おじいさんの昔話
人が走るのをやめる時はどんな時か。ゴールまで走り切った時、走るのに疲れた時、サイが走るのをやめたのはこのどちらでもなかった。
おじいさんの言葉に足を止めるサイ。それに気付いたララは言う。
「捕まっちゃうわよ! 早く逃げましょ!」
サイは真っ直ぐ見据え、こう言った。
「おじいさんに返そうよ。宝物なんだから」
二人はゆっくりおじいさんの元へ戻った。そして、ぶしつけに筒を返した。
「おお……良かった」
おじいさんは大事そうに筒を受け取った。
「でもなんでこれを取ろうとしたんじゃ?」
ララは答える。
「私たち、ハナビを打ち上げたいの!」
サイは自分もその中に自然と含まれている事に疑問を持ちつつ、頷いた。
「花火を……こんなに、小さい子たちが……」
いきなり泣き出したおじいさんに困惑するララ。
「私たち何か悪い事言ったかしら」
サイにはピンとくるものがあった。
「宝物、人生、おじいさんにとってハナビは大切なものだったの?」
おじいさんは涙を拭い、ゆっくり話し始めた。
「ワシは若い頃、花火師をしていた」
「「ハナビシ?」」
「花火を作って打ち上げる人の事じゃよ。ワシは子どもの頃に花火を見た。夜空に大きく儚く咲く華。一瞬の輝きに心を奪われた。その頃は雨も一年の半分ぐらいしか降っとらんかった。まだ花火は盛んに打ち上げられていた。今じゃ有り得ない事じゃがな」
二人はおじいさんの言葉に耳を傾ける。
「初めて花火を見た時、ワシは心に決めた。大人になったら絶対に綺麗な花火を咲かせてみせる。でも、それは段々難しくなっていった」
「雨が止まない」
サイの言葉におじいさんは頷いた。
「ワシが大人になる頃にはもう雨が降らない日はかなり限られていた。花火師自体かなりの人が廃業にしたそうじゃ。それでも、花火に命をかける職人はまだ居た。その人にワシは弟子入りした。修行を続けていくうちに”天使の微笑み”なんて言葉ができてしもうた。年に一度の晴れの日は、ワシにとってのハレの日でもあったんじゃ」
固唾を呑んで話に聞き入る二人。
「修行をし続け10年が経とうとした頃、師匠からこう言われたのじゃ。『今度の花火はお前に任せた』師匠もだいぶ歳をとっておった。今考えてみると師匠は丁度ワシと同じくらいの歳じゃ。自分の先を考えた時に、ワシに魂を継がせたいと思ったのじゃろう。ワシはそれまで以上に気合を入れた。そして、最高傑作と言ってもいい出来の花火玉ができた。後は雨が止むだけ。ワシはハレの日を待った。じゃが、天使はワシに微笑んではくれなかった。今までずっと雨は降り続いとる」
「そんな……」
「あんまりだわ……」
一筋の涙がシワだらけの頬を伝った。しばらくの沈黙を挟んで再び話し出す。
「しかし、どうして君たちは花火を打ち上げたいんじゃ?」
「自然を取り戻したいの」
おじいさんは考えもしなかった答えに面をくらってしまっている。
「花火を使って、か?」
「そうよ! ハナビを打ち上げて雲をやっつけちゃう予定なの!」
あまりにも馬鹿げていると最初は思ったが、真っ直ぐな瞳の少女と、優しい目をしている少年を見たら、何故か不可能ではない気がした。
「分かった。ワシの家へ来なさい。詳しく花火の打ち上げ方を教えよう」
「「やったぁ!」」と喜ぶのと同時にサイは心配をした。
「でも倉庫はどうするの?」
おじいさんは笑顔で答えた。
「鍵を閉めておけば少しぐらい平気じゃよ。さあ、行こう」