友が来たりて「エロゲ欲しい」とのたもうた
先に言っておくと今回、エロティックな表現だとかそういったものはない。
あとサブタイの元ネタとなる18禁ゲームも話の内容とは無関係である。当時はまだ売られていなかったから。
中学二年生の時分に友人の一人から相談を受けた。
彼の名前を仮に白飯と呼称しよう。三年生の終わりの時期に「献立表見たけどもう給食の白いご飯を食べられないんだな……」としみじみ語っていたのを今でも記憶しているからだ。
「どうしても欲しいゲームがあるんだけど、それエロゲーなんだよ。どうにかして手に入れられないかな」
白飯の話を聞くにどうやらいわゆる泣きゲー(エロティックな表現ではなく物語としての質を重視する作品)に分類される某18禁ノベルゲームが純粋に面白そうで、欲しくて欲しくてたまらないのだそうだ。
正直、私には彼の気持ちが理解できた。
私にとってもエロゲーなるものは憧れの存在だったからだ。性的な内容も健全な男子中学生の興味を誘ったが、「対象年齢が18歳以上である事を前提として組まれた物語」なるものに興味があった。きっと重厚で深読みを重ねないと作り手の真意に到達できないような、そんな高尚な作品が多くあるに違いないと。
大人になって何かと作品を漁っている今だからこそ「18禁作品でなくとも深い内容の物語はある」「逆に18禁だから重厚なシナリオが必ず用意されているわけではない」とわかるが、当時の私はコンシューマ版という概念すら知らない子供だったので彼の気持ちを純粋に理解したつもりでいた。
とはいえ、そういった要素を含む物品の中でもPC用のノベルゲームとなるとハードルは高い。
下劣な話をすると例えば猥褻な雑誌などで良ければ場所によっては落ちていたりもするだろうが、求めているのは高価且つ売り場も限られていて内容の密度もそれなりに確約されている媒体なのだ。川原や路地裏に転がっているような代物ではあるまい。
正攻法での入手しか考えられない私と白飯の二人は「いやマジでどうすんだよそんなもん」という思考に陥った。
そこで私は閃いた。
「なあ、白飯」
「ん?」
いかにも名案を思いついたとばかりに、私は得意げな態度になっていたに違いない。
「今日の夜にさ、試しに俺がウチの親に『エロゲー欲しい』つって反応見てくるから。その時どんな反応したかって話を一旦俺から聞いてみた上で、お前が親に買ってもらえないかどうか頼む時の参考にしてみろよ」
今になって思い返しても男らしいのか情けないのか判断に困る発想だ。やろうとしているのは「親にエロゲーをねだって反応を見る」という、しょうもなさで言えば立ち小便に比肩する愚行に過ぎない。
「マジで? わかった」
そしてこの白飯の反応である。「男子中学生はゴールデンレトリバーより頭が悪い」と某少年漫画家の先生が言っていたが、少なくとも当時の我々は良い勝負をしていた。
さて、そうと決めてその日の夜。
私は早速一家の大黒柱である父の部屋に入り、反応を見てみる事にした。
「お父さん、ちょっといいかな」
「おう、どうした?」
ここでいきなり「エロゲー買いたい」と言っても良かった。しかし当時の私は「それだとリアリティに欠けるというかソフトのタイトルとか質問されたら一発で嘘だとばれる」と冷静に判断し、ワンクッション入れようと決意する。
何の決意だ。
「もしもだけどさ、俺が『エロゲー欲しい』って言ったら買ってもよかったりする?」
今思い起こしても完璧な言葉選びであった。何となれば深層心理で自分もこの際許可を得ようとしていたんじゃないかと疑う程に、『エロゲーを欲しがる男子中学生が様子見で親に尋ねる際の言動』だ。
実際に父は私の言葉を受けて黙り込み、しばらく腕組みをして考え込む。
駄目そうか? と眉根を顰めた辺りで父からの返事があった。
「いくつか確認したい事がある」
「はい」
「それはどういった傾向の内容か? それをどこに保管するのか? お母さんには見つからない方がいいよな? 俺もやっていいのか?」
(おいおいおいおい)
意外と肯定的な方向に話が転がっている事に私は内心で驚愕していた。
しかしわからないでもない。多分父もどこか興味はあったのだ。性的なあれこれもそうだろうが、元より小説も漫画も愛好する人である。何なら私とは別にデータを作りながら私より先に時のオカリナをクリアした過去すらあるので、サブカルチャー文化に偏見があるわけではないのだろう。
なるほどなるほど、と私は頷いてからネタばらしに入る。
「まあ、つまりは条件次第で買っても構わないと」
「そうだな」
「ありがとう。でもごめん」
「ごめん? 何が?」
「実は俺がエロゲー欲しいって話をしに来たわけではないんだ。かくかくしかじかで白飯君がな……」
「なぁんだよもう」
安堵と落胆が入り混じった笑顔だった。
まあ私も中学二年生の息子からそんな相談受けたら彼と同じく判断に困るだろう。教育上よろしくない内容でないかどうかだけ簡単にチェックしてから、父と同じようになるべく肯定的に答えた可能性が一番高い。
「じゃあその白飯君が欲しいって言ってるわけだ」
「っても今回の反応見た限りだと正直に話すのが一番手っ取り早い気はするけどな」
その私の発言に父がどう反応したかどうかまでは残念ながら記憶に残っていない。ただ、「そうだな!」と即答はしなかったはずだ。
そんな微笑ましいやり取りの翌日、私は白飯に結果を伝えた。
「割とOKっぽかったよ」
「マジで親に言ったんだ……ダッチ(当時の私のあだ名)お前すげぇな……」
いや「自分が買いたい」って話ならもう少し物怖じしたと思うが。他人事だから気軽に振る舞えただけである。
「じゃあ俺も今日の夜、親に訊いてみる」
「そっか。頑張れ」
「おう!」
この時私は「本当に望み薄ならあんな受け答えにはならないだろうし、大丈夫そうかな」と考えていた。白飯の反応を見るに僅かほども可能性が残されていないような厳格な親御さんというわけでもなさそうだったので、そこに懸念はない。
それよりもどこか嬉しさを覚えていたような気がする。
というのも、当時はまだそこまでオープンなオタクというものがいなかった。いや全くいなかったわけではないのだが、そういうのは電車男によって到来したブームに便乗する形でカミングアウトしているような相手だったのであまり個人的に共感はしていなかったのだ。
そんな時代に一人のオタクが「エロゲー欲しい」と言い出した。相応の信頼関係が築かれていなければあり得まい。
別に孤独を日々感じていただとかそういう陰鬱な中学生活ではなかったものの、やはり開けっぴろげな一面を有する相談事を持ちかけられると自己肯定感が増す。何とも不思議な充足感であった。
冷静に考えれば「こいつならオタクっぽいしカミングアウトしても引かれないだろ」と思われた可能性の方が高かったのだが、当時の私は特にそういう考えを持たなかった。
そんなこんなで更に翌日。
「『大人になってから買え』ってさ……」
「マジで!?」
マジでも出島もない。当たり前の話だ。
結局その時の白飯によるエロゲー購入は見送られたわけだが、彼は今何をしているのだろう。買いたいと言っていたエロゲーを買って遊んでいるのだろうか。
私と同年代なので2019年現在なら間違いなく買っても文句を言われない年齢になっているはずだ。まあ、大人として趣味に没頭していてくれれば何よりである。
彼と最後に会ったのは成人の日の同窓会だったのだが、外見も中身も大した変化は見受けられなかった。居酒屋で私と一緒に真っ赤なチキンに刺身についてきたわさびを塗ったくって頬張り「あれっ、逆に辛くなくなったぞ!?」とか言い合ってたのも既に昔の話である。何をしているんだ二十歳にもなって。
また会えるかどうかなどわからない。しかし仮にもう一度彼と会えたなら、私はどうしても確かめたいのだ。
「お前が中学時代に欲しいっつってたエロゲー、なんてタイトルだっけ?」
ただ気になっただけだからと、買おうとも思っていないくせに訊きたがる。
思えばやはりあの頃は時間的余裕があってこそああいった品に手を伸ばそうと思えたのかもしれない。
溜息を吐きつつ棚に積んであるゲームやら小説やらの山を見て、次の連休に思いを馳せてみた。
多分あの山を削る事などできないまま時間が過ぎるのだろうと半ば確信しながら。