きっかけ
誰かの声が響いていた。
その誰かの言葉は余に届けている声ではなかったけれど。
温かくて、思いやりがあって――
なにより、人の事を考えて発言をしていたのを、余は覚えている。
ちいさいちいさい板きれの向こう。相手はそこの中から動けない様子だった。その時は動けないのではなく、向こうの映像をこちらに送っているのだと知らなかったけれど、とにかく余はそう思っていた。
画面の先に居る人間の男が画面の中を流れていく文字に対して、つたないながらも言葉を返していくのだ。
最初は何が楽しいのか分からなかった。
何がしたかったのか、分からなかった。
でも、彼がそうしているのを見て、余は楽しそうだというのだけは伝わって来た。
それが、きっかけだったのかもしれない。
ただ、他に見るべきものがなかったというのもあったし、なにより、他の者を探すのも面倒だったから、勉強がてらに見始めたのだ。
次第に余はその男に興味を覚えていった。
朝も夜も、暇さえあればその声を思い出すようになった。
時折、本人が気づいているかはわからないが、口癖のように言う言葉を覚えたりもした。
それは人間界の言葉だったけれど、余はその男の言葉と声だけは忘れられずにいた。
ああ、本当に参ってしまう。
いったい、いつからそうだったのだろう。
いつから、そう思っていたのだろう。
一言も交わしたことがないはずの相手だった。それも竜種ですらない、この男に。
余は、人間であるはずの彼に――
惚れ込んでしまっていたのだ。