9 田舎で暮らすには
戻っていく村長さんに、マーサさんを住み込みで雇ったらいかが、とも言われたけれど、私は一人で暮らしたいからと断り、数日おきに食料雑貨を届けてほしいと頼むだけにした。
自分の家を持って、一緒に暮らしたいというのが、冒険者だった頃の二人の夢だった。
半分しかかなわなかった、二人の夢。
彼は『勇者』になってしまって、戦いに行き・・・戻ってこなかった・・・
食卓にバンバラのダークの鉢を置き、一人だけで食べる夕食は・・・
まったく、味がしない・・・
ダークが深紅の花を傾けて、私の顔を覗き込む。
「うん、大丈夫。
私は、大丈夫だから・・・」
これからは、一人で生きていけるから・・・
うん、一人でも、しっかりしなきゃ。
生きていくには、暮らしていくには、まず。
と、考えて、はた、と固まってしまった。
先立つ物が、何もない。
お客の応対用の、二番目に良い服を着たまま、お財布ひとつ持たずに、ここへ来てしまったのだった。
『考えてから動かなきゃだめだよ、ティー』
あああ、いつも言われていたのに・・・
早く薬師に戻って、お薬を売る事をしなければ・・・
とにかくポーションを作り始めて、マーサさんに物々交換を頼まないと。
普段着も、替えの下着も、何にもないのだわ。
次の朝、はやく。
服がしわにならないように下着ひとつで寝る羽目になった私は、早朝の台所で、マーサさんが置いて行った煙り玉を手に考え込んでいた。
早速合図をして来てもらうのも悪いし、こっちから村へ行けば、村の人たちと挨拶しなければならなくなる・・・
知らない人に会うのは、昔からとっても苦手だった。
初めて王都に来た時には、あんまりたくさんの人ごみに酔ってしまったし、王宮で開かれる『勇者』の歓迎パーティーなんか、震えあがって断ったし。
『王宮になんか出なくていい。お高く留まった貴族たちに馬鹿にされるのは、俺一人でたくさんだ』
あいつが馬鹿にされたら、俺、相手をぶった切っちまいそうだから。と、ヨハンに言っているのを、後で立ち聞きしてしまった。よっぽど嫌な人が多いんだね、王宮って。
一行が魔王討伐の戦いに出た後は、必死で薬を作り続け、館の事はすべてヨハンに任せきり。
あれ?私って、とんでもないコミュ障?
ぼーっと考え込んでしまっていると、玄関の方で、がたがたごろごろいう音が。
「おはようございます、ターニァ嬢!」
あ、あの声、ミューさんだ。