6 田舎家 2
二階は思った通り、寝室とクロゼットらしい小部屋。
手作り感いっぱいの木の寝台の向こうに大きな窓があり、馬車で通って来た道が見える。
逆側の小さな窓から見えるのは、手が届きそうに近い緑の枝と、丘の斜面。
そうか、丘を背にしていたのだった、この家は。
その斜面を降りて来る人影を見つけて、私は下へ降りて行った。
戸を開けて外へ出ると、大きな籠を下げて丘から降りてきた中年の女性が手を振った。
その後ろには、手押し車を押した少年が、斜面で勢いがつかないように、懸命にブレーキをかけながら続く。
「こんな田舎の村によくおいでくださいました。
とりあえず、軽食と新しいシーツを持ってまいりましたよ。
あたしはマーサ。村長に頼まれて、いついらっしゃっても良いように家の手入れをしておきましたんですよ」
「・・・ターニァです・・・どうぞよろしく・・・」
「古びてはいますが、まだまだ使える頑丈な家ですよ。
以前は薬師の爺様が済んでいて、あたしの母が手伝いに来ていましてね。
その頃の道具類がまだ置いてあるんですわ。
お邪魔でしたら取り払いますが」
「いえ、私も薬師ですので、使わせていただければ」
「おや、薬師様でしたか、それは有難い事。
村長も喜ぶ事でしょう。
お荷物は?ああ、後から届くのですね。今お手伝いすることがございますか?
別にない?
ではお茶でも入れましょうか?
それもいい?
お一人で大丈夫なんでございますか?
お食事もご自分で作られる?じゃ、明日にでも材料をお届けしましょうね。
はい、では何かありましたら、いつでもお呼びくださいませ」
少年に命じて寝具やら食料やらを運び込むと、マーサさんはいくつかの丸い玉の入った小さな籠を差し出した。
「以前住んでた爺さんが作った煙り玉なんですよ。
人嫌いの偏屈な爺さんでね、用事がある時は、ひとつ暖炉に放り込むんです。
色付きの煙が上がったら、母が御用を聞きに来てたんですよ。
これを使ってくださいまし。いつでも私が来ますからね」
・・・私が無言でうなずくだけで、ほとんど一人でしゃべったマーサさんは、どこまで事情を知っているのか、気づかわし気に振り返りながら、戻っていった。
・・・・・・やっと・・・一人になれた・・・・・・
私はほーっと息をついた。
ミューさんは、あのまま戻ってこない。
マーサさんが差し入れてくれた籠には、火にかけるばかりのシチューの土鍋と、バンの塊、お茶の葉などが入っていた。台所のポンプの水を飲み、パンを少しかじった私は、ゆっくりと裏の丘に登っていった。
名前も知らない大きな木が一本だけ生えている、小高い丘。
丘を背にした鄙びた木造の邸。
それが私のものだと言われた地所。
丘の北側には、明るい樺の林が続く。
林は深くなって森となり、さらに深い森に続き、重なる山並みとなって青く煙り、さらにその奥に雪を頂いた山がそびえる。
木の幹を抱いてくるりと半周し、反対側を見おろせば、小さな村と屋根の向こうに金色に広がる、小麦の畑。
畑の向こうの緑の野をゆったりと流れる河。遠く街道と交差したところに渡し場があり、なだらかな丘陵を越え、ずっと遠くで、キラキラ光っている広がりは、青い海だ。
おだやかな陽射し。人里からつかず離れずの、静かな場所。
そして、ああ。
この土地を、あの人が私のためにと求めてくれた、わけ。
ここは、魔素の流れが濃い。
私は髪を解き、拡げて風を通した。
そのまま芝地に仰向けになる。
ゆったりとした魔力の流れ。
祖母と暮らした、故郷によく似ている。
ここの土地は、ここの魔素は、植物系のギフトを持つ、私にとてもよくなじむ。
私ととても相性がいい土地なのだ。
祖母から受け継いだ、植物の持つ、癒しと成長にかかわる力。
『薬師』と『緑の指』
地味なギフトだけれど、これまでずいぶん助けられてきた。
少しでもあの人の役に立てばと、必死で頑張って来たのだ。
でも、もうどうでもいいか・・・。
大きく両手を拡げ、土地の力を感じる。
ゆっくりと。意識を拡げて。受け取る。
古い、落ち着いた、大きな力。
王都の喧騒と雑踏で、どれだけ心がささくれだっていたか。
ここを残してくれた彼は、私の事を、よくわかっていたのだ。
そう、私本人よりも、ずっとよくわかっていたのだ。
涙があふれて空を見上げていられず、私は両手で顔を覆った。
なくした故郷を、見つけ出してくれた。
私が根付く場所を、探し出してくれた。
ここは、私の場所だ。
このまま地面に溶けていってしまいたい・・・・・・