からすれば人間はみな器用だからな」

「人間はってことは竜人族はそう言うことが苦手ってこと?」

「ん、配信でも何度か口にしたように挑戦はしようと思っているんだが、いかんせん道具が、な。人間用では余の手には馴染まんのだ」

「ああ……」


 そういえば彼女は配信で幾度かあまりやったこともないことにも挑戦してみたいとは口にしていた。

 その中に料理もあったのだがその度に見た目通りゆえに挑戦自体も難しいと口にしていたのだ。

 当時は上手にできないのを冗談を交えて断ったのかと思っていたのだが……。

 たしかにコルセア様の爪を考えると難しいだろう。

 料理専用の道具は数あれど、全てが人間用の道具だ。彼女の様に手に鋭い爪が生えている想定もしていなければ、滑り止めは鱗があることも想定はしていない。

 普通に人間の世界で料理やら掃除をするのは苦労するだろう。


 ――何か別の道具でもあれば楽になるのかな。


 そういえば千歳さんが前に日用大工の道具も一応置いてあると口にしていたのを思い出した。


「良ければ、何か考えて見ましょうか?」

「考える?」

「ええ、千歳さんにも頼んで、日用大工で。一応道具があればある程度はできるので、料理道具だけじゃなくて、棚とかも良ければ」

「……」

「コルセア様?」


 返事がないことが不安になって彼女の方を確認する。すると彼女がまた驚いた表情で俺の事を見て大きな瞳をぱちくりとさせていた。

 もう一度「コルセア様」と声をかけると声をかけていることに気が付いてくれたのか、首を振って「すまぬ」と言った。


「少し驚いてしまった」

「何が……。あ、もしかして行き過ぎましたか? ファンとしての境界線的な意味で」

「ああいや、恵殿がその、日用品というべきか。そういった物を作れるとは思わなかっただけでな。他意はない」

「なるほど。まあ、作れるとは言っても簡単な物だけだけど。道具だって千歳さんに借りないといけないからすぐには無理だし」

「そうではなくてな。おぬしが大工もできるというのに驚いた」

「ん、そんな珍しい物でもないと思うんだけど」

「そうか? 余の周りでは見たことがなかったぞ。人間だけに限らず、知っている間にもそうはみなかった」

「そうなのかな? そうかもしれない」


 それ程特別なことだとは考えたことは無かったが、よくよく考えて見れば高校周りも実家周りにも日用大工が出来るという人はあんまり見なかった気もする。

 祖父は趣味で家を作っていたりもするから、日常的に触れるものだったからそう言うものかと思っていたのだがそうでもないらしい。

 彼女の声に耳を傾けながらも、原因を探す作業を続けることにした。

 パソコンの設定やら、音量設定やらそのあたりを色々と眺めていく。



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