救った命の行く末
――何故だか私は例の公園の前にいる。中には砂場で遊ぶ二人の子供とその母親二人、ベンチに腰掛けてる老夫婦。何? こっちの世界でもあっちの世界のことが思い起こされるの? 私は「何も考えたくない」のよ。こんな長閑な風景を夢で見せられても嬉しくないわ。
「ねぇたくちゃん、もしボクたちが死んでたら、未来はどうなってたんだろう」
「わかんないけど、パパやママやようちゃんに会えないのはいやだなぁ」
「ボクもたくちゃんと同じ」
いかにもこどもらしい発想ね。特に生きてたって、何の役にも立たないわよ。一部の天才を除いては。まぁいいわ。暇だからこの子たちが将来どうなるのか見てやろうじゃない。私は時を20数年進めた。人を消す力はなくなったみたいだけれど、この魔法は使えるみたい。場面は変わって、どこかの病院の待合室の椅子に私は腰掛けていた。手術中の赤いランプが点いていたけど、しばらくするとパッと消えた。そして、一人の医師が扉を開けてやってくる。
「元気な男の子です」
どうやら誰かのこどもが生まれたらしい。あの二人のどっちかの子かな? 考えていると、私の横でハンカチを握り締めていた男女が、医師のもとへと走っていって「ありがとうございます、たくとさん」と言って深々と頭を下げていた。もしかして、あの医師、たくちゃんってあだなの奴じゃないの? 生きていたら産婦人科の医師になっていたのね。
また場面が変わって、今度は大きな本屋の中にいた。立ち読みをしている人たちは『奇跡のヒーローたち』というタイトルの本を読んでいる。
「やっぱり、ようすけ先生の本は面白いなぁ」
なんて感想をこぼしている大学生の群れがいた。もしかしてようちゃんって奴は作家になったの? しかもタイトルからして、私と日野にインスピレーションを受けているわね。私たちが助けなかったら、あっちの世界にたくとっていう医師や『奇跡のヒーローたち』という本は存在しないことになるのね。一応救ってあげた意味はあったわけか。
――そこで目を覚ました。
大きな寝室とベッドで一人目をこする。こっちの世界は静かな夜。耳障りな烏も、眩しい朝日も射さない私の大好きな世界。なのにどこかもやもやする。あの意志も何もなかった二人の平凡なこどもが、悪魔や天使に出会わなくても、新たな生命を誕生させたり、人の心を動かしたりしていた。本当にどこにでもいるただのこどもたちだったのに……。
この世界ではお腹が空くという概念もなかったけれど、この胸のつっかえを抑えるために、ベッドから降りて大きな食卓につき、沢山のスイーツをそこに並べた。まるで宝石のように輝くそれらは少しだけ私の心を満たした。友達がいればもっと盛り上がるんだろうな。別に一緒に食べたいわけじゃないけれど、こんな量一人で食べきれない。そういえば、魔法は日野がいないと打消せないんだっけ。
目の前にあったシュークリームをパクリと口にする。バニラビーンズのプチプチとした食感に滑らかなカスタードクリームの甘み……どこか覚えのある味。――そういえば中学生の頃、両親と一緒に生地から作ったっけ。あのとき私は「パティシエ」になりたいと思ったのよね。でも高校生になってから何故かその夢を諦めた。「なれるはずがない」って。
不思議とお腹がいっぱいになる感覚はない。このまま食べ続けてもいいけれど、考えることに疲れた私は、再び寝室に戻ってベッドで眠った。一人でいると余計なことを考えるものね。こういうときは寝るのが一番だわ。




