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勇者が消えた後で  作者: 葉月秋子


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30 勇者の夢



 そして、私は、彼の名を呼んだ。


「アルトラン」


 幻影はゆっくりと眼を開け・・・私を認め・・・驚いて目を見開き・・・


 飛び起きようとして手を滑らせ、バッシャーン!と大きな水しぶきをあげて頭から泉に落ちた。


 ずぶぬれで呆然として、泉の中に坐り込んだ、彼は。

「ティー。ミューtrr%&$rr#"&srrr」

 冒険者らしくすぐに気を取り直して、ぶるっと頭を振り、泉から上がって来る。


「ミューtrr%&$rr#"&srrr、どれほど時がたった?」


「あなた様がここをおとなわれてから、およそ一年がたっております」


「一年。

 俺が目覚めた、という事は、俺は死んだのか。

 魔王討伐は失敗に終わったのか?

 ティー、ヨハンはどこだ?」


 現状を把握しようと立て続けに質問してくる彼に、私は口を押えて、ガタガタ震えるばかり。


「ああ、ごめん、驚かせたな。

 万一の時のために、ちょっと反則技を仕込んでたんだ。

 ここは、想う心が、夢を地上に繋ぎとめる場所だから。

『古の勇者』の夢に沿わせて、俺の夢を。

 当代の『勇者』の夢を、預けていたんだ。

 この身を二つに裂けるものなら、ティーのもとに戻れるのに。と」


「それが・・・あなたの・・・夢・・・」


「俺の夢、いや、その夢が、俺だ。

 この身体はその時の、一年前の俺のもの。

 記憶も、その時で止まっている。

 この一年で事態がどう動いたのか、教えてもらわないと」


 

 喜びが膨れ上がり、胸がはち切れそうになった私だったが、ふと、とんでもない事に気付いた。


「一年前で止まってる?」

「ああ」

 それじゃ・・・

「私だけ、年取っちゃったの?」

「あ・・・」

 一年っていうことは・・・

「私は、あなたより年上に?」

「えー・・・」

 三カ月だけ年下だったのに・・・

「あ、あのな・・・」

「そんなの、ひどいーーーっ!」


「タ、ターニァ殿・・・」


 私は泣き出してしまったけれど、彼はなぜかとっても嬉しそうに、私を抱きしめたのだった。


 おろおろするミューさんに、笑って言う。


「いいんだ、いいんだ、これがティーなんだ。

 こいつがわがままぶつけてくるのは、昔から俺にだけ。

 俺一人にだけなんだから。

 俺が、俺だって、認めてくれた証拠さ。

 そうだろ、ティー」


 ぎゅう、と苦しいくらい、腕に力を込める。


 びしょぬれだ。

 私は無意識にドライをかけて彼の服と髪、ついでに抱きつかれた私の服の水気も、右手に集めてぽいと捨て、

「わがままじゃないよ」

 その手で、彼の身体を、しっかりと抱きしめた。

「ほんとに、悲しかったんだから」


「うん、うん、ごめんな」




 ヨハンが死んだと知って、彼は落ち込んでいたけれど、その後の話はゆっくりしようと、三人で家へ向かおうとした時、ミューさんが泉を振り向き、遠慮がちに尋ねた。


「勇者殿、あの、ひょっとして、もしやして、あちらで、わたくしめの主殿に、お会いになりゃれましぇんでしたか?」


 彼は髪に手を突っ込んで、少し考えていた。

「・・・茶色のぬいぐるみを抱いた少年が、傍にいたような気がするが」

 彼がずっと、俺を支えてくれていたような気がする、と。


 それを聞いたミューさんは、ひげの先までぶるぶるっと震わせて、とっても幸せそうに笑ったのだった。

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