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勇者が消えた後で  作者: 葉月秋子


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16 林の奥



 ふっ、と、息をするのが、とても楽なことに気付いた。

 林を流れる、深く、濃い、魔素の流れ。

 濃厚で、それでいて、濁りがない。


「ここは・・・不思議な場所ですね」

 と、言うと、ミューさんは私を見上げて、微笑んだ。


「ああ、おわかりになられまするか。

 そちらの才もお持ちになられていられるのでありますな。

 はい、ここはある種の聖域のようになっておりまして。

 学者殿は『パワー・スポット』と呼んでおられましたですよ」


 ああ、村長さんも、たしかそんなような事を。


「そして、あそこが、御覧に入れたい場所でござります」


 ミューさんが手で示したほうに、木漏れ日にきらめく水面が見えた。

 池かと思って近づくと、形はほとんど円に近く、水は綺麗に澄み切って、水底の砂をきらきらと揺らして湧き出している流れまで見え、池ではなくて、泉なのだと気付く。

 

「この泉が、この林の中心。

 向こう側に、『古の勇者』の塚がございます。

 昔は『勇者』の塚に詣でる巡礼のために、泉のほとりに小さな庵が建てられていましたが、今は朽ち果て、おとなう者もございません」


 ・・・ずっと昔の・・・勇者のお墓・・・


 瑞々しい緑の苔を踏み、泉を回ると、小さな石の塚があった。

 墓標も、何もない、とても小さな塚。


 私は帽子を取って、その前にひざまずいた。


「この方は異世界からの稀人(まれびと)だったと、伺いました」


「はい。前世の記憶をお持ちで、ずっと以前の世界を懐かしがっておられました。

『古の勇者』の魂は、今でもこの塚にまどろみ、懐かしい世界の夢を見ているのだ、と言い伝えられております」


「どんな方だったのでしょうね」


「十二歳の少年であられました」


 成人前の子供?

 そんな子供が、魔王と戦わなければいけなかったの?


 胸がつまって何も言えなくなり、私は、深く頭を下げ、小さな塚に黙祷をささげたのだった。





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