26 番薔薇
あんまりびっくりして、感動して、はしたなくもミューさんに抱きついてしまった。
倒木に腰かけて、ミューさんの話を聞き終わった頃には、もう陽が傾いていた。
「・・・何十年もこの世界をさまよい歩き、魔法も覚え、人化の技を使って人と交わり、ソロの冒険者として身を立てております。ターニァ殿が嫌がられるかと思い、人化を解かずにおりましたが、やはりこの姿の方が落ち着きますものですな」
猫の姿の方が絶対好きです!と私が強調したので、ミューさんはひげをぴん、と上に向け、にっ、と笑って前足を差し出す。
「では、そろそろまいりましょうか」
猫に戻って一回り小さくなってしまったミューさんとは、腕を組むことが出来なくなってしまったので、私は貴婦人のように、差し出された前足に手を乗せた。
ああ、肉球が心地よい。
しかし。
家が見えてくる前に、濃厚な甘い香りが、私たちに届く。
「ごめんなさい、ダークがおいたをしているようだわ」
留守番を頼んだ番薔薇ダークは、勝手に枝をのばして窓から乗り出し、深紅の大輪の花をゆらゆら揺らしている。
あたりは甘い香りに満ち、花の周りを飛び交っているのは・・・
「あれは・・・ウィスプでは?」
「ウィスプや、小さな飛ぶ魔物や、時には未熟な精霊も。
みんなダークの香りに惹かれて、集まってくるんです」
そして・・・
ぱくん。
ダークのご飯になってしまう。
ミューさんは、尻尾をブラシのように膨らませた。
「タッ・・・タッ・・・ターニァ殿。
これは番薔薇ではなく、一段進化の進んだ、王薔薇ではござりませぬか?」
「まあ、そうなんですか?祖母が大事にしていたもので、私にもよく懐いてくれるんです。
とても頭のいい子だと思っていました」
しかし、現役の冒険者のミューさんは、頭を振った。
頭がいいどころではない。祖母の従魔を引き継いだのなら彼女は安全だろうが、本来、歳を重ね、知恵のついた王薔薇はB級パーティーあたりも手こずる討伐対象の魔草なのである。
「普通はひと月に一度くらいのご飯なのですけれど。
魔王討伐のためのお薬作りでは、ずいぶん無理をさせてしまって。
ほら、これが」
と、花を寄せてきたダークの下に、掌を差し出すと、花弁を転がって来た露が一粒、大ぶりの真珠のように手の中に落ちてきた。
ポケットから採取用の小瓶を出して、香り高いその雫を入れる。
「お薬作りに、役に立ってくれるんです」
ほう、良い香りですね、と、ミューさんが鼻をひくひくさせる。
ええ、香りも良いでしょう?
エリクサーを作るための、大事な材料になるんですよ。




