正義のヒーロー
やっと夜になった。明日からまた月曜日が始まる。憂鬱な気持ちのまま私は布団の中に入った。また良い子でいなければいけない。誰かがそうしろといったわけではないけれど、周囲の私に対する認識はそんな程度のものだ。くだらない。みんな本当の私なんて知りもしないくせに。
目を閉じる。まるで魂が抜けたかのように意識が遠のいていく。気がつけば私は白い空間の中で立っていた。目の前には楽しそうに公園で遊ぶ二人のこどもとそれを見守る二人の母親。そしてベンチに座っている年寄り夫婦がいる。また夢か。
「ねぇねぇお姉ちゃん!」
スコップを持った男の子たちが私のほうへと駆け寄ってくる。そしていきなり「ありがとう」と言ってきたのだ。「なんのことかしら」と私が問うと、その子らは、「通り魔事件で死んでしまうはずだったんだ」と返した。他の人たちも集まってきて、「私は顔に深い傷を負って、大事な息子を亡くすところでした。ありがとうございます」だの「妻をかばって死んだはずじゃが、不思議な縁もあるもんじゃのう」だのという具合に、私に感謝の言葉を述べてきた。
「私は時を進めただけ。助けたのは日野って奴よ」
「日野ってどんな人?」
自分が助けられた状況はわからないらしい。どうせ夢に出るなら日野のほうに出て欲しかった。めんどうくさい。瞳を輝かせながら問う二人のこどもの姿に、どう返していいのか困ってしまった。思いつく言葉は、「平和ボケ」で「人の話をきかない」。それでいて「よく喋るぼっち」……。顔はまぁ、普通。ただどことなく漂う「孤独感」。よくはわからないけれど、日野の瞳は優しそうでもあって、どこかに哀愁を帯びてもいる――っていうか、なんで私が日野のことを考えなきゃいけないのよ! もうお世辞でも言っとけ。
「とても正義感が強くて、ヒーローみたいな人よ」
「へーそーなんだ!かっこいい。お姉ちゃんもそのヒーローの仲間なんだね」
「だから、私はただ時を進めただけで……」
勝手に仲間にしないで。といいたかったけど、昔から良い子ぶる癖があった私は、「今度遊ぶときは気をつけなさいよ」と返す。そこで目が覚めた。
「一体なんなのよ」
あまり人の顔や名前を覚えるのが得意ではない私が、夢の中の人物の姿かたちを鮮明に覚えている。不思議な感覚だ。カーテンを開けて朝日を浴びる。相変わらずカラスはカァカァ泣き喚いて朝を告げる。まるで今の私の心情を馬鹿にするように。死んだり怪我をするはずだった人を助けて、「ヒーローの仲間」なんて言われた。助けたのは日野だけど力を貸したのは私だ。なんだかその感覚が心地よかった。
「正義のヒーロー……ね」
身だしなみを整えた後、私は学校へと向かった。あともう少しこの生活を繰り返せば卒業式。友達という馴れ合いも消える。多分みんな連絡なんてしてこないだろう。中学の友達もどきもそうだった。どれだけ親切にしても、返ってくるものはない。みんなへらへらして「ありがとー」って言うばかり。本音でもないのに。きっと夢の中の6人も同じようなものよ。期待なんてしない。
期待なんて、してない。