10 王都では
その頃。王都では。
「娘に逃げられたと!」
知らせを受けた『王子』が焦りまくっていた。
「は。館から出た直後、着の身着のままで行方知れずに」
なんてことだ。
家も財産もすべてを失って路頭に迷い、困り果てているところに救いの手を伸べて、身内に取り込もうと思っていたのに。
「やだ、追いつめ過ぎたんじゃないの?
他に身寄りもない孤児だっていうから、世をはかなんで身投げでもしちゃったかも」
そんなことになったら、今までの苦労が水の泡だ!
「ええい、調査した一行はどうした!
薬の調合法はわかったのか?」
「調合室は差し押さえ、機材も残っております。ただ・・・」
「ただ、高価な器具の類は使われた形跡がなく、飾り物のように置いてあり、作業台にのっているのは、使い込まれたごく一般的な調合道具だけで。」
「調合法を示唆するものは、何一つなく・・・」
「次期納入予定のための大量の空瓶は残っております。採取して使うばかりに下処理をした薬草も。
しかし薬草は最上品質とはいえ、ありふれたものばかり。
研究ノートや調合手順のメモ類は一切ございません」
「娘が持ち出したわけではないのだな」
「はい、調合室から本やノートを持ち出せるような暇は、あたえませんでした」
そんな。ではあの娘はどうやって大量の最高級ポーションや万能薬を作っていたのだ!
後方支援で送られて来た薬箱には、伝説の霊薬エリクサーまで何本も入っていたのだぞ!
「調合室はその娘と『勇者』以外立ち入り禁止で、すべて一人で作っていたのよね。
じゃ、全部その娘の頭の中にあったってわけなのね?
それじゃ、その娘が見つからなければ、すべて水の泡じゃないの!」
『聖女』がヒステリックに叫ぶ。
さすがに、次の言葉は誰にも聞こえぬように、つぶやくだけだったが。
「・・・これじゃ、何のためにあの田舎者をハメたかわからないじゃない!」
しかし、耳ざとく聞きつけた『シーフ』がささやく。
「そりゃ、あんたがフラれた腹いせだったでしょ」
『聖女』が、ぱっと手を上げたが、シーフは素早く退いて離れていった。
田舎の冒険者あがりのくせに、王家の血を引く私をはねつけた、あの無礼者!
魔王を倒し力を使い果たした直後、『王子』の剣に背中を貫かれた、あの驚愕の表情。
復讐に燃える魔族の将たちに引き裂かれながら、火を噴くような眼でこちらを睨み、絶望的な戦いを一人足掻き続けて、力尽きていった『勇者』。
その姿を思い出し、『聖女』は溜飲を下げる。
「ふん、魔王さえいなくなれば、私に従わぬ勇者なんて、邪魔なだけよ」
「ええい、何としても娘の行方を探し出せ!」
『王子』は部下にあたりちらした。
そして霊薬エリクサーの製法を、我が国が独占するのだ!




