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勇者が消えた後で  作者: 葉月秋子


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19 王都・場末の酒場



 酒精の強い火酒をぐっと一気にあおった男は、だん、と杯を置いて、言った。


「もう一杯だ!親父!」


 しかし、杯に伸ばした手を、押さえた者がいる。

「いい加減にしろ。『僧侶』のくせに、酒で溺れ死ぬ気か」

 盛大な祝賀会のあと、姿を消したと思ったら、こんな場末の酒場に。


 酔払い、いや、血走った眼をした『僧侶』は、『シーフ』の手を振り払う。

「俺の勝手だ、くそっ!」

 震える手で、無精ひげの伸びた顔をごしごしとこする。

「・・・あの眼が、忘れられん」

「しっ・・・声が高い」


 ・・・眠れない・・・

 昼も夜も、あの眼が俺を責め続ける。



 魔王を倒し力を使い果たした直後、『王子』の剣に背中を貫かれた、『勇者』の驚愕の表情。


 倒れた魔王の身体が、瘴気と塵に帰っていく。

 だが、『勇者』は。

 火を噴くような眼でこちらを睨み、絶望的な戦いを一人足掻き続けていた。



 復讐に燃える魔族の将たちに見事な肉体を引き裂かれ、何本もの槍で貫かれ、床に縫い留められるようにして、やっと動きを止めた、『勇者』


「契約は成った。そなたたちの命と引き換えに、『勇者』の身体をこちらにもらおう」


 土気色の顔をした『王子』ががくがくとうなずくと、魔将たちは倒れた『勇者』を取り囲み、魔界に引きずり込んでいったのだ。


 取り残されたのは、五人の男女。


『王子』『聖女』『魔法使い』『僧侶』『シーフ』



『聖女』が『王子』に縋りつき、呆けている身体を揺さぶった。


「何をしているの!『魔王』は倒れたのよ!

 私たちの手で、魔王征伐は成功したのよ!

 早く脱出しましょう!

 外の兵たちと合流し、この成果を持って城に帰還するのよ!」

 



「・・・まだ・・・息があった・・・」

「気のせいだ」

「・・身体・・・と、言ったな・・・」

「忘れろ」

「いったい・・・何をする気だ?・・・」


 もう、しゃべるのは、やめろ、と『シーフ』は心の中で叫ぶ。

 お前まで、この手にかけるような事には、させてくれるな、と。


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