18 お散歩のあと
「奥の森はあまり人手が入らず、危険がありますが、この林は塚の力で守られ、危ない事はございません。
お一人で薬草を採取に来られても、大丈夫でございますよ。
出るのは安全なものばかり。ターニァ殿を害するようなものは何もおりません」
涙が涸れるまで泣きつくし、やっと落ち着いて謝った私に、ミューさんが優しく話しかけてくる。
「いつか、月のきれいな夜に、もう一度ここにお連れしましょう。
塚の力が増し、泉が月光に照り映え、それは美しい眺めでございますよ」
私はうなずき、深く息をついた。
深く、純粋な、魔素の流れ。
長い過労と、王都の群衆と、悲報の連続で曇っていた、私の眼。
目から鱗が落ちたように、いろんなものが、見えて来る。
心配そうにのぞき込むミューさんの、頭の両横と、背後の、空気の揺らぎ。
本当はそこに在るはずの、ちょっと伏せた耳と不安げに振られている尻尾。
変身し続けているのは、おつらいでしょうに。
どうぞ変身を解いて、私の前でもリラックスして下さい。
そして、その尻尾、いつか触らせてくださいな。
私は心の中でそっとつぶやいた。
馬車で家の前まで送ってもらって、別れの手を振り、中に入ろうとすると、戸口に置かれた小さな籠。
まだ温かい焼き立てのパンと、自家製のチーズと、ジャムの小瓶。
思ったより長く遠乗りに出ていたから。
マーサさんには悪い事をしてしまった。
籠をテーブルのダークの鉢の横に置き、改めて、家の中を見回す。
玄関横の小部屋の、いくつもあるコート掛け。濡れた靴を何足も乾かせる広い台。
六人も座れるテーブル。一人前には余る、フライパンと鍋。
二階に昇れば、寝室に比べてちょっと大きすぎる寝台。
手作りの木の香も新しい、これは、最近作ったものだ。
・・・二人でも・・・ゆっくり眠れる大きな寝台。
寝台の上の開きっぱなしのトランクの一番上にあった、着やすそうな普段着とエプロン、室内履きに着替え、外出着の埃をはらって、となりのクロゼットに吊るしに行く。
クロゼットだけど、とても広くて・・・箪笥をどけたら、小さな寝台くらい置けるほど広くて・・・
まるで・・・将来・・・子供部屋に出来そうな・・・
『いいか、ティー』
耳元で、彼がささやく声がする。
『準備万端に整えるのは、冒険者の基本中の基本だ。
何があっても対処できるように、不慮の事態に備えて置け。
ダンジョンの中で、忘れ物をしたなんて事は許されない。
小さなミスが、即、死につながるんだから』
ああ、あれは、いつの事だったろう。
そして、私の頭をくしゃっと撫でて。
『それを忘れる仲間が多いんだよ。
ティーの渡してくれるポーション袋みたいに、全面的に信頼が出来ればいいんだけどな』
涙が頬を流れるけれど、それは、熱くて。とても熱くて。
恨みも、嫉妬も混じっていない、あの塚の魔素のように、純粋な涙。
戻るつもりだったんだね。
絶対に、戻って、私を迎えに来るはずだったんだね。
私と二人、ここで静かに暮らそうと、準備していてくれたんだね。
必ず・・・必ず戻ろうと、願って・・・願って・・・
・・・戻って来れなかったんだね・・・




