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勇者が消えた後で  作者: 葉月秋子
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2 差し押さえ

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 一行の帰還から三日後。


 ヨハンは、あの日、喧嘩に巻き込まれて刺されたと、変わり果てた姿で帰って来た。

 葬儀の手配を、とおろおろしていると、親戚と名乗る男が現れ、書類を振りかざして遺体を運び出してしまった。

 王城からの連絡も、館を取り仕切る者もないままに、召使たちは一人、二人と姿を消していく。


 勇者が王より賜った、豪華で広大な館。

 高い塀で囲まれた大きな薬草園と、設備の整った製薬のための調合室が付属している。

 主を失い、火の消えたように、静まり返った館。



 その館でただ一人座り込み、まだ勇者の死を信じられず、呆然としていた私の元に、王室から派遣された役人たちがやって来た。


「薬師のターニァ・ニュームーン嬢ですな」

 慇懃に頭を下げる、役人たち。

「少々お聞きしたいことが。なに、勇者殿が亡くなられた後の、単なる事務手続きですが」





「この勇者の館に同居しておられたが、勇者殿はあなたに給与を支払われていたのですか?」


「私は使用人じゃありません、彼の家族同様の者です」


「『雇用契約なし』と」役人は記録する。


「でもあなたは、勇者殿と血の繋がった家族ではないですね」


「はい。親たちが仲が良く、兄妹同然に育ちました。

 故郷が戦火に見舞われた時、彼と私、二人だけが生き残ったのです。

 他に身寄りはなく、それからずっと二人だけで旅をしてきました」


「『単なる同郷の者』と」


「支払いは二人で割っておられたのですか?」


「いいえ。お財布はあの人が管理してくれていましたから、支払いや売買の契約などはすべて彼が」


「『個人財産は無し』ですか」



「あなたと将来についての事は口約束でもされていますか?」


「いいえ、すべては魔王を倒した後の事だと・・・」


「『将来の約束も無し』と」



 聞き終わると、役人はこほん、と咳払いして続けた。


「勇者殿は旅先で聖女様と婚約されました。

 一行の全員が祝福し、証人となりました」


 え?


「ただの同居人であるあなたは、勇者殿の財産を継ぐことは出来ません。

 彼の遺産はすべて、国家にもどされます。

 この施設も薬草園も、国王陛下から賜った勇者殿の財産でありますから、あなたが利用する権利はないのです」


 は?


「数日の猶予を差し上げますので、この屋敷から立ち退いていただきましょう」

「それまでに今後の身の振り方を考えておいていただきたい」



 はあ?



「邸のすべては勇者殿の財産、差し押さえさせていただきます。

 調合室にかかっている立ち入り禁止の呪を解除してください」



 勇者のために長年にわたって薬を作り続けてきた、私の調合室。

 ここが差し押さえられる?


 ああ、でももう、私の薬を必要としたあの人はいないのだわ。

 もう・・・必要ない・・・何も・・・




 すべてを相談してきたヨハンももういない。

 私が解除の呪を唱えると、男たちは立ち上がり、どかどかと無遠慮に調合室へ踏み込んだ。

 しかし中からぎゃっという叫び声。


「ああ、気を付けてください。うちのバンバラは気が荒いから・・・」


 遅かった。

 いまいましげな悪口と共に、マントを食いちぎられた役人が飛び出してきた。


 バンバラ(番薔薇)は王都でもあちこちで見かける、ありふれた魔草だ。

 観賞用にもなるが、花心に牙の生えた口を持って、近づくとうなったり噛みついたりするので、よく果樹のとなりに植えて盗人よけにされている。害虫を食べてくれるし、餌いらずで育つ丈夫な魔草なので、人を雇う余裕のない貧乏人には人気が高い。


 齢を重ねたものほど知能が増して家人に懐き、花が色濃くなっていくが、うちのバンバラ、ダークは田舎の祖母の家を守っていた百年物を取り木したもので、鉢植えながら深紅色の大輪で香りも高い自慢の子だった。

 花の見事さに惑わされて、観賞用だと思って迂闊に近づくと、思わぬ怪我をすることになる。



 私は調合室に入って、牙を剥いてガウガウうなっているダークをなだめ、鉢ごと持ち上げた。

 根はついているが、主な養分は空中の魔素なので、土は少なくて済み、鉢は軽い。


 故郷から持って出たのは、これだけだった。

 彼と共に過ごした長い放浪の時も、ずっと傍らにあった、このひと鉢。


 馴染んだ家具に差し押さえの魔札が貼られていくのを見ていられず、私はダークの鉢を膝に、玄関の石段に腰かけ、彼らの仕事が終わるのを待っていた。



 数日の間はここで寝泊まりしてもいいと言われたけれど。


 なんかもう、どうでもいいわ・・・


 ここで待っていたって、帰ってくる人はもういない・・・




 うつむいてぼんやりしていると、目の前に、ほこりだらけのブーツが止まった。

 折り返しと房飾りと、見事な銀の拍車のついた、爪先のとがった膝まである赤い皮のブーツ。


「失礼、お嬢さん、こちらはターニァ・ニュームーン嬢の御屋敷でありまするか?」


 目を上げて、私は眼をぱちくりさせた。

 眼の前に立っているのは、小柄な私よりも頭一つ分くらい小さな人物。

 ころん、とした体形の、見事な口ひげの中年の男性が、ものすごく変な服を着て、羽根飾りのついた帽子を胸にあてていた。

 分厚い錦織の緑のチュニックは、金糸銀糸で縁取りをしたスリットがたくさん入って、下の白い絹のシャツをのぞかせている。丸く仕立てた半ズボン。大きく膨らませた袖。宝石付きのベルト。レースのついた飾り襟。

 ものすごく高価そうな、しかしまったく見慣れないおかしな服装のその人は、私がこくんとうなづくと、にかっと笑った。りっぱな口ひげがぴくんと跳ね上がる。


「ひょっとして、ご本人であらせられまするか?」


 もう一度うなずく。



「ああ、あの方のおっしゃっていられたとおりの可愛い方だ。

 わたくしめはミューtrr%&$rr#"&srrrrともうす者。ただ、ミューとお呼びください。どうぞご別懇に」


 凄い巻き舌で、はっきり聞き取れない、変わった名を名乗ったその人は、深くお辞儀をして続けた。




「わたくしは亡き勇者殿から・・・」

 悲し気に声が割れ、ごほんと咳払いして、言い直す。


 気が付けば、豪華な服の左袖に大きな黒い喪章が結ばれていた。


「亡き勇者殿からの言付かりものを預かってまいりましたのです」



 古めかしい大仰な礼をすると、ミューと名乗った男は、懐から取り出した、リボンで巻いた羊皮紙の書類を掲げ持ち、くるりと回して私の方へ差し出した。



「これをティーに渡してほしいと」


 それを聞いて、涙がぶわっと溢れ出した。


 私をティーと呼ぶのは、彼だけだ。




 

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