未経験カードゲーマー・手塚とたった5枚の札
久しぶりとなるこのエッセイの更新だが、今回語るのは私の過去ではなく友人の手塚から聞いたエピソードだ。
彼と知り合ったのは大学生の時分だったため、彼が小学生の頃に起きたというこの出来事に私は一切登場しない。
「手塚って誰だ?」
と思った方は過去のエッセイを読み返していただければ大体の詳細がわかるだろう。タイトルに彼の名前を入れているのでそれを目印としてもらいたい。
我々が小学生の頃。もしもこれを読んでいるあなたが現在10代だとしたら、まだ生まれてさえいないだろう。何せ20年以上も前の話なのだから。
当時手塚は友達との付き合いでとあるデパートのおもちゃ売り場に来ていた。目的は大流行し始めた頃の有名トレーディングカードゲーム、遊戯王の大会があったためである。
私も一度だけ経験したので覚えがあるのだがデパートという場所はたまにそういったホビー系統の大会を開催する場所となる場合があり、彼の友人が顔を出したのもそこで開かれる大会に出場する事が目的であった。
聞いたところによると当時の手塚は完全なるお付き合いで来ただけに等しく、カードを所持していないのはもちろんのことルールさえ把握していなかったという。
将来的に書道部部長を押しつけられる羽目となる男はその頃から他人との付き合いを優先し過ぎるきらいがあったらしい。
会場に到着し、くじ引きで友人が座るべきテーブルも決まった。後は開催の合図を待って相手とゲームを始めるのみ。
参加しているのは彼の友人であり手塚本人は外野でただ眺めているだけの予定だった。
が、ここでアクシデントが発生する。
緊張ゆえか彼の友人が腹痛を訴え、トイレに駆け込んでしまったのだ。
慌てていたせいでカードゲームで対戦する際に必須となるデッキ(カードを特定の枚数束ねたもの)も持っていかれてしまい、このままでは友人は不戦敗となる。そうなれば何のために大会に出場したのかわからない。
しかも最悪なことに、友人はトイレに入る前に
「後は頼んだ」
と、小学生特有のその場で何となく飛び出したそれっぽいセリフを残して個室に突撃を果たした。
頼まれたところで手塚はルールを知らないしカードさえ所有していない。
幸い相手も何か別の用事で離れているのか、まだテーブルが無人の状態である。先に座っておけば相手には代理人であると露見せずに済むだろう。
だが問題はカードだ。仮にルールを把握していない状態で参加するにしても、カードを持っていなければ話になるまい。
そこで手塚は周囲を見渡した。
先に述べた通り、大会の開催場所はデパートのおもちゃ売り場。カードなら金で買える。
破れかぶれと言わんばかりに手塚はパックを購入。
因みにこの時点で彼は致命的なミスを犯していた。
これまた先に書いた通り、カードゲームで対戦する場合はデッキと呼ばれる規定枚数のカードの束が必要となる。基本的にはこの枚数を上回っても下回ってもルール違反となってしまうのだ。
そしてカードなど触れたことさえない手塚はその規定枚数が40枚であるなどと露ほども知らず、5枚だけ封入されたパックを一つ購入して勝負に挑んだ。
テーブルについて目の前に対戦相手の少年が座り込む。
大会開始の合図が開催者から告げられた。
「あれ、お前デッキは?」
相手から当然の疑問が飛ぶも、手塚はデッキなるものを知らない。
「デッキ?」
「カードだよ、カード。出さなきゃデュエルできないじゃん」
「ああそっか。ほい、カードね」
そう言って彼は相手の目の前でパックを剥き、中から5枚のカードを出したという。
「………………?????」
当たり前だが相手は相当混乱していたらしい。
「え、デッキ……」
「対戦したいんだけどどうやって始めんの?」
「あの、最初に5枚引くんだけど」
「5枚?」
ここで手塚は何かを察したという。
多くのカードゲームは勝負するとなった時、デッキの上から何枚かを相手に見せないよう手に持った状態で始める。遊戯王のルールでは最初に5枚引かなければならない。
つまり5枚しか持ってこなかった手塚は最初に手札を揃えた時点でデッキを失ってしまったのだ。
「それで、ジャンケンで先に動くかその次に動くかを決める。後は交互に動いていくんだけど……」
「……うん。じゃあ、じゃんけん、ぽん」
嫌な空気が漂う中、手塚の方が勝利したため先に行動する権利を得た。
「で、自分の番になったらカードを引く」
「俺5枚全部引いちゃってもう引くカード無いんだけど」
「あの、じゃあ…………ルールでそっちの負けだなあ……」
余談だが2021年5月現在の遊戯王のルールにおいては先攻(最初の手番を得たプレイヤー)がカードを引けなくなっているため、一応今からやり直せば手塚は一回だけ動けた。
まあデッキの枚数が5枚の時点で論外なのだが。
虚しい勝利を得た相手は、それまで初対面である手塚に親切に接してきた。
が、流石に我慢の限界を迎えたようだ(寧ろそこまで耐えたメンタルと人間性は高く評価されるべきである)。
「俺さァ、今日の大会のためにすっげー頭使ってデッキ組んでさあ。あのカード入れたい、このカードは抜かなきゃ、って色々考えてさあ……」
他のテーブルで小学生達が激闘を繰り広げる中、破れたパックの残骸と5枚のカードを持って愚痴を聞かされていた手塚は当時を振り返ってこう語る。
「周りの観客の人達、他の奴ら無視して俺らンとこにめっちゃ集まってきてたよ」
だろうな。
当たり前の話だが手塚とその友人の大会はその場で終わった。
この経験があるからか、彼はカードゲームなるものに触れないことにしているらしい。罪悪感を覚えるからだろうか。変なところでまともな男である。
そんな彼のカードゲーマー人生(数分)に思いを馳せつつ、私は今日も某カードゲームのソシャゲにログインする。
私は他人に気を遣うのが面倒なのでCPUの相手ばかりしているのだが、童心に帰ってこういった遊びに興じるのもなかなか楽しい。定期的にCPU相手に「勘弁してくれ」「その運を俺にも分けてくれ」と縋りつく無様さもご愛嬌だ。
昨今は流行り病もあり外で開催されている大会に出場するのも難しくなっているし、こういったゲームの存在はありがたい限りである。
が、それはそれとして、また手塚に愚痴をこぼしていたカードゲーマーのような子供達が楽しく遊べる場を取り戻したいものだ。
この手の思い出は一生モノである。
少なくとも、20年の歳月を経て他人が書くエッセイのネタにされる程度には。