作戦会議
倉庫へ入ると、おじいさんは古びた机と不揃いな椅子を三脚用意した。ララは洋風の椅子、サイは灰色の椅子に座った。おじいさんは電気をつけてから木の椅子に腰を下ろした。
「捕まった自警団長さんは一体どうなったのかしら……」
ララは心配そうに言った。おじいさんが下を向きながら話し始める。
「彼の名前はカエサルと言った。誰にでも優しく、みんなから慕われとる人間じゃった。本人もその事を誇りに思っていて、時々パトロールへ来る度、部下から良くしてもらった話をワシに自慢しておった。さっき居たあやつらはあまり見た事の無い男どもじゃが、ワシが見かけた自警団の人は皆カエサルを尊敬しとった。あやつらは新しい自警団長の取り巻きじゃろうか。ワシは……悔しい」
机を拳で強く叩いた。大きな音が鳴り、二人は少し震える。
「すまない。少し熱くなってしもうた。今は花火を打ち上げる作戦を練らないけないのう」
おじいさんは作り笑いが下手だった。
「ララとサイは地上に出た事はあるんか?」
二人は少し迷ってから首を横に振った。
「おや、その反応はどういう事じゃ?」
「一度だけ、不思議な階段を昇って地上の景色を見た事があるの」
「不思議な階段とな?」
「うん。ララと僕は昔、初めて見る階段を見つけたんだ。何だろうと思って登って行ったら大きな窓がある部屋に辿り着いたんだ」
「そこから見えた景色は灰色だったわ。上の方にはぶ厚い雲があって、下の方も何だか暗かった」
「その後すぐ、大人たちがやってきて僕たちを地下へ連れ戻した。きっとあれが地上へ繋がる場所、そう思った」
「私たちは外の世界を知って、それから自然に興味が出てきたの」
おじいさんは正直驚いた。まさか小さい二人が地上を自分の目で見た事があるとは思いもしていなかった。そして、この二人ならもしかすると本当にこの世界を変えてくれるかもしれない、そう思った。
「二人が地上を見た事があったとは。でも、それなら話が早い。地上へ通ずる階段はいくつかあるが、この近くにある階段はこの倉庫よりもっと奥まった所にあるんじゃ。そこの前にはいつもパートのおばちゃんが見張り番をしておるが、引き継ぎの際に隙ができる。夜勤明けの朝9時頃、そこが狙い目じゃ」
結構大事な仕事のはずなのに、パートのおばちゃんに任せて良いのかと思う二人。しかし、二人にとっては都合の良い事なので敢えて突っ込まなかった。
「階段を登っていくとご存知、部屋がある。そこは境界部屋と呼ばれており、地上と繋がっておる。地上を観察すると共に、地下から誰かが出てこないか見張る場所じゃ。そこに地上へ出られる扉がある」
過去の経験で行った所がやはり地上へ繋がる場所と分かり、改めて気合いが入るララとサイ。
「扉は階段を登り切った場所から左手にある。左手といっても、結構離れとるので走りながら向かっても数秒はかかるじゃろう。また、境界部屋の隣は自警団の事務所になっとるから、騒ぎになれば簡単には辿り着けん」
「じゃあどうすれば良いの?」
「ワシが囮になる」
思わず驚く二人。
「おじいさんを犠牲になんてできないわ!」
「そんな……おじいさんはどうなっちゃうの?」
決意の満ちた笑顔でこう言った。
「ワシはもう先が長くない。ちょっとぐらい捕まっても平気じゃ。そんな事で自然を取り戻せるならワシはいくらでも捕まってやるわい」
おじいさんの決意を無駄にしないよう、二人は身を引き締めた。
「扉まで辿り着いたら鍵を開けなければいけない。でも、それは簡単じゃ。家の鍵のようにツマミを回せば解除される。そのままドアノブを回して押せば開く。地上へ出られる」
ふと、ララは疑問に思う。
「おじいさん、随分詳しいのね」
「昔、カエサルに境界部屋へ入らせてもらった事があってのう。ワシが花火師をしていたと知っての心遣いじゃ。見れたのは雲に厚く覆われていた空じゃったが、若い頃を思い出せて心が洗われた。カエサルは花火も好きだったと言っておったが、火の揺れる様が特に好きじゃったそうじゃ。地上で暮らしていた頃はロウソクの灯で夜を過ごす事も多かったと教えてくれた。その時に使っていたライターを大事に持っておったんじゃろうなぁ」
二人はポカンとしている。
「ああ、すまんすまん。火を見た事がない二人には想像できん話じゃったな。いや、 花火を打ち上げるなら火を知る必要がある。ちょっと準備をするからここで待っとってくれ」
そう言い残し、おじいさんは花火棚の方へ行った。
戻ってくると手には写真と火薬の入った袋、灰皿が握られていた。まずは写真を置くおじいさん。そこには夜空に開く一輪の花が写っていた。
「まあ! 綺麗ね!」
「これがハナビ……」
「明日に打ち上げるのはこれよりも立派じゃ。もっと大きく綺麗じゃから楽しみにしとれ」
次に火薬の入った袋を置いた。
「これが筒の中にあらかじめ入れておく火薬じゃ。長い間置いといたからしけっとらんか心配じゃが、信じて打ち上げてみるしかない」
最後に灰皿を置いた。おじいさんの家で見せてくれたマッチ箱をポケットから取り出す。そして、先っぽの赤い木の棒も取り出した。
「マッチで火をつけるのは簡単じゃ。でも、コツを掴むまでは難しいかもしれん。一回練習してみてくれんか。まずは手本を見せよう」
「ヒなんて起こせるかしら」
「僕はちょっとヒが怖いよ」
おじいさんはにっこりしてから、赤くなっていない方の先っぽを掴み、箱についている木目調の所で赤い所を押し付けるように擦った。シュッという音が鳴った後にマッチに火がつく。おじいさんの息で火は揺れていた。
「これが火なのね!」
「火って綺麗なんだね」
おじいさんはマッチを上下に振り、火を消してから灰皿へ置いた。
「この通りじゃ。まずはララ、やってみなさい」
ララは箱からマッチを一本取り出し、見様見真似で擦ってみた。シッという音と共に火がついた。
「あら意外と簡単ね」
ララは息でマッチの火を消し、灰皿へ落とした。
「ようできた。つぎはサイ、やってみなさい」
サイは慎重にマッチを受け取る。肩に力が入っているのが分かる。
「そう緊張せんで大丈夫じゃよ」
その言葉を聞いてもサイの肩は上がっていた。マッチを箱に擦り付ける。力が強すぎるのかマッチはあまり動かない。
「あれ?」
「箱にばかり押し付けるのではなく、横にも動かすのじゃ」
頭では理解できても中々上手に使えない。箱とサイのにらめっこが続く。ボキッ。ついにはマッチの持っていた辺りが折れてしまった。
「ご、ごめんなさい」
「いいんじゃ。最初は上手くできんもんじゃよ。中にあるマッチをまた取り出しなさい」
サイは折れたマッチをポケットにしまい、新しいマッチを取り出した。
サイは中々マッチに火をつけられなかった。何本かマッチを無駄にした。マッチを手にしてからしばらくの後、悪戦苦闘の末何とか火をつける事に成功した。
「やっとだ……」
「この調子じゃ地上で火をつける役は私の方が良さそうね」
「よろしく頼むよ」
その後は入念な打ち合わせをした。パートのおばちゃんが中々持ち場を離れなかったら、おじいさんが何か物を投げて注意を引いているうちに階段を登ってしまう。境界部屋に入って自警団に邪魔をされたら、おじいさんが体を張ってあやつらを止める。地上は雨が降っているので、筒に火を入れるまでは雨が入らないように何かでガードをする。こういった事であった。
一通りどんな不測な事態が起こるか予想し、対策を練った。それらが出尽くした所で作戦会議は終わった。
「では明日8時半に倉庫前に集合じゃ。必要な物はワシが準備しておく。寝坊するでないぞ」
「サイじゃあるまいし寝坊なんてしないわ!」
「僕がいつ寝坊したっていうんだよ!」
「えーっと……覚えてないわ」
「なんだよそれ」
明日に大変な作戦を実行するのに、調子の良い二人におじいさんは微笑んだ。そんな様子ではあったが、皆それぞれが明日への決意を固めながら帰った。
そして、明日は来た。