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勇者が消えた後で  作者: 葉月秋子
3/34

3 譲渡証書



 私をティーと呼ぶのは、彼だけ。


 この人は本当に彼の知り合いらしい。



 渡されたのは、緑のリボンで結ばれた、くるりと巻いた羊皮紙。


「これは?」


「勇者殿に贈られた土地の、譲渡証明でございます」


 私はゆっくりと首を振った。


「勇者の物は、皆王室に戻されるの」


 この家も、調合道具も。すべて。


「いえ、勇者殿から、貴方様への、譲渡の証明でございますよ」


「私への?」


「勇者殿が貴方様のお住まいにと望まれ、手に入れられた、静かな田舎家の譲渡証明書でございますよ」



 彼が、手に入れてくれた、私の家?

 じゃ、ここを追い出されても、私はそこに住むことが出来るの?

 追い出されると同時に、彼から住む家を送られるなんて。


 彼からの、最後の贈り物。



 私はふらりと立ち上がった。

「わかりました。今からそこへまいりましょう」

 相手はちょっと驚いた顔。

「このまま、で、よろしいので?」


 私はこくんとうなずいた。


 仕事一筋に打ち込んでいて、知り合い一人作らなかった。持っていきたい物もない。

 どうせすべてに、差し押さえの魔札が貼られているのだ。 


 もう、どうでもいい。

 彼がいないのに勝利に湧き騒ぐこの街も、彼が王から賜ったこの館も、もう見ていたくない。 



 冷静な時ならば、ヨハンが生きていてくれたならば、そんな無茶はしなかったろう、と後になって思ったが。

 訃報と睡眠不足と差し押さえのショックで呆然としていた私は、ふらふらと、ミューなんとかと名乗った相手が差し出す手を取った。


「では、仰せの通りに、今すぐまいりましょう。

 乗って来た馬車をそこに待たせております。こちらへどうぞ」


 角を曲がると、小さく華奢な2頭立ての馬車が止まっている。

 ネズミのような顔をした御者が、ちょっとびっくりしたような顔をして、それでも陽気に笑いかけて来る。


 彼が私のために手に入れてくれた家。

 彼からの、最後の贈り物。


 その譲渡証書と、バンバラのダークの鉢だけを手に、私は馬車に乗り込んでしまった。


 





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