31 勇者が消えた後で
「じゃ、ミューさんはすべてご存じだったの?」
「旅の途中で意気投合し、『勇者』殿をここにご案内したのは、わたくしめでございますよ。
しかし、とんでもない事を言い出され、実際にやっておしまいになったので、たまげてしまいました。
先ほどまで、夢の『勇者』殿が具現化するか否か、たいそう心配しておりましたのです。
深く嘆かれておいでのターニァ殿に、実現するかどうかもわからない夢をお話しするのも、ためらわれましたし。
『勇者』の力を持つ者でもなければ、とても出来ない荒技でごじゃりましたから」
「ああ、でも俺は、もう『勇者』ではないんだ。
あれは唯一無二の称号だから。
既に『勇者』が持っているものを、二つに分けることはできなかった」
彼は唱えた。
「ステータス、オープン」
「うん、勇者の称号は消えている。
今の俺は、ただの『冒険者』アルトランだ」
ティーと一緒に、旅をしていた時のままの。
「だから、『勇者』でない今の俺には、もうこの真似は出来ない。
これは一回こっきりの、大きな賭けだった。
実体になれるかどうかも、わからなかったし」
『勇者』でなくなった若者は、愛しい娘の肩を抱く。
勇者のほうの俺が無事帰還して君と結ばれたら、俺は古の勇者の夢たちと共に、ここで静かに夢を見ているはずだった。
「ティー」
彼は娘と眼の高さを同じにして、真剣に言った。
「俺は勇者の夢にすぎないけれど、俺と所帯を持ってくれるか?」
答えようとしたけれど、ぼろぼろ涙がこぼれて来て。
私は泣きながら、うん、と大きくうなずいた。
何度も、何度も。
そして、教えてあげた。
「私たちは二人とも夢の子供なのよ。
ミューさんから庵の話を聞くと良いわ。彼のように、貴方のように、想いが凝って生まれ出た者が、昔、もう一人いたという話を。
一人の若者が泉で見た貴婦人の幻に、焦がれて焦がれて。
泉のほとりに庵を建てて、月のきれいな夜ごとに、愛をささやき続けていたという話を。
そしてとうとう口説き落として、現実となった彼女と結ばれて、二人は彼の故郷に帰っていったの。
その貴婦人の名は、ティターニァ。
『古の勇者』の前世の、妖精国の女王」
「きみの名前だ」
「私の、おばあさまよ」
私は『勇者』の称号の消えた彼に寄り添い、笑いかけた。
「おじいさまとおばあさまは、幸せな一生を送られたわ。
私たちも同じように、幸せになりましょう」
夢を現実にして。二人で幸せに。




