28 泉へ
この芳香のある雫は、多量の魔素が凝縮していて、これを使うと、いくつもの工程と希少な材料の数種を省いた、簡易版のエリクサーを精製することが出来てしまうのだ。
素晴らしい手抜きの、反則技であった。
満腹して元の大きさになって食卓の鉢に収まったダークを前に、私はまだちらちらと警戒の眼を向けているミューさんに言った。
「ああ。そういえば。家に何か御用がおありだったのでは?」
いえ、大したことでは、とミューさんは言った。
「今宵は良い月になりますので、夜の散歩にお誘いに来たのです」
わあ、素敵。
「じゃ、出る前に、ご一緒にお食事をいかがですか?」
私はマーサさんが持ってきてくれた材料で煮込んだポトフを土鍋ごと保冷庫から出し、火にかけた。
ベーコンの塊が入っているし、ソーセージを足せば、十分二人前になる。
誰かと一緒に食事をするなんて、本当に久しぶり。
肉球のある手で器用にナイフとフォークを使い、パンとバターと具沢山のポトフを平らげたミューさんは、食後のお茶にたっぷりとミルクを入れて、くつろいだ。
「月の出までには、まだ時間がありますな。
そうだ。昔泉のほとりにあった、庵の由来をお話ししましょうか。
昔々、まだ勇者の塚に巡礼がやって来ていた頃、異国から来た若い巡礼の男がおりました・・・」




