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ライトノベルとの出会い

「初めて読んだライトノベルは何ですか?」


 滅多にされる事のない質問だろうが、もしこの質問を飛ばされたとしたらきっと私は即答できないだろう。

 忘れてしまったからではない。少しややこしい話になるからだ。


   ■     □     ■     □     ■     □   


 それは私が中学生だった頃、季節は冬だった。


 まだ手元にお年玉の残り香を抱いた状態の私は、近所の商店街にぽつねんと存在している小さな書店へと向かっていた。

 内部はその辺にあるラーメンのチェーン店より狭かろう。基本的には一般文芸ばかりが置かれている中で漫画も少しだが紛れているような、ありきたりな店だ。


 私は小銭入れを懐にしまった状態でその店を目指していた。何かしら適当に漫画を買うためだ。

 当時は少年漫画の単行本を410円で買えたので、500円すら持ち合わせのない私でも強気でいられた。


 店に入り、さて何を買おうと漫画のコーナーに向かう。……が、めぼしいものは見当たらない。

 漫画だけを見に来たと思われるのが恥ずかしくて、一般文芸のコーナーも練り歩くが元々興味のないジャンルだ。いかにも何か探しているような振る舞いの中で、私は店を出る頃合いだけを考えていた。


 さてそろそろ取り繕えただろう、と出入り口の方へ体を向ける。

 私の体と出入り口の進路上には何も存在せず、私から見てその二つを結ぶ線の左側にレジがあった。位置関係としてはそんな具合だったはずである。


 私はレジの横に、一人の少女の絵を見つけた。


 最初は漫画か何かだと思ったが、すぐに違うと気付いた。何せ厚みがなく幅が広い。

 白い背景に美しい花と何らかの金属部品らしきもの。そこに全身真っ白な少女が無表情にこちらを見つめていた。

 こういった場で作品名を出して良いものなのかどうか悩ましいところではあるが、実話として紡がれている文章の中で作品を作品として出すだけなら宣伝にはなっても害にはなるまい。というわけで作品名を出してしまおう。




『しにがみのバラッド。-ひとつのあいのうた。-』




 ライトノベル作品である『しにがみのバラッド。』を原作とした絵本である。あの頃の私はそれがライトノベル原作であると知らなかったので、ただ純粋にそういう物語の絵本なのだと認識するだけだったが。


 買わねば、という由来不明の義務感が生じた。

 何も無理に買う必要などないのに何故か「これをここで買わなければ自分は一生後悔する」というよくわからない強迫観念に囚われた私は、早速それを手に取ってレジの人に渡した。


「これください」

「はーい。1500円でーす」


 買えなかった。私の手には410円とちょっとしかない。

 仕方なくその日は家に帰り、どうやって1000円を捻出するかを考えなければならなかった。


 当時はまだ美少女イラストに対して世間がそれほど寛容ではなかった。いや寛容になりつつあった時代だったかもしれないが、ともかく私はクラスにいたオープンなオタクの男子よろしく居直る度胸などなく、さながらこの世の神秘を扱うシャーマンが如くそれらの趣味を親からさえ隠匿し続けていたのだ。


 当時の私は今の私以上に愚昧だった。

 しかし同時に、今の私以上に幸運な少年だった。


「○○さんがお前にってさ。良かったなあ」


 父のチャット友達が「巣立君に」と2000円ほどのお年玉をくれたのである。チャット友達の息子にお年玉をくれるというだけでも私から見れば聖人君子だったし、何より2000円という額がありがたくてありがたくて仕方なかった。

 金銭を受け取った翌日、私は「まだ売れてませんように、まだ売れてませんように」と祈りながら書店へと足を運び、無事まだレジ横に君臨していたそれを手に取った。


「これください」

「はーい、1500円になりまーす」

「はい」

「2000円ですねー。500円のお返しでーす」


 書きながら当時の喜びが胸中に蘇ってきたが、まだ安心するわけにはいかない。


 先ほど書いたように当時の私はオタク趣味を隠匿していた。つまり万が一にも街中で同級生などにこの書籍を持っているところを見られるわけにはいかなかったのだ。

 リュックサックに絵本を入れて颯爽と店から出た。今度は「誰とも会いませんように、誰とも会いませんように」と祈りながら帰路につく。


 幸いにも誰とも出くわさず自宅に帰った私は、そのまま自室に篭って早速ブツの確認をした。

 表紙だけで土下座しながら感謝の言葉を述べたい気持ちになったのを今でも覚えている。これはこの時の体験に限った話ではないのだが、私は創作物に対して「尊い」という感情を抱いた際に土下座したがる悪癖があるのだ。


 そして、中身を読んだ。


 美麗なイラストに優しい物語。思い出すだけで今もこの文章を書きながら土下座したくなる始末である。

 内容について詳しくは語らない。知りたい方は是非とも購入して自身の目で確かめてみてほしい。このエッセイを書いている2019年7月27日現在、amazonの在庫は残り一点。早い者勝ちである。


 ここで冒頭の質問に対し私が言葉を詰まらせる理由が少し見えてきたかと思うが、話はもう少し続く。


 当時その鮮烈な出会いを果たした私だったが、悲しい事に「すげー絵本だ!」としか思っておらずライトノベルという文化については無知な状態のままだった。


 私がそういったものに初めて触れたのは、電撃文庫の公式HPである。


 当時はSNSの普及率が低く、イラストレーターの方は自らWEBサイトを立ち上げてそこにイラストを貼りつけていた。そして私はそういったWEBサイトのリンクを経由する事で様々なイラストレーターの方や同人作家の方のサイトにアクセスし、様々なイラストや漫画を閲覧した。

 そこの記憶はおぼろげだが、きっと私は『しにがみのバラッド。』でイラストを描かれていた七草さんのWEBサイトを探して辿り着いたのだろう。そしてきっと、そのサイトに掲載されているリンクの中に電撃文庫の公式HPかそれに類するサイトへ繋がる道筋があったのだろう。


 そうして私は「ライトノベルの存在より先に電撃文庫の存在を知る」というアクロバティックな過程を経て、ライトノベルの世界へと没入していったのだ。


 さて、没入していったとは言ったものの実はここからがややこしい。

 私が初めて触れたライトノベル作品は『しにがみのバラッド。』で間違いない。しかし、ライトノベルレーベルから発行されている書籍として初めて読んだライトノベルは別の作品だったのである。

 近年、リメイク版のアニメが放送された有名な作品。




『キノの旅-the Beautiful World-』




 これの第一巻だ。

 因みに調べればわかると思うが、当時と今とでは表紙のイラストが異なる。今の一巻表紙も確かに美しい。しかし私は当時の表紙を見て妙な確信を覚えたものだ。


「よくわからんがこれが一番安定してそう」


 事実としてその十年後にリメイクされたアニメが放送されたのだから、間違ってはいなかったのだろう。当時立ち寄った本屋に『しにがみのバラッド。』が偶然並んでいなかったのもあったと思うが。


 そうして私は『キノの旅』から『灼眼のシャナ』『しにがみのバラッド。』『撲殺天使ドクロちゃん』と順当に当時の有名作品を読み進めていき、立派なライトノベル好きと相成ったのである。


   ■     □     ■     □     ■     □   


 さて、ここで冒頭の質問だ。


「初めて読んだライトノベルは何ですか?」


 ライトノベル作品、という事であれば『しにがみのバラッド。』になると思う。

 だがライトノベル、という事であれば『キノの旅』にならなければおかしい。


 とりあえず私はいつぞや友人の誰かからこの質問を飛ばされた時に「『キノの旅』だった」と答えたのだが、それ以来自分の中に悶々とした感情があるのも確かなのだ。


「絵本も内容によってはライトノベルに分類され得るか?」


 そんな疑問を胸に、今回の過去話を終えたいと思う。

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